【レビュー】日本生まれの“アメリカンカジュアル”――横須賀美術館で「開館15周年 PRIDE OF YOKOSUKA スカジャン展」

展示風景

開館15周年 PRIDE OF YOKOSUKA スカジャン展
会場:横須賀美術館(神奈川県横須賀市鴨居4-1)
会期:11月19日(土)~12月25日(日)
休館日:12月5日
アクセス:JR横須賀線横須賀駅から観音崎行きバスに乗り、観音崎京急ホテル・横須賀美術館前で下車。徒歩約2分。京浜急行馬堀海岸駅から観音崎行きバスに乗り、観音崎京急ホテル・横須賀美術館前で下車。徒歩約2分。京急線浦賀駅から観音崎行きバスに乗り、観音崎で下車。徒歩約5分
観覧料:一般1300円、高校生・大学生、65歳以上1100円、中学生以下無料
※最新情報は、公式HP(https://www.yokosuka-moa.jp/)で確認を。

基地のある街、横須賀。米軍兵が闊歩する独特の雰囲気のこの街で生まれたファッションアイテムが「スカジャン」である。光沢のあるアセテート生地、もしくはベルベットのような別珍生地のジャンパーに「鷲・虎・龍」をはじめとする「日本的な」豪華な刺繍が施してある。戦後まもなく生まれたスカジャンは、今やアメリカンカジュアル(=アメカジ)文化のアイコンのひとつなのである。横須賀美術館開館15周年を記念するこの展覧会は、そんなスカジャンの昔と今を克明に描き出すものだ。

「鷲・虎・龍」の刺繍が印象的なスカジャン。「虎」のヴィンテージ・ジャケットの展示風景

スカジャンは、日本に滞在する米兵の「スーベニア」(土産物)として誕生した。もともと第二次世界大戦の終戦前後から、世界中に展開していた米海軍兵のために、寄港した国の地名やその土地を象徴する文物を刺繍したジャケットがスーベニアとして流行し始めていたのである。日本に寄港した米兵たちもスーベニアを多く買い求めていたが、これという「目玉商品」がなかった。そこで、現在の東洋エンタープライズ株式会の前身にあたる港商商会の社員が考え出したオリジナルのスーベニアジャケットがスカジャンだった。

Souvenir Jacket“U.S.S.KRETGHMER.D.E329 7th FLEET HONGKONG CHINA 1945-46 Dragon”(1946年、横地広海地氏蔵)の展示
《ドブ板通りの米兵向け土産物店「スーベニヤ」》1956年9月米公文書館蔵(横須賀市立中央図書館郷土資料室提供)

〈アメリカ人に親しみやすいベースボールジャケットを模して、そこに彼らの喜びそうなオリエンタルな刺繍を入れる。刺繍の職人にはあてがあり、婚礼衣装などに刺繍を入れていた桐生や足利の職人に依頼した〉

スカジャン研究家でスカジャンブランド「テーラー東洋」の企画統括を担当する松山達朗氏は『JAPAN JACKET』の中でこう書いている。露店などで売られていたこのジャンパーは並べれば売れる人気だったという。あまりの人気に米軍基地内のPX(売店)にも納入され、正規に販売されるようにもなる。基地近くの横須賀・ドブ板通りには土産物店が軒を連ね、そのジャケットは「横須賀ジャンパー→スカジャン」と呼ばれるようになり、なった。そんな歴史が、約140点のジャケットともに説明される。

展示風景
「特注品」のスカジャンの展示風景

米軍兵たちは、持ち物をカスタマイズするのが好きだった。スカジャンの制作者たちもそれに対応し、様々な「特注品」が生まれている。横須賀港に入港する空母の情報をあらかじめ得ておき、部隊名などを刺繍したジャケットを作っておいたりもしたという。小さい子供向けのジャケット、豪華に作られた「一品もの」……テーラー東洋の所蔵するスカジャンの数々。アメカジに興味のない人でも目を奪われる量と質である。

「キッズ」用のスカジャンの展示風景
日本以外の地域向けのスカジャンの展示風景

スカジャンの人気は、日本から世界へと波及していく。アラスカやグアムなど、海外の米軍駐屯地でも、スーベニアとしてのスカジャンは売られた。PXから発注を受けた港商商会が、その地に併せて図柄を考案し、制作していたのである。〈スカジャンの全盛期とされる1950年代、港商は米軍への納入シェアの95%を占めるほどであった〉と本展の図録では書かれている。1970年代に入ると、スカジャンはファッションアイテムとして、若者の間にも広まっていく。

映画の衣裳として最初に使われたのは、今村昌平監督の『豚と軍艦』(1961年公開)だというが、個人的には、テレビドラマ『傷だらけの天使』(197475、日本テレビ)で、水谷豊氏が演じるアキラが着ていたイメージが強い。ちょっと「やんちゃ」で「ストリート感覚」のアイテム。

〈ファッション雑誌がスカジャンに注目して取りあげるようになったのは、1980年代になってからである(中略)1990年代のヴィンテージ古着ブームで、日本人が作ったアメリカ古着であるスカジャンはマーケットでも注目される存在になる〉(『JAPAN JACKET』より)。

21世紀の今、スカジャンはアメカジのアイコンのひとつとして定着、ゲームの『龍が如く』やマンガの『クローズ』などでも、印象的に使われているのである。

田沼千春さん制作のスカジャンの展示風景
テーラー東洋(東洋エンタープライズ株式会社)が所蔵するスカジャンの「刺繍型」も展示されている

現代の作家である田沼千春氏の作品、スカジャンの特徴である「横振り刺繍」のアーティスト・大澤紀代美氏の作品も会場では展示。テーラー東洋(東洋エンタープライズ株式会社)が所蔵する刺繍の「設計図」である「刺繍型」を見ることができる。スカジャンを「街おこし」に取り入れたドブ板通りの試み、スカジャンの試着コーナーなど、様々な角度からその魅力が紹介される。

現在進行形で「進化」を続けているスカジャン。〈江戸時代末期~明治維新、日本人が洋服を着るようになってから現代に至るまで、日本人が独自に考え出した「洋服」は唯一この「スカジャン」だけだろう〉と図録で松山氏は書く。

〈どれほど日本のファッションデザイナーが世界で活躍しようとも、その名が一般名詞として定着した洋服は他には見当たらない〉。アニメやマンガを例に出すまでもなく、日本のポップカルチャーは、今や世界とつながっているのである。そんなことを考えながら、戦後日本の歴史、基地の街・横須賀の歴史と重ね合わせながら、色とりどりの刺繍を眺めてみるのも面白いかもしれない。

(事業局専門委員 田中聡)

展示風景