【探訪】古筆や絵巻、日本文化に影響を与えた西行にまつわる品々を公開――特別展「西行―語り継がれる漂泊の歌詠み」 五島美術館で12月4日まで

展示風景

特別展「西行―語り継がれる漂泊の歌詠み」

※会期中、一部展示替えあり

※同館HP:https://www.gotoh-museum.or.jp/

嘆けとて月やは物を思はするかこちがほなるわが涙かな

百人一首に収められている西行法師の一首である。平安時代末期に活躍したこの歌人は、武士出身の僧侶だった。

心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮

素直に感情を表現するその歌は、〈余韻に満ちた深い味わい〉があり、〈わたくしたちの文化全般に多大な影響を与えています〉とこの展覧会の『図録』では書かれている。「漂泊の歌人」のイメージが強い西行が、どんな時代に生き、どんな作品を残し、後世どのように描かれてきたのか。西行を巡る書画、板本など約100点を展示するのが、この展覧会である。

展示されている《西行像》(鎌倉時代・十四世紀、MOA美術館蔵)

展覧会は「西行とその時代」「西行と古筆」「西行物語絵巻の世界」「語り継がれる西行」の四部構成。「西行とその時代」と「西行と古筆」では、西行自身の書状や、藤原俊成、藤原定家といったゆかりの人々の色紙や書状、その時代を描写した《平治物語絵巻 六波羅行幸巻》(国宝、111527日展示予定)などが展示される。

元永元(1118)年に生まれた西行(俗名・佐藤義清)は、鳥羽上皇の「北面の武士」だったが、23歳の時に出家した。その後、世の中は乱れ、揺れ動いた。平家が興り、そして滅びた『平家物語』の時代だったのである。〈混乱の続いた院政期は華麗な文化が華開いた時代でもある〉。『図録』の中で、大東急記念文庫の村木敬子学芸課長は書く。西行自身、もしくは西行が書いたとされる書を見て思うのは、流麗で繊細なものが多いことだ。動乱の時代を生きた教養人、元が武士だっただけに乱世を傍観しながらも心に痛みを感じていたのだろうか。

〈見るも憂しいかにかすべき我心かゝる報いの罪やありける〉。西行の和歌の中には「地獄絵を見て」という連作がある、と『図録』は記す。

国宝 西行筆 《一品経和歌懐紙》 平安時代・十二世紀 京都国立博物館蔵
重要美術品 伝西行筆 《白河切》 平安時代・十二世紀 MOA美術館蔵

戦乱の世に生きた漂泊の歌人。そういうイメージが後世の人々の想像力を刺激したのだろうか。中世以降、西行は数多くの「物語」に取りあげられるようになった。

「西行物語絵巻の世界」と「語り継がれる西行」では、西行の登場する絵巻、説話文学、浮世草子などが紹介されている。ここで展示されている《西行物語絵巻》は、随所に名所や四季の様子を描きながら和歌を織り込む雅なもの。下に掲げた《西行物語絵巻断簡》は桜の花の下でくつろぐ西行の姿を描いている。こういう作品を通じて、「漂泊の歌人」のイメージは増幅されていったのだろうか。

ちなみにSF/ファンタジー系の愛好家の中で有名なのは、鎌倉時代の説話集『撰集抄』に収録されている「西行は人造人間を作ろうとした」というエピソードだ。高野山に住んでいた西行が人骨を集め、「反魂の術」を使って「生きた人間」を作ろうとした……という話である。『撰集抄』から人口に膾炙した「西行伝説」も多いそうだが、こういう何とも不思議な「物語」が生まれたのも、西行という存在が、人々に広く知られていたから、なのだろうか。

《西行物語絵巻断簡》 室町時代・十六世紀 北村美術館蔵

有名人をキャラクター化して様々な物語を作り出すのは、黄表紙や赤本、青本といった江戸時代の草双紙が得意とした手法。西行も例外ではなく、《百人一首戯講釈》《人間万事西行猫》など、この「漂泊の歌人」を「主人公」にした作品が幾つも出されていたようだ。「西行は源頼朝から銀猫を拝領した」というお話が世間に流布していたようで、動画サイトでネコ動画ばかり見ている身としては、どんなお話なのか、細かく読んでみたいところでもある。能では『江口』があるし、上田秋成の『雨月物語』にも登場しているし、とにかく西行というキャラクターは、庶民にも浸透していたようだ。

展示されている《百人一首戯講釈》(芝全交作・歌川豊国画、江戸時代・寛政六年=1794年=刊、大東急記念文庫蔵)

願はくは花の下にて春しなんそのきさらきの望月のころ

草双紙での活躍はともかくとしても、物語や絵巻が伝えてきた西行の人生は、時代を超えて人々の心を動かしてきた。明治期の日本画の大家、橋本雅邦が描く《西行法師図》。ここでの西行は、諦観を持ちながらも人智を超えた宿命と正対しようとしているように見える。コロナ禍、戦争、テロリズム……21世紀の今も、人の世は乱れ、揺れ動いているのだ。この展覧会で描かれる「西行の世界」は、決してわれわれと無縁ではないのである。

(事業局専門委員 田中聡)

橋本雅邦 《西行法師図》 明治25(1892)年 東京大学駒場博物館蔵