【レビュー】「日本浮世絵博物館開館40周年記念  優品でたどる酒井コレクションのはじまり」日本浮世絵博物館(長野・松本市)で12月25日まで

「日本浮世絵博物館開館40周年記念  優品でたどる酒井コレクションのはじまり」
会場:日本浮世絵博物館(長野県松本市島立2206-1 ℡0263-47-4440)
会期:2022年9月28日(水)~12月25日(日)

前期9月28日~11月13 日 後期11月15日~12月25日

休館日:毎週月曜日
開館時間:午前10時~午後5時(最終入館午後4時30分)
観覧料:一般1,000円、大・高・中学生500円、小学生以下無料
詳しくは同館公式サイト
松本市郊外にある日本浮世絵博物館

浮世絵の名品誕生の時代へ

10万点に及ぶ浮世絵を所蔵する日本浮世絵博物館が今年、開館40周年を迎えた。所蔵品を構成する「酒井コレクション」は、松本城下で諸式問屋を営んだ酒井家第6代当主・酒井平助(1776~1842)の収集から始まったと伝わり、子の7代理兵衛(1810~1869)は文化人とも盛んに交流したことがうかがえる。40周年記念の本展は、歌川国貞、広重、国芳ら理兵衛在世時に活躍した一流絵師による浮世絵を中心に紹介。才人と優品が続々誕生し、「どの絵を買おうか、どの絵師をひいきにしようか」と思案した時代の雰囲気が追体験できる。今回は同館学芸員の五味あずさ学芸員の説明を聞きながら鑑賞した。※写真の作品はすべて日本浮世絵博物館所蔵

数々の優品が並ぶ展示室

蛙が跳んだり跳ねたり

まずは絵に描かれた酒井理兵衛を見る。天保期に出版された篶垣真葛こもがきまくず撰『狂歌鐘声しょうせい百人一首』に、歌川広重の描いた理兵衛が登場する。理兵衛は松園千鶴の狂歌名を持つ文化人で、入集した狂歌「咲く花はひかりを分てそれほどは 朧になるかはるの夜の月」が載っている。

篶垣真葛撰・歌川広重画『狂歌鐘声百人一首』 天保7年《1836》刊

 喜多川歌麿の「艶中八仙 蝦蟇がま玉屋内花紫」は、遊女を仙人に見立てたシリーズ中の1図。遊女と禿が見つめる先に、蛙の人形が付いた「飛んだり跳ねたり」と呼ばれる玩具が置かれている。竹と木綿でバネになる細工を仕組み、台上の人形が飛び上がるというもの。蛙のモティーフを置くことで、ガマを自在に操った蝦蟇仙人に遊女をなぞらえている。

喜多川歌麿「艶中八仙 蝦蟇 玉屋内花紫」寛政5~6年(1793~94)頃

出たか! 古寺の大化け猫

続いて歌川国直の「四季の名処 三囲稲荷雪中之景」。国直は初代豊国の門人で信州の生まれと伝わる絵師。屋根船に乗り込む女性の背後、隅田川の土手越しに三囲神社の鳥居が見える。

歌川国直「四季の名処 三囲稲荷雪中之景」文政~天保期(1818~43)

歌川国貞の「東海道五十三駅の内 岡崎 八ッ橋村 初代坂東玉三郎の十六夜 三代目尾上菊五郎の薄雲太夫 十二代目市村羽左ヱ門の稲葉の介」は、天保62月、市村座上演の「梅初春五十三駅」に取材した作品。娘が宿を借りた古寺で、老婆が本性である化け猫となって姿を現す。化け猫の大仕掛けが好評で、本図に描かれた猫の大きさからも話題を呼んだ演出だったことがうかがえる。

歌川国貞「東海道五十三駅の内 岡崎 八ッ橋村 初代坂東玉三郎の十六夜 三代目尾上菊五郎の薄雲太夫 十二代目市村羽左ヱ門の稲葉の介」天保6年(1835)

