【レビュー】「丸山晩霞 日本と水彩画」知られざる水彩画の名手の傑作を堪能 小金井市立はけの森美術館で12月18日(日)まで

「渓流のある温泉宿(群馬県鹿沢温泉)」

平成の終わり頃から、卓越した技量をもっていた戦前の知られざる画家たちが次々と掘り起こされ、展覧会でアートファンを唸らせてきました。なかでも水彩画の分野はアートファンに「再発見」されるのを待っている実力派が揃っています。

今回紹介する丸山晩霞ばんかは、明治~昭和初期に活躍した水彩画家。自然豊かな里山を描いた晩霞の風景画は目を見張るような清らかさで、誰もが素直に「あぁ、これいいな」と感じられる作品が数多く残っています。

そんな丸山晩霞の代表作を集めた展覧会が、12月18日(日)まで小金井市立はけの森美術館(東京都)で開催中です。没後80年という節目を迎えた今、晩霞の画業を振り返る絶好の機会と言えるでしょう。かねてから晩霞の作品のファンだった筆者は、より多くのアートファンに丸山晩霞の魅力を知っていただきたいと考え、本展を取材しました。

武蔵野の森の中にある市民の憩いの場


本展が開催されている中村研一記念小金井市立はけの森美術館は、平成18年4月に開館したアットホームな市立美術館です。

JR武蔵小金井駅から歩くこと約15分。地元民から親しみをこめて「はけ」と呼ばれてきた崖を降りると、森の中に美術館が現れました。美術館前の「はけの小路」や併設の「美術の森」など、周囲の散策もたっぷり楽しめます。

では、展示室内を見ていきましょう。

100年以上前の作品とは思えない美しさ

展示風景

会場では、制作順に沿って作品が並びます。最初の見どころは、信州の里山に広がる四季折々を詩情たっぷりに描いた清らかな風景画群。本展を担当した西尾真名学芸員は、「西洋の遠近表現を取り入れつつ、写実的かつ精緻な筆致で描かれ、構図も洗練されています。100年以上も前に描かれているにもかかわらず、現代の私たちが見ても素直に『美しい』と感じられる抜群のクオリティです。」と絶賛しています。

「春の日」
「本原の藤(上田市真田町)」

ここで、丸山晩霞の経歴を簡単に紹介します。丸山晩霞が生まれたのは、明治維新前夜の1867年。現在の長野県東御市にあたる信濃国で蚕種商を営む農家で育ちました。父が横浜からお土産として持ち帰った錦絵や海外の印刷物に刺激を受ける中、やがて画家への道を志します。2度上京して洋画の基礎を学ぶも、本格的に画壇で活躍しはじめたのは20代後半以降。絵画修業のため、利根川河畔で写生中の吉田博と出会ったことを契機に、水彩画に開眼していきました。

「OSAIRI(長入)」

こちらの「OSAIRI」は、海外からの里帰り作品です。1900年、晩霞は吉田博ら若手画家の仲間たちと渡米。現地で水彩画展を開催し、日本で描き溜めた作品を販売すると、晩霞の作品は飛ぶように売れたといいます。緻密な写実性を重視する西洋の伝統的な水彩画に対して、瑞々しい空気感を表現した晩霞の水彩画は、アメリカ人にとって非常に新鮮に映ったのでしょう。

「渓流のある温泉宿(群馬県鹿沢温泉)」

そんな珠玉の初期作品群のハイライトは「渓流のある温泉宿(群馬県鹿沢温泉)」です。「非常に人気の高い作品です。見ていただくタイミングも、ちょうど晩秋の今がぴったりですね」と西尾学芸員。色づく木々に囲まれた宿が叙情的に描かれ、晩霞の作品の中でも特に人気です。

日本画と水彩画の融合を目指す

展示風景

76歳で亡くなるまで、50年以上描き続けた晩霞ですが、40代を迎える頃から作風が徐々に変わりはじめます。ヨーロッパに渡った晩霞は、西洋の山岳風景に感化され、また、西洋の水彩画家の作品から制作のヒントを得ました。旅は画家に多くの気づきを与えたのです。

自身の言葉にも「今日の水彩画は倍々(ますます)印象派の方へかたむいてゆく」とあるように、この頃になると、精緻に描くことよりもその場の光や空気感を捉えることに力を注ぐようになり、絵筆のストロークやタッチは徐々に粗く大胆になっていきました。

