美術館を応援する連載「美術人ナビ」 第2回 富山県美術館 三沢厚彦さんの「クマ」が繋ぐ市民との絆

彫刻家の三沢厚彦さん(左)と学芸員の麻生恵子さん。中央にあるのは三沢さん作の《Animal 2017-01-B》(2017年)で、高さ3メートル。その視線は遠く立山連峰の方角を見据えています

立山を望む新しい施設、市民の憩いの場に

文化の維持、発展のため、各地で意欲的な取り組みを行っている美術館を紹介する「美術人ナビ」。第2回で取り上げる富山県美術館(富山市)は2017年にオープンした比較的新しい施設です。前身の富山県立近代美術館時代から優れたコレクションで知られていましたが、立山を望む新しい施設はより一層、地域住民に親しまれる存在になっています。そのカギを握ったのが「クマ」でした。

内藤廣さんの名建築として知られる富山県美術館

 富山県美術館のシンボルであるクマの彫刻を制作した彫刻家の三沢厚彦さんと、同館普及課長で学芸員の麻生恵子さんに語ってもらいました。

「クマ割」、人気です!

 
 ――富山県美術館では「クマ割」というサービスが人気だそうですね。
 <麻生> 開館以来のサービスで、クマのグッズを持参したり、絵柄の入ったものを着用したりして来館すると観覧料金が割引になります。先日開催された「蜷川実花展」では1日で200人もの利用があった日もあり、とても浸透しています。
 三沢さんのクマとの「自撮り」が県民のSNSの定番で、初デートの記念や、近くの結婚式場で挙式をしたカップルがクマと一緒に記念写真を撮るのが人気。そういうほほ笑ましい姿をよく見かけます。
 <三沢> 富山にはブロンズ像の優れた鋳造やさんがあり、約20年前からたびたび訪れていました。新美術館に彫刻を作ってほしいという依頼があった時、ふと「クマ」が思い浮かびました。
 何かクマにまつわるものがないかと調べてもらうと、阿弥陀如来の化身のクマが人前に姿を現し、立山開山のきっかけになったという有名な言い伝えがあり、県民にとってクマは特別親しい動物であることを知りました。前からここにクマを作ることが決まっていたような気がします。

三沢厚彦さん

屋上には子どもたちの遊び場も

 ――地域の特色を生かした施設なのですね。
 <麻生> 立山が一望でき、水の豊かな公園を見渡せるロケーションも新しい館の売りです。屋上には子どもたちが遊べる遊具がたくさんあるのですが、これも美術館としては珍しいですよね。この敷地はもともと地域の子どもたちの遊び場として人気があり、それをなくしてはいけない、という考え方でした。設計をした建築家の内藤廣さんがそうした要素を巧みにまとめてくれました。

館内からも立山を一望できる(富山県美術館提供)
「オノマトペの屋上」という屋上庭園は、近所の子供たちの遊び場

 ――前身の富山県立近代美術館時代から、現代アートの優れたコレクションで有名な美術館です。
 <三沢> ピカソ、フランシス・ベーコン、ジャスパー・ジョーンズなど現代美術のスターの作品ぞろいで、常設展示を見ているだけで十分に堪能できます。
 <麻生> 内外から「作品を貸してほしい」というリクエストもあり、優れたコレクションと評価をいただいていたのですが、近代美術館は多くの県民に親しまれていた、とは言えませんでした。新しい美術館には「コレクションの特徴を踏まえつつ、県民との懸け橋になるものが必要だ」ということで、現代アートの最前線で活躍していて、かつ広く親しまれる作品を作っている三沢さんに白羽の矢が立ちました。

麻生恵子さん

地元の美術館の価値に気づく

 <三沢> クマはまっすぐ立山を望む方向に立っており、ブルーと緑の目は富山の鮮やかな空と豊かな自然を象徴しています。作品のコンセプトが明快で、県民にも親しまれて、私の作家人生の中でも記念すべき作品になりました。
 <麻生> クマがひとつのきっかけになって、県民が美術館のコレクションに触れる機会も自然と増えました。海外の有名美術館に行った方から、「地元の美術館でごく当たり前に見ていた作品が、実はすごい価値があることを知ってびっくりしました」という声も聞きます。

富山県美術館には三沢さん制作のクマの彫刻が計4点(うち屋内に1点)。街のシンボルとしてすっかり定着しています

 <三沢> コロナ禍を経て、自館のコレクションをいかに見せるかが美術館の運営のカギになっています。そうした状況で、自分の作品が役立っているのはうれしいですね。
 <麻生> それぞれの楽しみ方に出会える美術館になるよう、これからもクマとともに歩んでいきたいです。(聞き手・美術展ナビ編集班 岡部匡志)
 
