【レビュー】美術品に込められた「祈り」と「想い」――大倉集古館で企画展「信仰の美」

展示されている《法蓮上人坐像》(鎌倉~南北朝時代・14世紀)

企画展「信仰の美」
会場:大倉集古館(東京都港区虎ノ門2-10-3)
会期:2022年11月1日(火)~2023年1月9日(月、祝)
休館日:月曜休館(祝日の場合は開館し、翌日の火曜日が休館)。年末年始(12月29日~1月1日)は休館。1月2日~9日は休みをとらず開館
アクセス:東京メトロ南北線六本木一丁目駅中央改札から徒歩5分、日比谷線神谷町駅4b出口から徒歩7分、虎ノ門ヒルズ駅A1、A2出口から徒歩8分、銀座線(南北線)溜池山王駅13番出口から徒歩10分、銀座線虎ノ門駅3番出口から徒歩10分
入館料:一般1000円、大学生・高校生800円、中学生以下無料
※詳細情報は公式サイト(https://www.shukokan.org/)で確認を
※前期(~12月4日)、後期(12月6日~)で一部展示替えあり

印象的な眼差しである。

木像に埋め込まれた玉眼は鋭く前を見据え、意志の強さを物語っている。左腕の袖を広げている姿は、何かを受け取ろうとしているのだろうか。説明文によると、この僧は福岡県添田町にある英彦山の中興の祖・法蓮上人。同町ホームページの「添田町の神話・伝説・民話」には、「彦山名僧伝説」としてこんな話が紹介されている。

〈(法蓮は)如意宝珠を手に入れ、その力で広く生活に悩んでいる人びとを救おうと考えた(中略)。(洞窟で法蓮が老翁とともに修行を重ねると)霊蛇が玉を握り岩窟を破って現れ法蓮に与えた。法蓮は両手で衣の左袖をひろげて押しいただいた〉

どうやら、この「宝珠を押しいただいている」場面をかたどったのが、この木像のようだ。法蓮上人は飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した僧侶で、九州の山中で修行し、医薬にたけていたという。「信仰の美」と題された今回の企画展、エントランスに足を踏み入れて、まず眼に入るのがこの作品なのである。

展示されている国宝《普賢菩薩騎象像》(平安時代・12世紀、下も同じ)

明治の政商・大倉喜八郎(18371928)と跡継ぎだった大倉喜七郎(18821963)、二代にわたる財界の大物が収集した美術品、工芸品を所蔵する大倉集古館。喜八郎氏は明治初頭、廃仏毀釈によって仏像や仏画が寺社から流出し、廃棄されることを憂い、それらの文化財保護に私財を投じたのだという。そうやって蒐集した仏教美術の中で、目玉といえるのが、国宝の《普賢菩薩騎象像》だ。

文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍である普賢菩薩は、仏の慈悲と知恵で人々を救う賢者である。白い象に乗っている姿で描かれるのが通例だが、横から見ても前から見ても、この像の象は従順そうで、普賢菩薩の柔和な顔も衆生を救う懐の深さがあふれている。普賢菩薩の姿は十羅刹女とともに描かれることも多かったそうで、その一例が下の《普賢十羅刹女像》。こちらの白象もおっとりとした表情である。

《普賢十羅刹女像》(鎌倉時代・14世紀)
展示されている重要美術品《聖徳太子勝鬘経講讃図》(右、鎌倉~南北朝時代・14世紀)と《藤原鎌足像》(室町時代・16世紀)

喜八郎氏の蒐集は「おおたばに、大づかみに」と言われている。それを反映するように、ここに展示されている仏教美術も多種多彩だ。奈良時代の《百萬塔陀羅尼》から大正時代の下村観山の絵まで幅広い年代の幅広い作品が並び、展示は「古代仏教と古経の世界」「密教~修法と荘厳~」「釈迦如来と弟子たち」「浄土教の美術~極楽浄土への憧憬~」「法華経と国宝〈普賢菩薩騎象像〉~美しきほとけへの祈り」「神仏習合と民間信仰」「仏教美術の継承~極彩色を愛でる~」の6章に分けられる。

鮮やかなのは、最終章の「仏教美術の継承~極彩色を愛でる~」に展示されている4作品で、特に幕末の画家、復古大和絵で知られる冷泉為恭の描いた2枚が面白い。《仏頂尊陀羅尼神明仏陀降臨曼荼羅図》は、左側に仏や菩薩、右側に日本古来の神を配したまさに「神仏習合」の1枚。一体、どこにだれがいるのかを探してみるのも楽しいだろう。《山越阿弥陀図》も阿弥陀の姿の下に大和絵風の風景が広がっている、いかにも「和風」な仏教美術。ちなみにこの絵が関東大震災での焼失を免れたことについては、「奇跡的な」エピソードがあるそうで、折口信夫に「山越しの阿弥陀像の画因」がある。

展示されている《阿弥陀三尊来迎図》(神田宗庭要信筆、江戸時代・19世紀、右)、重要美術品《仏頂尊陀羅尼神明仏陀降臨曼荼羅図》(冷泉為恭筆、江戸時代・文久3年、中央)、重要美術品《山越阿弥陀図》(冷泉為恭筆、江戸時代・文久3年、左)

個人的に楽しかったのは、小さめの彫像の数々。《制吒迦童子立像》は、不動八大童子のひとりの像、厳しい顔なのだけど、何か困ったような仕草をしているのが面白い。一対の《仁王立像》。謹厳さの中になぜかユーモラスな雰囲気をたたえている。関東大震災で被災して、一部が欠損しているのが残念だ。すべてを紹介しきれないのが残念だが、重要美術品の狩野探幽筆《探幽縮図》や田中親美作《平家納経(模本)》なども、見どころの多い作品である。

展示されている《制吒迦童子立像》(江戸時代・18~19世紀)
展示されている《仁王立像》(江戸時代・18~19世紀)

関東大震災で焼失した大倉集古館は伊東忠太氏の設計で新たな展示館を建て直し、1928年には再開館を果たした。現在に残るのが、その建物である。国の登録有形文化財にもなっており、よくよく見てみると、展示室内だけでなく、ちょっとした所に趣深い意匠が数多くある。例えば、1階から2階へと向かう階段にある狛犬。何とも言えないかわいく、凜々しい表情で、お客さんたちを和ませてくれるのである。

(事業局専門委員 田中聡)

大倉集古館の階段には、建物を設計した伊東忠太がデザインした狛犬もいる