美術館を応援する連載「美術人ナビ」 第1回 平塚市美術館(神奈川県) 対談 深堀隆介さん×土方明司さん 大きな転換点に立つ美術館

平塚市美術館のシンボル、陽光の降り注ぐテーマホールに立つ深堀隆介さん(左)と土方明司さん(撮影・青山謙太郎)

日本の豊かな文化を維持、向上する上で、美術館はなくてはならない存在です。「美術館連絡協議会」(※)が2022年に創立40周年を迎えたのに合わせ、この「美術人ナビ」というコーナーでは全国各地で積極的な取り組みを行っている美術館とそれを支える人々を紹介し、応援していきます。第1回は神奈川県の平塚市美術館を取り上げます。
同美術館では2018年、金魚をモチーフにしたユニークな作品で注目を集める深堀隆介さんの個展を開催。入場者6万人を超えるヒットとなり大きな話題を集めました。今、美術館に期待されている役割や課題について、深堀さんと学芸員として同展を企画した土方明司さん(現・川崎市岡本太郎美術館館長)に語っていただきました。

平塚市美術館

入場者レコードになった深堀展

 ――平塚市美術館では、土方さんが館長代理だった18年に、「深堀隆介展 平成しんちう屋」を行っています。開催のきっかけは。
 <土方> 深堀さんには随分前から興味はありました。なので、東京・渋谷の西武百貨店での展覧会(16年、深堀隆介回顧展「金魚養画場~鱗の向こう側」)の少し前にお会いして、「美術館で大きな展覧会をやると、自信につながるよ」と言って口説いたんです。

土方明司さん

 ――深堀さん自身は、どういう状況だったんですか。
 <深堀> 長い間、ボクが作るモノは「生活のためのアート」になっていた。作家も食べていかなければならないですから。土方さんから話が来て、「学生時代のように、自分の内面から出てくる作品作りをしなければいけないな」と改めて思いました。ターニングポイントになりましたね。
 ――評判はいかがでした?
 <土方> 入場者数約6万6000人は今でも破られていないレコード。チケット売り場で30分待ち、1時間待ちの列。ボクがここにいる間に、一度だけでもやってみたい、と思っていた夢が実現しました。

平塚市美術館のホールで談笑する深堀さん(左)と土方さん

「一般性」と「専門性」のバランスが不可欠

 ――平塚市美術館は市立です。公立美術館には国立、県立、市立と色々なカテゴリーがありますが、それぞれ目的が違うのでしょうか。
 <土方> 国立、県立は大がかりな展覧会に向いている。市立、区立の美術館は、その地域に根ざしていかないと存在意義が問われます。とはいえ、レベルが低い展覧会は許されない。「一般性」と「専門性」、バランスをうまく取らなければ、と思いますね。

深堀隆介《秋敷(あきしき) Akishiki》2020年

 ――「大がかりな展覧会」ではないということになると、「若手の発掘」などが目的になるのでしょうか。
 <土方> そうです。心がけているのは、「ヨコの連携」です。複数の公立美術館で共同企画を立て、少ない予算を出し合って展覧会を作る。深堀さんの展覧会も平塚だけでは出来なかったんで、刈谷市美術館(愛知県)と一緒に作りました。このシステムは今春、平塚で始まる展覧会「リアルのゆくえ」でも同じだし、彫刻家の三沢厚彦さんの公立美術館での初めての展覧会もそうでした(07年、「三沢厚彦 ANIMALS+」展)。
 <深堀> 平塚市美術館が特殊な感じがしたのは、草薙奈津子さんという美術に精通している人が館長(現在は特別館長)をしていたことも大きいですね。
 <土方> 草薙さんが来るまでは、平塚も普通の「ローカル美術館」だった。彼女が「暴れん坊将軍」のように(笑)、慣習を無視して改革に取りかかった。その時にボクが呼ばれて来た。それで数年の間に、入館者数を倍々に増やして、今の美術館を作ったんです。

熱を帯びるお2人の対談(平塚市美術館で)