「モンブラン」
「金剛山」

そのなかで晩霞が試みたのが、日本画と水彩画の融合でした。明治維新後、西洋絵画がどんどん入ってくる中で、様々な画家が新しい日本画のあり方を模索するようになります。晩霞は自身が得意としていた水彩画と、江戸時代以来の文人画(南画)の流れをひく日本画の技法をミックスさせた、ハイブリッド的な作風を目指したのです。

独自の「和装水彩」へと進化

左:「日本アルプス」、右:「欧州アルプス」

衝撃的だったのは、本展後半のハイライトともいえる1対の屏風絵「日本アルプス」「欧州アルプス」です。遠景に見えるアルプスの山肌や氷河、近景の花々が写実的に描かれる一方、近景の斜面や岩場、雲海の描写には伝統的な日本画の技法を採用。遠景の遠近表現は西洋スタイルなのに、近景の遠近感は東洋の山水画スタイルで表されています。

「日本アルプス」部分拡大/近景の山肌は、伝統的な山水画スタイルで描かれている。
「日本アルプス」部分拡大/遠景の山々は、遠近法を使って写実的に描かれている。

これまであまり見たことのない斬新な空間表現です。だからこそ、アートに詳しい人ほど、ある種の「違和感」に面食らってしまうかもしれません。なぜか目が離せない不思議な魅力が絵に宿っているようにも感じられました。

この後、晩霞の作風はさらに伝統的な日本画へと近づいていきます。ただし、使う絵の具はあくまで水彩絵の具でした。慣れ親しんできた水彩絵の具の特性を活かしながら、山岳風景などを日本画的な構図や表現技法で描いていくことになります。

「滝三景」(左:①蒲田の谷、中:②ナイアガラ大瀑布、右:③グリンデルワルドの夏渓)

日本画に急接近した晩霞の新しい表現技法が、わかりやすく現れた作品として注目したいのが、三幅対で展示されている「滝三景」です。構図は伝統的な山水画の趣が感じられますが、すべて水彩絵の具で描かれています。グレージングという水彩画ならではの重ね塗り技法を駆使して、メリハリのある色彩に仕上がっています。

「滝三景」(③グリンデルワルドの夏渓)部分拡大

特に味わい深いのが、「滝三景」の一つとして描かれた「③グリンデルワルドの夏渓」。山水画で定番のモチーフである家屋や橋、人物がすべて西洋風で描かれ、山の中腹では牛が放牧されています。

こうした晩霞の個性的な作品群は、残念ながら同時代の画壇では「装飾的な絵ばかり描いている」と芳しい評価を得ることができず、のちに晩霞が埋もれてしまう遠因となったようです。

しかし、没後80年が経過した今「日本画とはこうあるべき」という先入観を取り払って新鮮な目で眺めてみると、画業後半に到達した独自の表現にもユニークな味わいが感じられ、その魅力が伝わってきます。初期作品に比べると万人受けしづらいかもしれませんが、叙情性や湿潤な空気感は決して失われていないと感じました。

作風の変化も楽しめる展覧会

「白馬神苑」

明治から大正期にかけては、大下藤次郎、三宅克己とならび「水彩の三明星」と呼ばれるほど人気を誇った丸山晩霞。本展では、郷里への深い愛情と里山の美しい自然が心に染みる初期の傑作をたっぷりと味わいつつ、水彩画と日本画を融合した実験的なスタイルへと大胆に画風を作り変えていった画業の軌跡を一望できます。

最後に、「水彩画は、誰でも一度は描いたことがあると思います。自分が描くつもりになって、どうやったらこれを描けるんだろう?と考えながら見ていくと、鑑賞が面白くなってくると思います」と、西尾学芸員から水彩画の楽しみ方を教えていただきました。ぜひ、昔、絵筆を取ったときの筆の感触などを思い出しながら、晩霞の透き通るような淡い水彩の魅力を体感してみてはいかがでしょうか。

(ライター・齋藤久嗣)

丸山晩霞 日本と水彩画
会期: 2022年11月12日(土)〜12月18日(日)
会場:中村研一記念小金井市立はけの森美術館 (東京都小金井市中町1-11-3)
開館時間:午前10時~午後4時 ※入館は午後3時半まで
観覧料:一般500円 小中学生200円
休館日:毎週月曜日、火曜日
アクセス:JR中央線武蔵小金井駅下車 南口より徒歩約15分
詳しくは展覧会HPへ。