 ◇三沢厚彦(みさわ・あつひこ) 1961年、京都府生まれ。東京芸術大学卒、同大学院修士課程修了。クスノキを素材とした木彫で動物を表現したシリーズ「ANIMALS(アニマルズ)」で高い人気を誇り、各地で展覧会を開催。武蔵野美術大学特任教授。
 ◇麻生恵子(あそう・けいこ) 1969年、富山県高岡市生まれ。92年から富山県の美術館の学芸員として、近現代美術を中心とした展覧会、教育普及活動の企画に携わる。「三沢厚彦 ANIMALS IN TOYAMA」など担当。
 
 ◆来館者に幸せな時間を 布野浩久館長 

    
 富山県美術館は今年、開館5周年を迎えました。コレクションや多彩なアート、デザインの企画展を楽しむ方々が訪れるとともに、立山連峰を望む「オノマトペの屋上」やアトリエでのワークショップを楽しむ子どもたちの声が聞こえる美術館となりました。
 今後も子どもから大人まで、多くの方々に親しまれ、そして訪れた方々に幸せな時間を感じていただけるような美術館であることを願っています。

 ◆富山県美術館、注目の展覧会

<開催中>「富山県美術館開館5周年記念 デザインスコープーのぞく  ふしぎ  きづく  ふしぎ」(2022年12月10日~2023年3月5日まで)
詳しくは同展サイト(https://tad-toyama.jp/exhibition-event/16596)へ。

はるか遠くの星々を観測できる望遠鏡(telescope)、微生物や細胞を観察できる顕微鏡(microscope)。人間はさまざまなレンズを用いた器具を使うことで、自らが認識できる世界を拡張し、新たな技術や価値観を生み出してきました。本展では、「デザイン」というレンズを通した視点を「デザインスコープ(design-scope)」と名付け、現在第一線で活躍するデザイナーやアーティストと対話を重ね、これからデザインがどのような提案をすることが可能なのか、またデザインとアートが限りなく近づく現在の状況を、ミクロ/マクロの視点から俯瞰します。そして、本展のために新たに制作された作品や、音や映像などを用いた、空間全体を楽しむことができる展示を通して、デザインとアートの持つ創造的なエネルギーを体感し、楽しさや驚き、次世代に向けた可能性を富山の地から発信します。

<次の企画展>「富山県美術館開館5周年記念 生誕120年 棟方志功展」(2023318日~521日)

 ◆ピカソ、シャガールなど1万6000点 
 富山県美術館の前身である富山県立近代美術館は1981年の開館。耐震性不足などから現在の場所に移転新築した。2021年6月には来館者300万人を達成しています。
 近代美術館時代から「20世紀初頭から現代に至る美術の流れを世界、日本、富山から俯瞰(ふかん)する」をテーマに、現代アートのコレクション形成に力を入れてきました。早い時期から実力のあるアーティストに注目し、価格が高騰する前に作品を入手したケースも目立ちます。

ジャクソン・ポロック《無題》1946年 富山県美術館蔵

 現在の収蔵品は約1万6000点(ポスター、椅子などのデザイン作品を含む)。ピカソ、シャガール、ミロ、ウォーホル、デュシャン、フランシス・ベーコンなどそうそうたる顔ぶれを誇ります。横浜美術館、愛知県美術館という大都市の大型館との共同で昨年、開催した「トライアローグ展」などを通じてその実力は美術ファンにも広く知られています。

椅子のコレクションも豊富。来場者の人気も高いです

 「アートとデザインをつなぐ」が主要理念。現代アートと並んで椅子とポスターのコレクションも充実しており、20世紀の名作椅子や歴史的なポスターの常設展示は来館者の人気が高いです。ポスターは国際公募展も開催しています。

(※)美術館連絡協議会
1982年、全国の公立美術館が連携を図り、芸術、文化の向上および発展に資することを目的に設立された。読売新聞社などの呼びかけに賛同した35館で発足、現在は47都道府県の149館が加盟している。
創立40周年の節目を迎えるにあたり、4月に前文化庁長官の宮田亮平氏を会長に迎えた。今後も美術館の発展を通じて、広く市民が芸術に親しむことができるよう、様々な取り組みを進める方針。

美術館連絡協議会のホームページ(https://birenkyo.jp/

(この記事は、2022年6月28日の読売新聞朝刊に掲載された「美術人ナビ」の記事をリライトしたものです)

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