【レビュー】“伝統”の技術と“新時代”の技法、「光線画」の魅力がたっぷり――「闇と光 -清親・安治・柳村」 太田記念美術館

闇と光 -清親・安治・柳村 |
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会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10) |
会期:2022年11月1日(火)~12月18日(日) |
休館日:月曜休館、11月24、25日も休館 |
アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分 |
入館料:一般1000円、高校生・大学生700円、中学生以下無料 |
※前期(~11月23日)、後期(11月26日~)で全点展示替え ※最新情報は、公式HP(http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/)で確認を。問い合わせはハローダイヤル(050-5541-8600)へ。 |
浮世絵専門の太田記念美術館、今回の展覧会は「光線画」の特集である。
「光線画」とは今から約150 年前の明治9(1876)年、小林清親(1847~1915)という絵師が生み出したスタイルだ。清親は、西洋からもたらされた油彩画や石版画、写真などの表現を浮世絵に取り込むことで、これまでにはない東京の風景を描き出したのである。
真っ暗な夜の街に輝くガス灯の光、鮮やかな赤い色に染まった夕焼けの空――、光や影のうつろいを強調したその独自の作風を、人々は「光線画」と呼んだのだった。


では、その「光線画」とはどういうものだったのか。上の2枚を見ていただこう。
月の光の下、夜の闇の中を人力車が走る「大川岸一之橋遠景」、真っ暗な中でひときわ明るく花火が輝く「両国花火之図」。葛飾北斎や歌川国芳ら、江戸時代の絵師たちとまったく異なる世界が描かれていることが、お分かりになっていただけるだろうか。小林清親がだれに画業の基礎を学んだかは分かっていないが、下岡連杖から写真術、ワーグマンから油絵を習ったと伝えられる。なるほど、と思わせる構図、色彩感覚、明暗の表現。明治維新から10年も経っていない時代、「最新の技法」を清親は浮世絵に持ち込んだのである。
特に印象的なのは、暗闇と光のコントラストで、前期展示の「墨田川夜」や「御茶水蛍」などを見ていると、微妙に濃淡を変えて何種類もの黒を使いわけているのが分かる。この「新しい浮世絵」に世間の耳目が集まったのもうなずける。

西洋の絵画に比べて明治以前の日本の絵画は光と影の描写が少ない、とはよく言われることだ。しかし、いろいろ浮世絵を見てみると、特に江戸時代後期以降の絵師たちは、闇と光のコントラストをどう表現するか、それぞれに工夫を凝らしていたことが分かる。
この展覧会とは関係ないが、歌川広重の「名所江戸百景」の一枚を例としてあげておこう。芝居町の夜の賑わい。煌々と街を照らす光が創り出す人々の影。葛飾北斎の娘、応為の肉筆画「吉原格子先図」も「遊郭の闇と光」を描いて有名だ。清親の「闇と光」の「感覚」は、これら先達たちのものを受け継いだものだろうか。そう考えると「光線画」は、日本伝統の「心」を舶来の「最新技法」で表現する「和魂洋才」の版画ともいえるのかも。


黒を基調とした夜の風景だけでなく、朝夕の光の表現にも味がある。夕景を描写した「川口善光寺雨晴」の繊細な光のアンジュレーション。忘れてはいけない。「光線画」は版画なのである。この光加減を出すのに、何度「摺り」を重ねたのか。どれだけ細かい色彩調整が行われたのか。江戸時代から綿々と続く浮世絵版画の高度な「技術」があってこそ、「光線画」は作ることができたのである。
清親の作品は、「有名な場所ではなく、なにげない風景を描いたものが多い」と太田記念美術館の日野原賢司主席学芸員はいう。その作品は、大正期に入って永井荷風らから「明治の空気を写したもの」として再評価されたという。明治という時代をコンパクトに詰め込んだ清親の「光線画」、そこには「古さ」と「新しさ」が微妙に混交している。


その清親の作風を忠実に受け継ぐ作品を発表したのが、井上安治(1864~ 89)。数え26 歳という若さで夭折した絵師だが、やはり早世した漫画家の杉浦日向子氏が、その安治を取り上げた『YASUJI 東京』という作品を残している。
「銀座商店夜景」は商店に勤める人たちの息づかいが聞こえてきそうな一枚だ。もう一人、やはり印象的な「闇と光」を描いた小倉柳村(生没年不明)は、明治13~14(1880~81)年にわずか9点の作品を残した「ナゾの絵師」。ミステリアスな雰囲気が特徴で、男性二人が静かに月を眺める「湯嶋之景」が代表作だ。今まで紹介される機会が少なかった安治と柳村、この二人の作品がじっくり見られるのも、この展覧会の特徴だ。

西洋の「技法」を伝統の「技術」と掛け合わせた「光線画」の世界。明治の時代から、版元もそのことは意識をしていたようで、「ニス引き」という技法で油絵的な画面を作りだそうともしている。この展覧会では、その「ニス引き」に加え、最初の摺りと再版以降の摺りで版画の色合いを変更する「摺り違い」の作例を展示。浮世絵版画の「作り方」の一端を分かりやすく示してもくれる。

実は、清親の「光線画」制作は約6年という短い期間だった。だが、それは木版画の新しい可能性を切り開き、後世の人々に大きな影響を与えた。一例が大正から昭和期に一世を風靡した「新版画」である。川瀬巴水、吉田博、笠松紫浪ら、「新版画」の作家たちの人気が再び高まっている今、そのルーツというべき「光線画」にもっと「光」が当てられてもいいのかもしれない。
(事業局専門委員 田中聡)