【探訪・石川県能美市③】色絵磁器作家・牟田陽日さんにインタビュー「九谷焼は多様で欲張りな焼き物」

牟田晴日さんの制作風景ーうつわに龍を絵付けする

九谷焼の産地・石川県能美市では、若手作家が中心となり、個性的な表現をつぎつぎに生み出している。そのうちの一人が、色絵磁器作家・牟田陽日むたようかさんだ。手びねりで作った磁器に、躍動する龍やクジラを描き出す――。まるで立体絵画のような九谷焼を制作している。

金銀えびす 片口(提供:牟田陽日さん)

東京都出身の牟田さんは、現代美術に関心を抱きロンドンへ留学。2008年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科を卒業した後、石川県立九谷焼技術研修所(能美市)で九谷焼の技法を学んだ。現在は能美市に工房兼住居を構え、色絵(陶磁器に彩色を施す技法)を主軸に、日常的な食器、茶器からアートワークまで多岐にわたって制作している。

現代美術の領域にいた牟田さんが、なぜ九谷焼の世界に飛び込んだのか。九谷焼の産地で牟田さんが目指すものとは――。

(聞き手 読売新聞美術展ナビ編集班・美間実沙)

現代美術を学ぶためロンドンへ

牟田陽日さん

1981年、東京都に生まれた牟田さん。自宅には油絵好きの母が展覧会で購入した図録が転がり、牟田さん自身も幼いころから「絵を描くこと」に没頭していた。そんな牟田さんに現代美術への関心を呼び起こしたのが、美大進学のために入った美術予備校の講師だった。

「講師の中には、実は現代アーティスト志向の方も多かったんです。アーティストで集団を作って活動したり、オルタナティブな、たとえば廃校での展示などを企画したりと、アクティブに活動されていいる方もいました。休憩時間にその話を聞いたり、ヴェネチアン・ビエンナーレの本を貸してもらったりして、刺激を受けました」

もともと手を動かして作ることも好きだが、そこから踏み込んで、ストーリーや文脈を考えながら作品を見たり作ったりすることに面白さを感じていた。牟田さんは、次第に現代美術へと惹かれていく。進学した東京造形大学で絵画を専攻したものの、「絵は描かない」と決心。立体ワークなどの制作に明け暮れる日々のなか、「現代美術を直接学びたい」という思いが沸き上がり、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科へ進学した。

ロンドンでの気づき

入学後は、「食と自分」「他者と自分」など他国で暮らすなかで感じたギャップ、違和感をテーマに、ビデオワークやインスタレーションを制作した。そこから派生して取り組んだ「人間と自然」というテーマは、のちに九谷焼につながっていく。

ロンドンという土地柄は、牟田さんを大いに刺激した。古いものを鑑賞することが好きな牟田さんは、街に繰り出し美術館や蚤の市をめぐった。そこで目にした、オリエンタル趣味と西洋の形式を強引に融合したような陶磁器、装飾的な建築、調度品。「モノそのものが発揮する力」に魅せられた。

「そのころ制作していた作品は、モノが形として残らないことが多かったんです。たとえばビデオワークのために作った小道具、それ自体に魅力を感じていても、展示が終われば破棄されてしまう。そこで、『モノそのものの面白さ』に自分の意匠をかけ合わせて、作品を作りたいと考えるようになりました」

九谷焼の世界へ

工房の作業机に並ぶ道具類

そのとき、たまたま知人からもらったのが九谷焼の急須だった。青、黄、紫、緑などで牡丹が描かれたその急須は、牟田さんを九谷焼の世界へと引き込むことになった。

「それまで焼き物と言えば、有田焼や京焼のように繊細で上品なものというイメージを抱いていました。でも、その急須はイメージとは少しずれていて、野性味やパワーが強く感じれられ、新鮮でした。そこでふと、九谷焼って面白そうだなと思ったんです」

帰国後、石川県立九谷焼技術研修所(能美市)に入学。成形や絵付けなどの技法を学んだ。実は、「成型と絵付けの両方を学べる」ところに、九谷焼の産地の特色が表れている。というのも、他の産地の場合は職人の育成に特化していて、ひとつの技術の修練をひたすら積み重ねることが多い。一方で、九谷焼技術研修所には全国から有名な講師や人間国宝が集まり、多彩な技術を惜しげもなく披露してくれるのだ。

「特に記憶に残っているのが、今は亡くなられた宮川哲爾てつじ先生の授業です。古九谷や再興九谷といった昔の作り方で九谷焼を作ってみましょう、という内容でした。薪を使った上絵窯でうつわを焚いたのですが、火の高さなどを調整しないと絵が消えてしまったり、思いもよらぬ色に変化してしまったりして、難しかったです」

牟田さんは、最初から九谷焼作家になることを意識していたわけではない。そもそも、研修所に入った目的は、造形や加飾といった焼き物の技法を習得すること。ところが研修所で学ぶうちに、九谷焼の世界にどんどんのめりこんでいった。