藤に届くかセキレイの尾

「楠多門丸正重 八尾の別当常久」は葛飾北斎唯一の武者絵揃物とされるシリーズ中の1図。持ち上げた手水鉢を投げようとする楠多門丸正重(楠正成)と、刀の鞘に手をかける八尾の別当常久。格闘する2人の武者を画面いっぱいに描いた。

葛飾北斎「楠多門丸正重 八尾の別当常久」天保4~5年(1833~34)頃

 これも北斎、「藤 鶺鴒せきれい」。中判の判型に花鳥と詩歌を配したシリーズ中の1図。垂れ下がる藤の花房の下でセキレイが羽を休める。セキレイの長い尾が画面を横切り、曲線を描く藤の蔓との取り合わせが視覚的にも楽しい。

葛飾北斎「藤 鶺鴒」天保5年(1834)頃

馬耳薫風 池鯉鮒の市

広重の出世作「東海道五拾三次」から、池鯉鮒ちりゅう宿(現在の愛知県知立市)の馬市を描いた「東海道五拾三次之内 池鯉鮒 首夏しゅか馬市」。草原に彩色されたグラデーションが爽やかで、初夏の清々しさをよく表している。副題の「首夏」は陰暦4月の異称。

歌川広重「東海道五拾三次之内 池鯉鮒 首夏馬市」天保4~5年(1833~34)頃

歌川貞秀の「生写異国人物 阿蘭陀婦人挙觴きょしょう愛児童之図」は珍しい外国人を描いた浮世絵。安政6年(1859)、貿易港として横浜が開港されると、居留地の人々や異国風俗を描いた横浜絵が多く刊行された。本図の副題「挙觴」は飲酒を指し、グラスを手にしたオランダ人女性が子どもを眺めている。洋装や髪飾りといった装飾品も当時としては新鮮で、人物を写実的に表現しようとする工夫もうかがえる。

歌川貞秀「生写異国人物 阿蘭陀婦人挙觴愛児童之図」万延元年(1860)

本展は有名絵師たちの作品の中に埋もれがちな優品にも着目している。その一つが勝川春扇「(七福神と美人シリーズ) 毘沙門天」。七福神と当世風俗の美人を取り合わせたシリーズ中の1図。毘沙門天の三叉鉾と女性の三味線を交換して持つ点がユーモラスである。春扇は文化・文政期(1804~29)に活動した絵師。後に二代目勝川春好を襲名した。この時代、いろいろな絵師が世に出るべく、それぞれ創意工夫を凝らしていたことがうかがえる。

勝川春扇「(七福神と美人シリーズ) 毘沙門天」文化12年(1815)

 絵も大ヒット 赤穂義士伝

最後は師走らしく忠臣蔵に取材した2作の紹介。最初は歌川国芳の「誠忠義士伝 浦松半太夫高直」。仮名手本忠臣蔵の登場人物とその略伝を記したシリーズ中の1図で、人物を国芳、略伝を渓斎英泉が執筆した。赤穂浪士の墓所がある泉岳寺の開帳にあわせて制作され、8000組を売り上げたと伝わる大ヒット作品だった。

歌川国芳「誠忠義士伝 浦松半太夫高直」弘化4~嘉永元年(1847~48)

歌麿の「忠臣蔵 初段」は、仮名手本忠臣蔵の登場人物を半身像で表したシリーズ中の1図。塩谷判官の妻である顔世御前に横恋慕し、恋文を渡そうとする高師直と困惑する顔世御前。その場に居合わせ彼女を助ける桃井若狭之助を描く。師直は邪魔をされたことに立腹し、桃井を罵ることが物語の発端となる。保存状態が優れている。

喜多川歌麿「忠臣蔵 初段」寛政10~11年(1798~99)頃
勝川春扇の「(七福神と美人シリーズ) 毘沙門天」を前に「それほど知られていない絵師にも優品がたくさんあります」と話す五味学芸員

同館では1211日午後2時から五味学芸員によるギャラリートーク(事前申し込み不要)が行われる。五味学芸員は「美人画、役者絵、武者絵、風景画と各ジャンルの作品が出揃う展示であり、多数の絵師が腕を競った華やかな時代を追体験できる内容となっています」と話している。(ライター・遠藤雅也)