【レビュー】「ボッティチェリ特別展 美しきシモネッタ」 丸紅ギャラリーで1月31日まで 1点の名作をさまざまな角度で掘り下げる贅沢な西洋美術展

サンドロ・ボッティチェリ《美しきシモネッタ》丸紅ギャラリー蔵

丸紅ギャラリー開館記念展Ⅲ「ボッティチェリ特別展 美しきシモネッタ」
会期:2022年12月1日(木)~2023年1月31日(火)
会場:丸紅ギャラリー(東京都千代田区大手町一丁目4番2号 丸紅ビル3階)
開館時間:10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般(大学生以上)500円
※高校生以下、障がい者とその介助者1名は無料
※着物・浴衣など、和装でのご来館の方は無料
休館日:日曜日、祝日、年末年始
アクセス:地下鉄「竹橋駅」3a 出口より徒歩 1分、地下鉄「大手町駅」C2b 出口より徒歩 6分、地下鉄「神保町駅」A9 出口より徒歩 7分
詳しくは同館の展覧会HPへ。

日本にたった1点しかないボッティチェリの絵が、東京・大手町の丸紅ギャラリーにあります。《美しきシモネッタ》と邦題がつけられたその絵は、1969年にイギリスから日本へと渡りました。以来、53年にわたって丸紅が所蔵してきましたが、丸紅ギャラリーの開館記念展第3弾「ボッティチェリ特別展 美しきシモネッタ」(1月31日(火)まで)にて、満を持してのお披露目となりました。内覧会を取材した筆者が、本展の見どころを紹介します。

ただ1点の名画を掘り下げる

展示風景

会場には《美しきシモネッタ》ただ1点のみが展示されていました。構図の分析、モチーフの注目点、類似作品との比較、絵にまつわるエピソード紹介など、掘り下げるポイントが無数にあるのが名画の魅力。本展では、あらゆる側面から《美しきシモネッタ》に関する興味深いパネル展示や資料群を紹介しているため、この一点を深く味わうことができるのです。

《美しきシモネッタ》とは?

サンドロ・ボッティチェリ《美しきシモネッタ》丸紅ギャラリー蔵

本作を描いたのは、15世紀イタリアで活躍し、ルネサンス期を代表する画家のひとりとして知られるサンドロ・ボッティチェリです。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの少し先輩格にあたる画家で、《ヴィーナスの誕生》や《プリマヴェーラ(春)》といった、ワールドクラスの知名度を誇る大作で知られています。

横を向いた半身像のモデルとなったのは、15世紀後半に実在したシモネッタ・ヴェスプッチというジェノヴァの裕福な商家出身の若い女性です。16歳でフィレンツェの社交界にデビューすると、抜群の美貌で名を馳せ、当時フィレンツェでNo.1の権勢を誇ったメディチ家の御曹司ジュリアーノ・デ・メディチとも親密な関係にあったと伝わります。しかし肺結核を患い、わずか23歳の若さで亡くなってしまいました。そんな絶世の美女を最も熱心に描いたのが、当時メディチ家に重用されていたボッティチェリでした。

実はボッティチェリがシモネッタを描いた肖像画は、丸紅ギャラリーが所蔵する《美しきシモネッタ》以外にも、工房名義の作品を含めると世界で6作品が確認されています。会場では、そのうち3点をパネル上で並べて徹底比較。構図の微妙な違いを手がかりに、丸紅ギャラリー所蔵作品がいつ頃描かれたのか分析されています。

ピエロ・ディ・コジモ《シモネッタ・ヴェスプッチの肖像》 ※パネル展示

また、ボッティチェリ以外にも、ピエロ・ディ・コジモやレオナルド・ダ・ヴィンチがシモネッタをモデルとしたとされる作品のパネル展示も登場。各画家の画風が反映され、微妙に顔つきや表情が違うことがよくわかります。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の頭部》 ※パネル展示

こちらは、ダ・ヴィンチの素描である《女性の頭部》です。ダ・ヴィンチは24歳のとき、シモネッタの葬儀の行列に参列していた可能性があるとのこと。本作で描かれた目を閉じた女性は、ダ・ヴィンチがその時に見たシモネッタの顔ではないかと考えられ、《眠れる美女》という別称でも呼ばれているそうです。

500年以上経ても色あせぬ美しさ

サンドロ・ボッティチェリ《美しきシモネッタ》丸紅ギャラリー蔵

では、もう一度しっかりと《美しきシモネッタ》を見てみましょう。500年以上前に描かれているのに、非常に美しい状態をキープしています。本作は描かれてから様々な持ち主を経ていますが、丸紅ギャラリーに収蔵される以前も、大切にされていたことがわかります。