多彩な技法を駆使

うつわに龍を絵付けする

2012年に研修所を卒業して以来、牟田さんは、石川県能美市を拠点に活動している。自ら成形したうつわに色絵を施すというスタイルで、「現代の自然に対する意識の在りよう」をテーマに、作品を生み出してきた。このテーマは、ロンドン留学時代から興味を抱き、深めてきたものだった。

「3年生のとき、『人と自然』をテーマにビデオワークをつくるなかで、人が自然に対して一方的に抱く感情――欲望、恐れ、尊敬に興味をもちました。そして、その感情は昔と今では異なるのではと考えるようになりました。たとえばクジラや龍は、昔は恐れられていましたが、今は、ファンタジーゲームやインテリアのモチーフにもなっていて、身近な存在として受け止められています。昔の人が描いた龍と、私がうつわに描いた龍とでは、見る人に与える印象が異なるとかもしれない。そういった前提で、獣やクジラなどの動物を描いています」

清渦龍神図大皿(提供:牟田陽日さん)
海魚宝尽茶碗(提供:牟田陽日さん)

牟田さんの作品集『美の器』を読むと、作品に登場するモチーフの多様さに驚かされる。クジラ、龍、獅子、キリン、象――。動物だけでも挙げるとキリがない。ときには、浮世絵や古典絵画からも引用し、うつわの上に再構築している。まるで牟田さんのなかにインスピレーションの泉が湧き出ているようだ。ところが牟田さんは、「描いているモチーフは限られている」と話す。

「基本的には古典的なモチーフを描いています。バリエーションが豊かに見えるのは、いろんな技法を使っているからではないでしょうか。赤絵で描いたり、アメリカの絵の具を使って油彩画のように描いたり、肉筆浮世絵画のように描いたり。焼き物の中に絵画を落とし込んでいくとすれば、どんどん可能性は広がっていきます」

工房にある上絵窯

幅広い技法を駆使するからこそ、失敗のリスクが伴う。そもそも焼き物は、「自分でコントロールできない要素が多い」工芸だ。たとえば絵具は、焼きあがってはじめて色がわかる。そのうえ、油彩画のように複数の色を同時に重ねることは不可能。色彩豊かな牟田さんの作品は、色の層を何層にもわけ、上絵だけでも5~8回焼成を繰り返しながら完成へと近づいていくのだ。途方もない工程の積み重ねのなかで、もっともワクワクするのは「窯から作品を取り出す瞬間」だという。

「思い通りにいったことはほとんどありません。むしろ毎回、想像を超えたものが生まれて、ダメージを受けることも少なくない(笑)。だからこそ、予想以上に良いものが作れたときは、とてもうれしいですね。逆に、失敗から学んで生まれた作品も多いです。制約があるなかで試行錯誤を重ねられる焼き物は、私に合っていると思います」

工房にずらりと並ぶ、絵具の色見本
絵具のテストピース

アートと工芸の垣根を超えて

今、牟田さんが目指しているのは「日本の美感、工芸、アートの間を相互に交信するような作家活動」。背景には、西洋美術的な考え方への疑問がある。美術館に展示される「触れない」アートに比べて、日常のなかにある「触れる」工芸品は下に見られてきた。しかしよく考えると、屏風やうつわなどの工芸品にも、見る者の美感を刺激する力がある。牟田さんは、うつわでありながら、絵としても楽しめる九谷焼をとおして、アートと工芸というヒエラルキーを超えた創作がしたいという。近年は、布と組み合わせた作品や、インスタレーションなども手がけてきた。

工房に並ぶ制作中のうつわ

作品に様々な技法や独自の意匠を取り入れ、活動領域を自由に広げていく。それは、九谷焼の産地で活動するうえで難しくはないのか。

「職人がいろんな技法をどん欲に試して、本当にいいと思ったものを残したからこそ、たくさんの種類の九谷焼が花開いてきました。今も同じで、新しい表現がどんどん生まれています。九谷焼は、欲張りな焼き物かもしれません(笑)。もちろん、古くから続く技法を大切にしている窯もあります。九谷焼に対する考え方は人それぞれ。そもそも九谷焼は、一つの言葉で簡単に定義できる焼き物ではありません。ただ、あえて言うなら『多様』。ここが九谷焼の面白いところです」

音楽や映像と絡めた作品、物語や俳句の世界観からインスピレーションを得た作品。これから挑戦したい作品について、牟田さんは目を輝かせながら話してくれた。同時に九谷焼を背負っていくつもりだという。

「わたしが使っている技法も、昔の人々が努力して残してきたからこそ、今あるのです。主流じゃなくていい、傍流でもいいので、流れ続く九谷焼の歴史の一端を担えたら嬉しいですね」

制作風景

牟田陽日さん
1981年東京都生まれ。2008年ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート科卒業。2012年石川県立九谷焼技術研修所卒業。現在、石川県能美市にて工房兼住居を構える。陶磁器に彩色を施す色絵の技法を主軸に、日常的な食器、茶器などの美術工芸品からアートワークまで多岐に渡り制作。「現代の自然に対する意識の在りよう」をテーマに、動植物、神獣、古典図案等を再構成し色絵磁器に起こしている。日本の美感、工芸、アートの間を相互に交信するような作品制作を目標とする。

探訪・石川県能美市シリーズの①と②はこちら