【レビュー】6年ぶりの大規模個展「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」東京オペラシティアートギャラリーで12月18日まで

会場風景 シリーズ〈M/E〉より

写真家・川内倫子による、国内の美術館では約6年ぶりとなる大規模な個展「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」が、東京オペラシティ アートギャラリーにて開催中です。
淡い光と色調が印象的な川内の作品は、その柔らかなイメージの中に、雄大で厳しい自然や生命の輝き、また独自の死生観を落とし込んだ作風で知られています。

2002年に写真集『うたたね』『花火』(リトルモア刊)の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞、以来多くの写真集を手掛け、13年には芸術選奨文部科学大臣新人賞(12年度)を受賞するなど、活動が高く評価されている川内。本展では未発表作品を織り交ぜながらこの10年の活動に焦点を当て、作家が何を思い、何に眼差しを向けてきたのかを展覧します。

全てはひとつの星の上でのできごと

会場風景 シリーズ〈M/E〉より

展覧会タイトルにもなっている、新作シリーズ〈M/E〉とは、「母(Mother)」、「地球(Earth)」の頭文字であり、続けて読むと「母なる大地(Mother Earth)」、そして「私(Me)」と、いくつもの意味を内包しています。
「地域や国というくくりではなく、ひとつの星の上に在るということ」を2019年にアイスランドを再訪して実感した川内は、「M/E」という二文字に、「肉眼で全体を見ることのできない極めて大きなものから、極小の個に繋がり、(中略)地球と自分自身が反転して一体化したような不思議な感覚」を想起したと言います。

その言葉の通り展覧会全体で語られているのは、手のひらの中で起こることも、アイスランドの巨大な氷の上で起こることも、すべてはひとつの星の上でのできごとだということ。あまりにも当たり前すぎて実感が湧かずに過ごしてしまうこの事実を、川内の作品を通じて体感するのが本展です。

川内倫子の感覚を共有する空間構成

会場風景

中山英之建築設計事務所によって設計された会場は、作品シリーズごとに異なる印象を観る者に与える空間構成となっています。とりわけ〈M/E〉シリーズの展示室は柔らかな光を思わせる工夫がされており、「自分が作品を制作する際に感じた感覚や経験を、展示空間において鑑賞者と共有したい」という川内の思いが反映されています。

会場風景 シリーズ〈One surface〉より

また、川内による写真絵本『はじまりのひ』(求龍堂、2018)の朗読が流れる〈One surface〉の部屋では、自然光の部屋の中にモノクロームの写真と同じイメージを転写した布が対面するような展示になっており、時間によって作品の表情が変わる繊細な表現が施されていました。

日本初公開の作品から、作り続けられているシリーズまで

本展では日本初公開となる〈4%〉や、2011年より始まり、展示される度に新しい映像が追加されていく映像作品〈Illuminance〉、同様に継続して制作が続けられている〈An interlinking〉、そして新作〈M/E〉など、初めて目にしたり変化があったりする作品が多く展示されます。

会場風景 シリーズ〈4%〉より

それらの中には、世界が新型コロナウイルスの影響を受ける前と後とに制作時期が跨っているものもあり、被写体が広い世界から身近な場所へと変化したことで、コロナ禍における移動制限が暗喩されているようにも見えます。
しかしそれは決してネガティブな視線というわけではなく、言うなればマクロとミクロの往来を表し、先に述べたように「すべてはひとつの星の上で起こっている」ことなのだと、川内の時間を追体験する感覚が鑑賞者に共有されるのです。

生と死、そして祈りと畏怖

会場風景 シリーズ〈An interlinking〉より

〈光と影〉は、2011年4月に友人の写真家の案内兼通訳として訪れた女川、気仙沼、陸前高田を撮影した作品です。
川内が白と黒のつがいの鳩と出会ったことで生まれたというこの作品は、生と死、喪失と再生など、相対するイメージを連想させます。それは〈An interlinking〉をはじめとする他の作品に登場する死生観にも通じるものがあり、決してドラマティックやセンセーショナルに死を扱わず、かつて生命のあった場所として静かに見つめるような眼差しが特徴的です。

会場風景 シリーズ〈あめつち〉より

〈あめつち〉は熊本県阿蘇で古くから行われてきた野焼きを、4×5の大判カメラで撮影したシリーズ。こちらに登場するのは雄大な阿蘇山のほかに、イスラエルにあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」などが含まれ、人智を越えた力に対して人々が持つ畏怖や祈りが表現されています。

会場ではこのシリーズを、大きな壁一面に展示。激しく炎の燃え上がる野原や、一転して穏やかな緑、木々から覗く陽の光など様々な光景が広がる様子は圧巻ですが、しかしそのどれもがこちらに強い感情を喚起させるものではなく、淡々とした視線が注がれています。

会場風景 シリーズ〈M/E〉より

生であれ死であれ、祈りであれ畏怖であれ。川内の作品は常に、目の前にある光景を強く鑑賞者に訴えるというよりも、「自分が今この光景の中にいる」という、自己の存在と空間の一体化を意識しているように見えます。

日常とは、こんなにも美しい

多くの人は、川内倫子の写真を見てこう思うのではないでしょうか。風光明媚で知られる名所のベストシーズンを写したものではなく、私たちが日常で見かけるふとした気持ちの良い美しさ。川内によって拾い上げられたそれらは、まるで目まぐるしく過ぎていく時間のスピードを、少し緩めてくれるようです。

シリーズ〈やまなみ〉より

展覧会の後半は、滋賀県にある障がい者多機能型事業所「やまなみ工房」で過ごす人々や、野口真彩子と佐々木拓真によるファッションブランド「NOMA t.d.」のイメージビジュアル映像、エッセイストであり「橙書店」のオーナーでもある田尻久子との共著『橙が実まで』(スイッチパブリッシング、2022年)に掲載された作品が並びます。
いずれもドキュメンタリーやファッションなど、ジャンルの異なる題材ですが、日常のふとした瞬間をおさめる視線は変わりません。

〈M/E〉2022  2チャンネルビデオ作品

自宅、アイスランド、阿蘇の野原──あらゆる場所での何気ない日常。何気ないからこそリアルであり、そのリアルが垣間見せる美しさを写しとるところが、川内の作品が多くの人々から愛される理由なのではないでしょうか。

全ての日常は、ひとつの星の上で展開されています。自分(Me)と自分の住む星(Mother Earth)の上のあらゆるものとの繋がりを、川内の作品を通じて静かに考えてみたくなる展覧会です。
(ライター・虹)

川内倫子 M/E 球体の上 無限の連なり
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
会期:2022年10月8日(土)~12月18日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
開催時間 11:00~19:00 ※入場は18:30まで
観覧料:一般1200円 大・高生800円
※11月3日(木)~6日(日)は「アートウィーク東京」実施にあわせ、開館時間が10:00~19:00になります。
詳しくは展覧会公式サイト

合わせて読みたい