「黒」と「白」が織りなす大都市パリの人間模様――「ヴァロットン-黒と白」 三菱一号館美術館で1月29日まで

フェリックス・ヴァロットン 《お金(アンティミテⅤ)》 1898 年 木版、紙 三菱一号館美術館

ヴァロットン-黒と白
会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会期:10月29日(土)~2023年1月29日(日)
休館日:月曜休館、ただし11月28日、12月26日、1月2、9、23日は開館。12月31日、1月1日は休館。
アクセス:JR東京駅(丸の内南口)から約5分、有楽町駅(国際フォーラム口)から約6分、東京メトロ千代田線二重橋駅(1番出口)から徒歩約3分、丸の内線東京駅(地下道直結)から約6分、有楽町線有楽町駅(D3/D5出口)から徒歩約6分、都営三田線日比谷駅(B7出口)から徒歩約3分
観覧料:一般1900円、高校生・大学生1000円、小、中学生無料
※詳細情報は公式サイト( https://mimt.jp/vallotton2/)で確認を

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した版画家/画家、フェリックス・ヴァロットン(18651925)の回顧展である。スイス生まれのヴァロットンは、ピエール・ボナール、モーリス・ドニら「ナビ派」の一員として活躍。大都市パリとそこに住む人々の姿を描き続けた。その作風は……代表作の一つ、《お金(アンティミテⅤ)》を見ていただこう。画面のおよそ¾を占める「黒」の背景と対照的な「白」の女性。そう、ヴァロットンの木版画は、この印象的な「黒」と「白」で世紀末のパリを彩ったのである。

展示風景

展覧会は〈「外国人のナビ」ヴァロットン 木版画制作のはじまり〉〈パリの観察者〉〈ナビ派と同時代パリの芸術活動〉〈アンティミテ:親密さと裏側の世界〉〈空想と現実のはざま〉の5章構成。さらに特別関連展示として〈ヴァロットンとロートレック 女性たちへの眼差し〉の1章が付く。三菱一号館美術館には約180点に及ぶヴァロットンの版画コレクションがあるという。ナビ派やロートレックの作品と併せて展示することで作品の特徴を浮き上がらせながら、大量の作品と接することでヴァロットンの世界を堪能してもらおう、ということなのだろう。

↑フェリックス・ヴァロットン 《1月1日》 1896年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵↓《1月1日》のための版木 フェリックス・ヴァロットン財団、ローザンヌ ⒸFondation Félix Vallotton, Lausanne

ちょうど時代は、木版画の「新しい表現」に注目が集まっていたころだった。ヨーロッパでは19世紀半ばまで、油絵などの「複製」を作るのが版画、それも銅版画の主な目的だったのだが、「写真」の登場でその存在意義が薄れていったのだ。「正確な複製」ということでは、版画は写真に及ばないのだから。作家の個性を打ち出すための創造の手段――、19世紀後半になると、版画にはそういう「新たな」役割が求められた。ヴァロットンの作品が評判を呼んだのは、そんな時だったのである。

フェリックス・ヴァロットン 《歩道橋(万国博覧会Ⅴ》 1900年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵
フェリックス・ヴァロットン 《難局》 1893年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵

スイス、ローザンヌからパリにやって来たヴァロットンは、仲間うちで「外国人のナビ」と呼ばれていた。つまり、どこまで行っても彼は「エトランジェ」だったのである。大都市の熱気、華やかな喧噪に包まれながら、孤独、疎外感を拭い去ることができない。パリの街角を描くヴァロットンの作品に、どこか冷静で客観的な視線を感じるのである。幸せな中産階級の女の子と、その家族に纏わり付く物乞いを対比させた《1月1日》。都会の片隅で死んでいった誰かの棺桶を運ぶ《難局》。「黒」と「白」の版画は人生の光と影を刻んでいく。《歩道橋(万国博覧会Ⅴ)》など、ある種没個性的に見える群衆を描いた作品もヴァロットンには多い。時に戯画的に時にメランコリックに浮き彫りにされていくパリという大都会。街と人々への愛着とエトランジェとしての寂寥感が交錯する作品群は魅力的である。

フェリックス・ヴァロットン 《怠惰》 1896年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵

《怠惰》《嘘(アンティミテⅠ)》などの作品で描かれるのは、官能的で内省的な世界だ。同時期にイギリスで活躍したイラストレーターのオーブリー・ビアズリーを少し思い起こさせる。「サロメ」「アーサー王の死」など、伝説的な物語の世界を、「黒」を印象的に使いながら「悪魔的」と評される独特のタッチで描き出したビアズリー。〈アンティミテ〉などでヴァロットンが描くのは同時代の男女のかたちなのだが、「黒」と「白」のシンプルな色合いが創り出す空間は、時代や地域を超えた、ある種神話的な普遍性で覆われているのだ。吸い込まれるような「黒」はすべての色を内在し、あらゆる感情を含む。紙そのものの色である「白」は無垢であり純粋だが、それは空虚でもある。その対比が、退廃的で刹那的な世紀末の雰囲気を生み出している。そんなところは、ヴァロットンもビアズリーも似ているのではないか、と思うのである。

フェリックス・ヴァロットン 《嘘(アンティミテⅠ)》 1897 年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵
フェリックス・ヴァロットン 《有刺鉄線(これが戦争だ!Ⅲ)》 1916年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵

ヴァロットンは第一次世界大戦を題材にした、〈これが戦争だ!〉の連作で、その残酷さ、悲惨さを描き出した。「黒」と「白」のシンプルな画面は、シンプルなだけに深い印象を残す。雑誌の挿絵の仕事も多かったというヴァロットン。ジャーナリスティックな感覚も持ち合わせていたようだ。19世紀中盤はニッポンの浮世絵がヨーロッパに“上陸”し、数多くの画家・版画家に影響を与えた。木版画が「新たな表現の手段」となったのは、それもひとつの契機になったのでは、とも言われている。ヴァロットンも例外ではなかったようで、《ユングフラウ》で描かれている雲は、まるで葛飾北斎や歌川広重の風景画に出てくる雲のようだ。

フェリックス・ヴァロットン 《ユングフラウ》 1892年 木版、紙 三菱一号館美術館蔵

浮世絵の影響が見られる風景を描いた作品から戦争版画に至るまで、結局、ヴァロットンが体現していたのは、その時代の空気だったのだろう。あくまでもエトランジェとしての客観的な眼で最先端の大都会を描き出したヴァロットン。その姿は、メガシティ・東京に移り住んだわれわれの姿とも重なってくる。欲望、悲哀、孤独、諦観……その版画に刻みつけられている「黒」は、雄弁に様々な感情を物語ってくれるのである。

(事業局専門委員 田中聡)

展示風景