【レビュー】「第74回正倉院展」奈良国立博物館にて11月14日まで 奈良博館長が語る「いつの時代の人々も守り伝えようとした天平の至宝」

毎秋、奈良の恒例行事として知られる第74回目の「正倉院展」が10月29日に奈良国立博物館(奈良県奈良市)で開幕しました。正倉院宝物は、聖武天皇の遺愛品や大仏開眼会などで使用された奈良時代を中心とした約9000点に及ぶ品々。そのうち、初出陳8件を含む59件の宝物を観ることができる貴重な機会です。
今年の正倉院展では、会場の最後に展示されている江戸時代の「東大寺屏風」の復元にも注目です。今回、「美術展ナビの読者に向けて、少しマニアックな視点での鑑賞のアドバイスを」と井上洋一館長にお願いしたところ、「正倉院宝物の保存や修復」を中心に紹介してくれました。(ライター・いずみゆか)
明治期に修復した人々の心配りにも着目
今年のポスターや図録のメインビジュアルを飾っているのは、「漆背金銀平脱八角鏡」。『国家珍宝帳』(聖武天皇ゆかりの宝物を記した目録)に記載がある聖武天皇ゆかりの黒漆地に金銀飾りの八角鏡です。


細かい文様をよく見るとツル、オシドリ、カモ、鳳凰といった様々な鳥文などがあしらわれているのが分かります。
実は、「鎌倉時代に一度盗難に遭い、破砕されてしまった鏡です」と井上館長。「明治期に修理されていますが、修理の箇所が分からないくらい、明治の匠の超絶技巧がすばらしいのです。さらに、奈良時代の文様の彫りは、蹴彫ですが、明治の修理では毛彫で施されており、実は見分けができるようになっています。後世にこの箇所は後補だと分かるようにした配慮が見受けられます」と続けます。

双六の盤とされる「沈香木画双六局」も天板部分などは奈良時代当初ですが、床脚の大部分は、明治期の後補です。

そのため、床脚をよく見ると、「明治三十一年六月補之」と記されているのがお分かりでしょうか?

象牙細工のモザイクが美しい「紫檀木画箱」は、蓋のみが当初のもので、身と床脚の部分は明治期の後補です。
「蓋と本体と少し色が違うのが分かりますか? 明治の人々は、修復したことが分かるようにちゃんと記録を取っています。ぜひ、実際に見て、どこまでがオリジナルで、どこからが後補かを、自分の目で確かめて、明治の修理に携わった人々の配慮を感じていただけたら」と井上館長は話します。
天平人のファッションセンス

保存・修復については後半に続けますが、今年は奈良時代のファッションアイテム類が多数出陳されているのも注目点です。衣服の装飾として用いられた可能性がある鳥形の飾り具「彩絵水鳥形」は、長さ2.6センチの小さな宝物。宝物名は水鳥ですが、調査によりその姿はヤツガシラという日本ではほとんど見られない鳥と同定されました。頭部、翼、尾には別の鳥(カケス)の羽毛がひとつひとつ貼り付けられ、さらに、その上に金箔の小片が蒔かれているとのことで、その極めて精緻な細工には驚かされます。

今年は「天平の演劇世界」として、「力士」「呉女」「呉公」の伎楽面とともに、大仏開眼会で大歌という伝統歌謡を披露した歌い手が着用した衣装「大歌緑綾袍」などが一緒に展示されています。「よく見ると円があり、龍が相対しているのが分かりますか? 西方起源の連珠円文に中国の龍がミックスされ、東西の融合がみられます」と井上館長。当時の歌手が身に着けたので、流行最先端のデザインだったのかもしれません。

宝物の保存整理のさきがけ 江戸時代の東大寺屏風

会場のトリを飾るのは、「東大寺屏風」の復元と東大寺屛風に貼り交ぜられた染織品。正倉院において、古代の染織品を整理する取り組みは、天保4年(1833)の江戸時代におこなわれた宝庫の御開封を契機として始まりました。
井上館長は「江戸時代の人々が染織類をどのように整理し保存したら良いか考えた際、選んだのが屏風に貼り付けることでした。それが東大寺屏風と呼ばれるものです。古代の染織品は本当にとても脆いのです。それを見やすく、かつ安全に後世に残すにはどうしたらよいかを考えた。現在に続く染織品修理事業の源流とも言えるので、後世へ伝えていく大切さを感じていただけたら」と説明します。
東大寺屏風は保存状態を鑑みて、解体され、染織品は個別に整理されました。それが初出陳となる「錦繡綾絁等雑張23片 附 一巻」です。

今年の図録には、「正倉院宝物の保存」についてのコラムもあり、どのように宝物の劣化を防ぎ、保存のための処置や取り組みをおこなってきたのかが記載されています。今年の正倉院展は、過去から現代の「宝物を守り伝えよう」と尽力してきた人々に思いを馳せる機会にもなるのではないでしょうか。(ライター・いずみゆか)
第74回 正倉院展 |
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会場:奈良国立博物館 東新館・西新館 |
会期:2022年10月29日(土)〜2022年11月14日(月) |
休館日:会期中無休 |
【観覧料金(前売日時指定券)】 一般券 2,000円 高大生券 1,500円 小中生券 500円 |
観覧には「前売日時指定券」の予約・発券(ローソンチケット)が必要です。当日券の販売はありません。博物館チケット売場での販売はありません。 |
詳しくは展覧会公式サイト(https://shosoin-ten.jp/)へ。 |
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