【レビュー】世界初の「ことば」の特別展「しゃべるヒト ことばの不思議を科学する」国立民族学博物館で11月23日まで

特別展「Homō loquēns 「しゃべるヒト」~ことばの不思議を科学する~」
会場:国立民族学博物館 特別展示館(大阪府吹田市)
会期:2022年9月1日~11月23日
開館時間:10:00〜17:00
休館日:水曜日(※ただし、11月23日(水・祝)は開館)
観覧料:一般880円、大学生450円、高校生以下無料
詳しくは博物館の展覧会ページ

「言語」という響きは、外国語学習など難しいイメージを持たれがちです。では、「ことば」となると、当たり前すぎて、普段あまり考えたことがない方が多いのではないでしょうか?

「『ことば』は、色々な側面と関わっていることを知っていただけたら。それぞれの興味に合わせた見方ができ、そこを掘り下げていくと全然違った面が見えてきます」と語るのは、国立民族学博物館(大阪府吹田市)、通称「みんぱく」の菊澤律子教授。

同館では、世界初となる、多面的に「ことば」の展示を試みている特別展「しゃべるヒト ことばの不思議を科学する」が11月23日まで開催されています。

「ことば」は、言語学や文学だけでなく、工学、脳科学、医学、物理学、生物学など様々な学問とかかわりを持っていることを見つけてほしいと企画された本展。各分野から約125人の研究者が参加し、最新の知見と幅広い視点で「ことば」とは何か?をとらえ直す壮大かつ、実験的な展覧会です。

「ことば」を愛する菊澤教授は、その魅力を「物理的な部分から、とても人間的な部分までグラデーションで繋がっている存在」と語り、「人間の活動すべてに関わっているものであり、暮らしの中で他に存在しないくらい、ものすごくおもしろい存在」と力を込めます。

どうやって「ことば」を展示しているの?

会場風景

今、この記事を読んでいる多くの方が、「ことば」をどのように展示しているのか不思議に思っていることでしょう。
文字だらけの展示かというと、そうではなく、展示のスタートでは、写真のようなパネルで「問いかけ」がおこなわれています。

「ことばって何?」と問いかけるパネル

問いかけへのヒントになるような展示が続きます。

シグネチャーホイッスルでお互いを「名前」で呼び合うバンドウイルカ。ボタンを押すと実際のシグネチャーホイッスルが聞ける

ただ、これらの「問いかけ」には、明確な答えが提示されているわけではありません。筆者の場合は、様々な「問いかけ」に対して、観覧後に、思い返してハッと自分なりの答えが出た瞬間がありました。
「なぜだろう?」と自身の中で生まれた疑問に対して、自然に「考え続ける」展示構成になっているのです。

体験空間とインタラクティブな展示方法

体験空間やインタラクティブ(双方向型)な展示方法にも注目です。触れたり、映像を確認したりしながら、脳科学や医学、生物学といった最新科学の知見で明かされる「ことば」を実体験できるのです。

例えば、「ことば」を工学的な視点で見ると、

「『ことばは、見えないもの』と考える人も多いのですが、実際には、今(あなたが)音声言語を使っている場合、音声シグナルという物理的な形で伝達が行われているのです」(菊澤教授)

物理シグナルが、体の中にある部分から、どのような振動で生まれて、どのように外に出され、どのように外部に伝わるのか――。「ことば」をこのように「見た」のは初めてでした。

ハイスピードカメラによる声帯の動きが分かる実験映像

一方で、「ことば」が物理的に存在し、観察できる側面を持ちつつも「人間が使うものなので、『その人間が持っている曖昧さ』があります。その人間のメンタルだけでなく、人間の体から出るものだからこそ曖昧になる部分、意図してもしくは、意図せず曖昧になる部分などグラデーションがあります。言語があらゆる側面においてグラデーションで繋がっているからこそ、言語を使用したアートや文学が生まれるのです」とも菊澤教授は語ります。

手話は言語 日本手話には方言も

手話言語の説明と手話による展示解説の液晶画像

ところで、今までの記事内の写真を見て、展示解説に液晶画面が設置されていることにお気付きでしょうか? 全部で130ある展示解説のすべてが、日本語、英語、日本手話(言語名)の3言語に対応しています。

菊澤教授は、「日本では、あまり手話言語のことが知られていません。言語の構造を見ていただくことで、『手話は言語である』ことが理解できると思います」ともうひとつの企画意図を説明します。

例えば、日本手話にも方言があることをご存じでしょうか?
こちらは日本手話の群馬方言でカレーを作る材料の野菜(人参)について話している映像です。

また、1人の日本手話話者(例、30代男性)が、自身の子どもと話す時は、「おはよう」「パパは」と話し、仕事で取り引き先と話す時は、「おはようございます」「わたくしは」と話すなど、それぞれの日常シーンで自然と使い分けをしていることが分かります。

日本手話話者の30代男性が一日のシーンによって使い分ける映像

「言語ヒストリー」(自分の言語史を考える)

最後に紹介したいのが、新しい概念である「言語ヒストリー」です。
脳性麻痺により思うように話したり、身体を動かしたりできないものの筆談で数多くの詩を生み出してきた詩人・堀江菜穂子さんら20人が、これまでの人生の中で、言葉との関係に変化があったエピソードを語る映像群とパネル展示です。菊澤教授は、「自分の言語ヒストリーを考えることで、他の人の言語ヒストリーを考えるきっかけになれば」とのメッセージを込めたと語ります。

引っ越し(転校)や病気、怪我、成長など様々な理由で、自分と「ことば」の関わりが変化することは誰にでも起こります。
「どのようなコミュニケーションがあり、言語スタイルがあるのか理解してもらうためには、まずは自分の言語がどうだったかを考えることが第1歩だと思います」(菊澤教授)

展示を楽しく体験しながら、社会や人とのかかわり方について、自然と考えさせてくれる本展は、訪れたすべての人が、それぞれの「答え」をきっと見つけることができるでしょう。
(ライター・いずみゆか)