大きな転換点に立つ美術館

 ――長引くコロナ禍の中、美術館の役割は?
 <土方> 財政的なことも含め、美術館を巡る状況はますます厳しくなるでしょう。特に公立美術館は、それぞれの行政と結び付きながら、普遍性も持ち続けなければいけない。行政にいつも言うのは「美術館はアミューズメント施設ではない」ということです。ここは生涯学習の教育機関であり、文化財を後世に蓄積できる唯一の機関である。それをちゃんと考えてください、と。

深堀隆介さん

 <深堀> 今回、上野の森美術館(東京)で「金魚鉢、地球鉢。」を開催して、改めて気付きました。「ああ、この(金魚のすむ)汚れた水槽と(人間の住む)汚れた地球は一緒なんだ」と。そう考えると、コロナ禍も「人間が生きるための何かを教えてくれている」ように見える。われわれは大きな転換点にいる気がするんですよ。(司会は事業局専門委員 田中聡)

<2人のプロフィール> 
◇深堀隆介(ふかほり・りゅうすけ) 1973年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸専攻学科を卒業後、会社員を経てアーティスト活動をスタート。2007年、横浜市内にアトリエ「金魚養画場」を開設。ニューヨーク、ロンドンなどでも個展を開いている。
オフィシャルサイト(https://goldfishing.info/)
◇土方明司(ひじかた・めいじ)   1960年、東京生まれ。学習院大学文学部卒。練馬区立美術館などで学芸員を務める。2021年から川崎市岡本太郎美術館館長。武蔵野美術大学客員教授。国際美術評論家連盟(AICA)会員。著書に『1930年代の画家たち』(大月書店)など。

<平塚市美術館の概要>

◆展覧会と教育普及活動が柱 
平塚市美術館は1991年3月の開館。戦後間もない50年代から美術館設立の声があがり、官民挙げて取り組んだ結果、県立美術館並みの規模と充実度を誇る現在の施設が出来上がった。
湘南地域の中央に位置する美術館として、メインテーマは<湘南の美術・光>。展覧会と教育普及活動が運営の2本の柱で、地域に向けたワークショップは特に充実している。お絵かきや工作と鑑賞を組み合わせた「赤ちゃんアート」は2009年にスタート。発達段階に応じた美術体験の場を提供して人気だ。
市内の小学校と連携し、観察力や思考力を養う「対話による美術鑑賞=写真、平塚市美術館提供=」も15年から開始。訓練を積んだボランティアが進行役になる仕組みで、地域とのつながりが館を支えている。

◆安田靫彦ら作品 1万2000点収蔵 
約1万2000点に及ぶコレクションを誇る。質量とも最も充実している近代日本洋画では、平塚出身の鳥海青児を中心に原精一、二見利節、本荘赳、森田勝ら、また洋画の先駆者である黒田清輝や岸田劉生、萬鉄五郎らの逸品も収蔵している。

安田靫彦《日食》1925年

日本画では長らく近隣の大磯に住んだ安田靫彦(ゆきひこ)をはじめ、横山大観、下村観山、今村紫紅ら巨匠をそろえる。近年は開催の展覧会を機にコレクションを拡充。現代画家でも三沢厚彦ら人気作家の作品を所有している。

平塚市美術館公式サイト(https://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/index.html

◆現代の若手作家に注目 草薙奈津子特別館長     


「平塚市美術館は開館30周年を経て、ベテラン学芸員中心に自信をもって展覧会に臨んでいます。年に大中小三つの展覧会を行います。700平方メートル余りの2展示場で、2展覧会を同時開催し、楽しんでいただいています。平塚市美はこれからは現代の若手作家に一層目を向け、喜んでいただける展覧会を目指します」
  
(※)美術館連絡協議会
1982年、全国の公立美術館が連携を図り、芸術、文化の向上および発展に資することを目的に設立された。読売新聞社などの呼びかけに賛同した35館で発足、現在は47都道府県の149館が加盟している。
創立40周年の節目を迎えるにあたり、4月に前文化庁長官の宮田亮平氏を会長に迎えた。今後も美術館の発展を通じて、広く市民が芸術に親しむことができるよう、様々な取り組みを進める方針。

美術館連絡協議会のホームページ(https://birenkyo.jp/

(この記事は、2022年4月29日の読売新聞朝刊に掲載された「美術人ナビ」の記事をリライトしたものです)

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