【レビュー】「村上春樹 映画の旅」早稲田大学演劇博物館と国際文学館(村上春樹ライブラリー)で村上春樹ワールドを旅する

学生時代を過ごした早稲田大学演劇博物館で
村上春樹さんの小説やエッセイには映画が度々登場し、時に重要な役割を果たしています。村上さん自ら10代から20代前半は映画に夢中になり映画館に入り浸っていたと語っています。また、早稲田大学在学中は、ここ坪内博士記念演劇博物館(以下、演博)の図書館でシナリオをたくさん読み、シナリオ作家を目指していたこともあります。この時代にシナリオを大量に読み、頭の中で映像化していたことは、後の小説家としての創作活動に大きな影響を与えたと語っています。
その演博で村上さんと映画の関係を旅に見立てて振り返る展覧会が、現在開催されています。展覧会担当の川﨑佳哉助教と演博広報担当の前田武さんに案内してもらいました。
2022年度秋季企画展「村上春樹 映画の旅」 |
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会場:早稲田大学演劇博物館 2階 企画展示室 |
会期:2022年10月1日(土)〜2023年1月22日(日) |
開館時間:10:00~17:00(火・金曜日は19:00まで) |
休室日:11月23日(水・祝)、12月7日(水)、12月26日~2023年1月9日(月・祝)、18日(水) |
アクセス:早稲田大学早稲田キャンパス構内(東京都新宿区西早稲田1-6-1 東京メトロ東西線 早稲田駅(3aまたは3b出口) 徒歩7分 ほか |
観覧料金:入館無料 |
詳しくは(https://www.waseda.jp/enpaku/)へ。 |

旅するように村上作品の映画をたどる

演博2階の会場はロードムービーを意識した演出で、早速旅気分を味わえます。展示は5章で構成されています。
第1章 映画館の記憶 幼少期から学生時代
第2章 映画との旅
第3章 小説のなかの映画
第4章 アメリカ文学と映画
第5章 映像化される村上ワールド
第1章では、村上さんが幼少期から学生時代、レンタルビデオも動画配信もなく映画鑑賞が特別な存在だった時代の映画との関係を振り返ります。『ウエストサイド物語』や『アラビアのロレンス』などのポスターのほか、村上さんが早稲田大学の学生時代にここで読んでいたシナリオや卒論の表紙(複製)も並びます。実際に村上さんが阪神間で通っていた映画館や、上京してから通った映画館の写真も展示されています。

第2章では、村上さんのエッセイや紀行文など小説以外の作品に登場する映画が紹介されています。『イージーライダー』や『地獄の黙示録』、小津安二郎監督の映画、『スターウォーズ』に『ゴ-ストバスターズ』と幅広いラインナップです。

第3章は村上さんの小説に登場する映画の展示です。『ノルウェイの森』の『サウンド・オブ・ミュージック』、『国境の南、太陽の西』の『カサブランカ』、『1Q84』の『華麗なる賭け』、『神の子どもたちはみな踊る』の『気狂いピエロ』など特に私の印象に残っています。こうしてみると実に多くの映画が登場していることに驚きます。そして、映画が登場する小説の一説が展示されており、それらを読みながらありありと小説のワンシーンを思い出しました。

アメリカ文学と映画と題する第4章では、村上さんが翻訳したアメリカ文学で映画化されているものが展示されています。スコット・フィッツジェラルド『華麗なるギャツビー』のロバート・レッドフォード、トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘプバーンなどが目を引きます。

第5章は、映像化された村上さんの作品です。アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』で実際に撮影で使用された衣装の展示や車内体験ブースがあります。このあたりは濱口竜介監督や出演者のファンにとっても大変魅力的な内容となっています。
村上さんは自分の小説の映像化をあまり許可しない印象があったのですが、こうしてみると近年、短編小説に限ってはそれなりに映像作品になっていることがわかります。長編小説は『ノルウェイの森』などを除いて、あまり映画になっていませんが、短編に関してはかなり好意的に許諾しているそうです。

今回の展示は大部分が演博所蔵の資料だそうです。川﨑さんによると、外国映画の所蔵品は多いものの紹介する事があまりなかったため、今展はいい機会となったとのことです。
貴重な古い映画資料もたくさん紹介されており、村上春樹ファンだけでなく、映画ファンにとっても非常に楽しめる展覧会となっています。取り上げられている映画を見たくなりましたし、村上作品を再読したくなりました。今まで、村上さん原作の映画は、自分の中の小説のイメージを壊されるのが怖くて見ないことにしていたのですが、勇気を出して見てみようという気持ちにもなりました。
国際文学館(村上春樹ライブラリー)の魅力
次に訪れましたのは、演博の隣にある国際文学館(村上春樹ライブラリー、以下単にライブラリー)。

