「鎌倉殿の13人」完結に寄せて 永井紗耶子さんが落涙の名場面を振り返る 義経、重忠、政子

いよいよ今度の日曜日、「鎌倉殿の13人」が完結します。数々の名場面で近年にない盛り上がりを見せた大河ドラマ。毎週、欠かさず視聴してきたという小説家の永井紗耶子さんに熱い思いを綴っていただきました。「鎌倉殿の13人」でも、源義高との悲恋で印象的だった大姫をめぐるストーリー、『女人入眼(にょにんじゅげん)』で直木賞候補になった永井さんだけに鎌倉時代には特に詳しく、思い入れもひとしおです。ファンは改めて大泣き必至のエッセイをどうぞ。
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間もなく、2022年も終わりを迎え、毎週楽しみにしていた「鎌倉殿の13人」が最終回を迎えることに……
坂東の豪族の次男坊であった北条義時が、執権として幕府の実権を握り、朝敵となるまでを描いた壮大なドラマ。一ファンとして心ゆくまで楽しませていただきました。
三谷幸喜さんの舞台には、これまでも何度も足を運んでいるファンであること。『女人入眼』という小説を書くくらい、鎌倉時代の歴史が大好き。
ということで、「鎌倉殿の13人」について語らせていただきたいと思います。
……と、言っても、語りだせばキリがないのがこのドラマ。そこをぐっと堪えて。
思わず見返してしまう名場面三つを挙げてみたいと思います。

源義経「この先、私は誰と戦えばよいのか」(第18話)
このドラマで、度肝を抜かれたキャラクターの一人が源義経です。
登場間もなく、いきなり顔色一つ変えることなく隣の狩人を射殺し、屈託なく野を駆けていく。「これはヤバい奴が来た」と、誰もが分かる瞬間でした。
源義経といえば、謡曲、浄瑠璃、歌舞伎といった古典芸能はもちろん、映画やドラマ、小説においても、戦の天才であるが、悲劇のヒーローとして描かれてきた人物です。しかしその一方で、当時の史料や「平家物語」などの中に出て来る描写でも、「あれ?この人はちょっと変かも?」という違和感がある人でもあります。
登場シーンを見た時、「ああ、三谷さんは今回、変な義経を書いていくんだ」と思っていました。亀の前の屋敷を破壊し、兄を死に追いやっても悪びれない。しかし、戦においては正に天才。漕ぎ手を射るという禁じ手を迷いなく実行し、勝つことに迷いがない。
正に狂戦士だった義経が、平家を滅ぼして戦いを終えた。快哉を叫ぶはずの場面で、海を眺めて言う。
「この先、私は誰と戦えばよいのか」
戦のない世に、この義経を生かしておいたら危ないと思わせる、狂気と悲哀を感じさせる一言。ここからの義経は、次第に元々のイメージである「悲劇のヒーロー」としての色を帯びて来る。狂戦士と悲劇のヒーローが同時に成り立つのは、義経の中に「兄、頼朝への敬慕」だけは揺らぎなくあるから。しかし兄は政治的に判断し、義経を見放す。それもまた「やむを得ない」と思わせてしまうのが流石。義経の首桶を抱えて泣く頼朝に、テレビのこちらで涙しました。
畠山重忠「戦など誰がしたいと思うか!」(第36回)
やはり忘れられないのは、この畠山重忠の台詞でしょう。
源平合戦は、源氏が武士の頂に立つまでの上り坂。坂東武者たちが血気盛んに戦う姿は、痛快さもありました。しかしカリスマであった頼朝亡き後の鎌倉は、その力が内側に向き始め、絶え間ない混乱が始まります。その只中で起きた畠山重忠の乱。歯車が一つ狂うことで、どんどんと袋小路に追い詰められていく。
「戦など誰がしたいと思うか!」
これは、戦だらけ、殺しだらけのこの作品の中で、通底している思いなのかもしれません。戦で死ぬことを美化していない。やる側もやられる側も痛み苦しむ。
畠山重忠は、音曲も得意で、文武に優れた人物であったと言われています。このドラマでも正に武士の鑑と言われる姿が丁寧に描かれてきました。その武将が、最後の最期になって、北条義時と一騎打ちとなり、殴り合う。傷だらけで髪を振り乱し、血だらけで。
そして、義時に止めを刺さない。
「あなたは、分かっている」
戦の前に、義時の父、時政について暗に「斬る」ことを示唆していた重忠。笑顔を見せ、悠然と立ち去る姿には、戦の虚しさと悲しさを感じさせる名場面だったと思います。

北条政子「バカにするな。そんな卑怯者はこの坂東に一人もいない!」(第47回)
承久の乱の前、北条政子の演説と言えば、歴史の中でも有名なシーンでしょう。
「吾妻鏡」の中に、「亡き右大将(頼朝)よりの御恩は山よりも高く、海よりも深い」と言った内容であったと記されています。ただ、この演説はあまりにも「台詞」すぎる。それに、要は弟、義時を助けるためなのに、どうなんだ……というのが、初めて読んだ時の私の印象でした。
ドラマでは、この演説の内容について、政子は幕府のフィクサーである大江広元に相談します。心に訴えかける内容にせねばと、原稿を用意して臨むのです。しかし、「山よりも高く海よりも…」と、途中で原稿を見るのを止めてしまう。そして、朝廷は義時を狙っていること、そして義時は自ら死を選ぶつもりであることを包み隠さず語ります。
北条政子という女性は、きっと裏表がなく、ありのままに自らの言葉で語ることができる人だったのでしょう。
このドラマでも、上皇の側近である卿二位と対立しながらも分かり合い、従三位となる場面がありました。この二人を称して慈円は「女人入眼」と書いたそうですが、正に、天下の動静を握る女の実力を感じさせます。
悪女と評されることもあるし、事実、苛烈な強さもあった。しかし、抗いがたい魅力も兼ね備えていた政子。だからこそ、夫も子も亡き後、自らの手で坂東武者たちを纏め上げることができたのだと思います。
その政子が言うのです。
「バカにするな。そんな卑怯者はこの坂東に一人もいない!」
西の圧力にも屈することなく、堂々と嘘のない言葉と態度。思わず、「はい」とついて行きたい気持ちにさせられる尼将軍でした。
他にも、名場面、名台詞、名キャラクターが目白押しのこのドラマ。
さて、間もなく最終回。どんなラストが待っているのか。テレビの前で正座して心静かに待とうと思います。


◆永井さんがこれまでに「美術展ナビ」に寄稿した記事を一部紹介します。