【プレビュー】丈も時代も変えたミニの女王「マリー・クワント展」Bunkamura ザ・ミュージアムで11月26日から

マリー・クワント展
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂)
会期:11月26日(土)〜2023年1月29日(日)
休館日:12月6日(火) 、1月1日(日・祝)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※状況により、会期・開館時間などが変更になる可能性あり
観覧料:一般 1,700円(1,500円)、大学・高校生 1,000円(800円)、中学・小学生 700円(500円)※( )内は前売料金
会期中すべての日程で【オンラインによる事前予約】が可能。予約なしでも入場できるが、混雑時には待つ場合がある。予約方法などの詳細は展覧会公式HPへ。

ミニスカートブームを生んだデザイナー

1960年代イギリス発の若者文化「スウィンギング・ロンドン」を牽引したファッションデザイナー、マリー・クワント(1930年~)の日本初の回顧展が、Bunkamura ザ・ミュージアムで、11月26日(土)から2023年1月29日(日)まで開催されます。

若い女性のための革新的なファッションを打ち出し、今日当たり前となっているミニスカートやタイツなどのアイテムを浸透させたことでも知られるマリー・クワント。

また、量産化時代の波に乗った世界的なブランド展開や自らファッションアイコンとなる広報戦略など、ビジネスの先見性も高く評価されています。マリー・クワントと聞いて、「デイジーマーク」が思い浮かぶのは、彼女の巧みな戦略による成果と言えるのかもしれません。

本展では、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が所蔵する約100点の衣服を中心に、マリー・クワントのデザイナーとしての業績と、時代を切り開いた起業家としての歩みをたどります。

自分が着たいものをデザインし売った「バザー」

《マリー・クワントと、夫でビジネスパートナーのアレキサンダー・プランケット・グリーン》 1960年 Courtesy of Terence Pepper Collection. © John Cowan Archive

1955年、25歳のマリー・クワントは、夫のアレキサンダーらとともにロンドン・チェルシー地区の目抜き通りキングス・ロードにブティック「バザー」を開店しました。そこで、彼女自身が「着たい」と思うアイテムをデザインして、販売するようになります。パリの高級注文服がファッションの中心だった時代に、若者向けのアイテムが並ぶ「バザー」は瞬く間に大人気となりました。

「かつてファッションは富裕層や上流階級だけのものだった。今、流行しているのは街を歩く女の子たちが着る手ごろな価格のミニドレス。言葉のアクセントや階級?関係ないわ、モッズだから」―――マリー・クワント、1966年

本展の序盤では、マリー・クワントが生み出した初期のデザインや、この店舗「バザー」にまつわる資料を紹介します。

《マリー・クワントのブティック「バザー」のショッパーを持つモデル》 1959年 Image courtesy of Mary Quant Archive / Victoria and Albert Museum, London
《マリー・クワントのカクテルドレスを着るリエーゼ・デニス》 1960年ごろ Photograph by Woburn Studios Image courtesy Mary Quant Archive / Victoria and Albert Museum, London
《カーディガンドレスの「レックス・ハリソン」を着るジーン・シュリンプトン》 1962年 © John French / Victoria and Albert Museum, London
《近衛兵の先を行く》 1961年 Photograph by John Cowan © John Cowan Archive

ジンジャー(オレンジ・ブラウン)色を取り入れる

マリー・クワントが生み出した若者のためのファッションは、海を越えアメリカでも好評を博しました。1960年代には、アメリカの大手百貨店チェーンや大手衣料メーカーのオファーを受け、既製服のデサインを提供。1デサインあたり数千点の商品が量産され、「より多くの人々へ届けるための大量生産」という構想が実現します。

一方、マリー・クワントは1963年、「ジンジャー・グループ」という若々しいラインを立ち上げます。「ジンジャー・グループ」は、それまでよりも低価格なうえに、流行色からかけ離れたジンジャー (オレンジ・ブラウンやマスタード・イエローなどの色彩と、トータルコーディネートのしやすさが特徴でした。型破りなショーやファッション誌を通じた大々的な宣伝で、若者たちの心をつかみました。

当時のアイテムや映像、資料などから、大量生産時代にいち早く反応し、アメリカなど各国へ広がっていったマリー・クワントのデザインを紹介します。

《マリー・クワントのタイツと靴》 1965年ごろ Image courtesy Mary Quant Archive / Victoria and Albert Museum, London
《ジンジャー・グループのために作られたピナフォア「スノッブ」とストライプのアンサンブルを着るロス・ワトキンスとポーリン・ストーン》1963年 © John French / Victoria and Albert Museum, London

「デイジーマーク」の戦略

「ファッションは軽薄ではないわ。今この瞬間の人生の一部」―――マリー・クワント、1966年

グローバル展開に際して、斬新なビジネス手法を次々に採用したマリー・クワント。自身がファッションアイコンとなる広報戦略はメディアから大いに注目を集めました。

《マリー・クワントと、ヘアスタイリングを担当していたヴィダル・サスーン》 1964年 © Ronald Dumont/Daily Express/Hulton Archive/Getty Images

1966年、「デイジーマーク」を商標登録し、現在に至るまで生産・販売のライセンス契約の要となっています。この頃には、デザインの対象はルームウェア、下着、化粧品など、ライフスタイル全般に及ぶようになっていました。

《マリー・クワントのカンゴール製ベレー帽の広告》 1967年 Image courtesy of The Advertising Archives
《ドレス「ミス・マフェット」を着るパティ・ボイドとローリングストーンズ》 1964年 Photograph by John French © John French / Victoria and Albert Museum, London

ファッションをすべての人に

「昔ながらのファッションはもう終わり。いまはみんな着たいものを着ている」―――マリー・クワント、1967年

ミニスカートやタイツなど、若い女性のためのデザインの発信に情熱を注いだマリー・クワント。宣伝にツイッギーら中性的なモデルを起用したことでも話題となり大ヒットしました。

《ベストとショートパンツのアンサンブルを着るツイッギー》 1966年 © Photograph Terence Donovan, courtesy Terence Donovan Archive. The Sunday Times, 23 October 1966

本展は、マリー・クワントの出身地イギリスで約40万人が訪れた注目の世界巡回展です。マリー・クワントが生み出した代表的なファッションアイテムはもちろん、起業家としての先見性、そして、ジェンダーや階級意識に立ち向かったその姿勢は、現代にも通じる”輝き”を見出すことができるでしょう。

《ストライプのアンサンブルを着る2人のモデル》 1973年春 Image courtesy Mary Quant Archive / Victoria and Albert Museum, London
《シャツドレスとショートパンツを着るケリー・ウィルソン》 1966年 Photo Duffy © Duffy Archive

(読売新聞美術展ナビ編集班)