早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー) |
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開館時間:10:00~17:00 |
入館方法:事前予約、一部当日受付 各回90分入替制 |
休室日:水曜日、12月26日(月)~2023年1月9日(月・祝)、2月4日(土)から3月3日(金) |
アクセス:早稲田大学早稲田キャンパス構内 |
入館料:無料 |
詳しくは(https://www.waseda.jp/culture/wihl/)へ。 |
※B1のカフェのみの利用は予約の必要はありません。地下1階の出入り口から入館ください。 ※2022年度秋季企画展「翻訳が拓く世界」を2階展示室で開催中(~2023年3月26日(日)まで) |
ライブラリーは、「物語を拓こう、心を語ろう」“Explore Your Story, Speak Your Heart,”がテーマの、文学資料館であり、また文化交流施設です。村上さんが早稲田大学に、個人所蔵の刊行物をはじめ、レコードや家具などを寄託・寄贈することになったのをきっかけに、設立の構想が生まれ、2021年10月にオープンしました。
館内で閲覧できる蔵書が3000冊、日本語のほか海外で翻訳された書籍(50言語以上)がありあます。さらに村上さんが蒐集したレコード・CD、研究書庫には、執筆関係資料、インタビュー記事・作品の書評、を所蔵しています。
リノベーションは隈研吾さんが担当
ライブラリーの外観を見ると真っ白い建物の2面に木製の庇が低くまとわりつくように設置されています。ライブラリーは元からあった4号館校舎を隈研吾さんが設計を担当しリノベーションしています。村上さんは2016年にアンデルセン文学賞を受賞し、隈さんは「ハンス・クリスチャン・アンデルセンの家」博物館を設計したことが縁で親交があり依頼することになったそうです。隈さんは村上さんの作品をイメージして設計しています。そしてリノベーションの費用は、ファーストリテイリングの柳井正さんが全額支援しました。

館内に入ると正面には地下1階から2階までの吹き抜けにトンネル状の階段本棚が!曲線が美しく圧巻です。その階段本棚を取り囲む3つのフロアには、村上さんの書斎、ラウンジ、カフェ、オーディオルーム、ギャラリーラウンジ、展示室、ラボ/スタジオなどがあります。

階段本棚には村上さんの著作や関連書籍、世界文学作品があり、実際に手に取って読むことができます。階段の半分は通路用、半分は座って読む用のスペースになっています。

村上さんの書斎は、ご本人から寄託されたものと実際に使用しているものと同様のもので限りなく近い書斎を再現しているそうです。ファン垂涎のエリアです。(通常はガラス越しの見学のみ。)

カフェに置かれたグランドピアノは、村上さんがかつて経営していたジャズ喫茶「ピーターキャット」で実際に使用していたもの。他にも実際に使用していたテーブルと椅子にシェルフなどもあります。村上ファンにはお馴染み、『羊をめぐる冒険』に登場する羊男もいます。
オーディオルームは村上さんが好きなジャズが流れ、ゆったりと音楽を楽しむスペースです。



現在、ギャラリーの入館は90分枠での予約制となっています。当日枠もあります。また、地下にはカフェ“橙子猫(orange cat)”があり、経営から運営まですべて学生が行っています。こちらは予約なしでどなたでも入ることができ、学生を始め、年配の方からお子様連れの方まで広い層に利用されているそうです。ペーパードリップで抽出するコーヒーとドーナツがおすすめです。

内装や家具も大変趣味の良いものが選ばれており、村上ファンでなくても居心地がよく長居してしまいそうです。ファンの私は、ここで毎日コーヒーを飲み本を読んで過ごしたいと思うほどです。
村上作品に救われる
私は昔からつらいことや悲しいことがあると、本棚から村上さんの本を1冊取り出して、とにかく現実を遮断してしばらくその世界に浸りました。読み終わるころには不思議と心が軽くなり「やれやれ」とつぶやきまあなんとかなるさ、と現実の世界に戻ることができました。いったい何度救われたことでしょう。

ライブラリーに掲示されている、隈研吾さんのパネルに、「村上春樹さんの小説によって、どれだけ多くの人が救われたのだろうか。そういう僕も、村上さんの小説で救われた一人である。」という一節を見つけて、急に親近感を覚えました。そして、「村上さんの小説を読み始めると、僕はトンネルの中に吸いこまれていくような感覚を味わう。」と語っています。まさにそのトンネルを作ったわけです。そうか、ここはトンネルなのか。だから居心地がいいんだなと納得したのでした。
多くの国の言葉に翻訳され、世界中で愛されている村上作品。そうした中、村上春樹さんの作品をいち早く母国語で読める幸せをかみしめました。村上ファンでなくても、ここはとても居心地のいい空間と感じるはずです。ぜひ一度訪れてみてください。(ライター・akemi)
【ライター・akemi】 きものでミュージアムめぐりがライフワークのきもの好きライター。きもの文化検定1級。Instagramできものコーディネートや展覧会情報を発信中。コラム『きものでミュージアム』連載中(Webマガジン「きものと」)
展覧会に合わせたコーディネート。今回は村上さんの小説の登場人物が着物を着たらと勝手に想像。シックな結城紬に月の帯と帯留。『1Q84』には月が2つの世界が描かれます。2つどころかたくさんの月のコーディネートで。