《美しきシモネッタ》部分拡大

筆者がまず注目したのは、宝石が散りばめられた美しい髪型です。横顔の場合、頭部のボリューム感が目立つので、画家も力を入れて描いたのでしょう。長い金髪は真珠の髪飾りとあわせて入念に編み込まれ、複雑にウェーブした横髪もうっとりするような美しさです。

《美しきシモネッタ》部分拡大

顔の肌艶や各パーツにも注目してみましょう。目元は彫りが深く、頬はうっすらとピンク色に染まり、瑞々しい美しさを演出。目元や鼻筋、口元の凹凸がつくる陰影の表現も細かく調整されています。細くくっきりした輪郭線も、ボッティチェリ特有の描き方でしょう。

《美しきシモネッタ》部分拡大

首元から下の部分にも見どころが多数。ルビーとエメラルドをあしらった真珠のネックレスはゴージャスです。髪飾りとあわせて、今購入したらいくらになるのだろうかと考えてしまいました。

「シモネッタだらけ」のボッティチェリの代表作

実は、シモネッタを描いたボッティチェリの作品は、肖像画だけではありません。他の作品の中にも、シモネッタが生きているのです。描き続けるうちに、彼女は画家にとって美の絶対的な規範になっていったのかもしれません。

パネル展示によると、実はボッティチェリの代表作《ヴィーナスの誕生》《プリマヴェーラ(春)》でも、シモネッタが登場していると紹介されています。

《ヴィーナスの誕生》※パネル展示

まず《ヴィーナスの誕生》では、センターに描かれたヴィーナスのモデルがシモネッタであるとされています。初めて気が付きましたが、たしかに顔つきや髪型はシモネッタに似ています。また、ヴィーナスの右奥に描かれた入り組んだ海岸線は、シモネッタの生まれ故郷でもあるジェノヴァ近郊のボルトヴェーネレの風景ではないかと推定されています。

《プリマヴェーラ(春)》 画面中、登場人物の半分以上がシモネッタをモデルに描かれていると分析されている。

そして《プリマヴェーラ(春)》は、なんと、ほぼすべての登場人物のモデルがシモネッタとのこと。今までインターネットや書籍などで何度も作品画像を見てきましたが、まったく気づきませんでした。ボッティチェリは、本当にシモネッタが好きなのですね……。

過去の贋作疑惑の真相も明かす

さて、丸紅株式会社が本作を入手したのは1969年4月29日。絵が描かれてちょうど500周年を迎える年に、ロンドンのホースバラ画廊から約1.5億円で購入しました。意外なことに、日本のコレクターがルネサンス期の作品を購入したのは史上初めてだったそうです。1億円を超える巨額の美術品が日本で売買されたのも、やはり丸紅が初めてでした。当初、同社で企画していた「英国フェア」のために貸出を打診したところ断られてしまったので、その場で即座に購入する方針へと切り替えたのだとか。アートファンからすると、まさに英断としかいいようがありません。

しかし、本作は購入して約半年後の「ヨーロッパ巨匠名画展」でお披露目された際、戦前に発行された画集に掲載されていた写真と実物の絵の微妙な違いから、贋作疑惑が持ち上がったのです。新聞や週刊誌で報道されるなどの騒ぎになりました。

実は、19世紀に修復された際、絵の見栄えを整えるために、目や頭髪、首飾りなど各パーツがオーバーペイント(上描き)されていました。戦後、絵が洗浄された際に、上描き部分が除去され、画家オリジナルの姿へと戻されていたのですが、戦前の画集は修復以前に撮影された写真だったのです。

この展示は非常に面白く、好感が持てました。疑惑は完全に晴れたものの、こうした贋作疑惑を表に出すのはかなりの思い切りが必要でしょう。しかし今回、丸紅ギャラリーで贋作疑惑の一部始終を知ることで、普段は見えづらい「保存・修復」といった美術館の舞台裏も楽しむことができました。

国宝級の名品を心ゆくまで堪能

写真家・増浦行仁さんが手掛けた《美しきシモネッタ》の写真ポスター

本展は、描かれて500年以上となる名画の歴史の重みを実感できる、非常に興味深い展示内容となっています。しかし、百聞は一見に如かず。ぜひ実物をみていただきたいです。ちなみに、丸紅株式会社1Fのエントランスホールには、展覧会期間中、写真家・増浦行仁さんが手掛けた《美しきシモネッタ》の超巨大な写真ポスターが展示されています。こちらも迫力満点なので、お見逃しなく。

(ライター・齋藤久嗣)