【学芸員に聞く・後編】「おいしいボタニカル・アート」”食べられる”植物にフォーカス!イギリスの食文化や歴史も学べる展覧会 SOMPO美術館で11月

「おいしいボタニカル・アートー食を彩る植物のものがたり」 |
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2022年11月5日(土)~2023年1月15日(日) |
会場:SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1-26-1) |
開館時間:午前10時~午後6時(最終入館は午後5時30分まで) |
観覧料:一般:1,600円、大学生:1,100円、高校生以下無料 |
休館日:月曜日(ただし1月9日は開館)、年末年始(12月29日~1月4日) |
アクセス:JR新宿駅西口、東京メトロ新宿駅から徒歩5分 |
詳しくは同館の展覧会HPへ。 |
2023年4月8日〜6月4日まで静岡市美術館、2023年6月10日〜7月まで西宮市大谷記念美術館に巡回予定。 |
SOMPO美術館で、2022年11月5日(土)~2023年1月15日(日)まで「おいしいボタニカル・アートー食を彩る植物のものがたり」が開催されます。
前編に引き続き、本展を担当した同館の上席学芸員・小林晶子さんに、見どころを聞きました。

(聞き手:ライター・齋藤久嗣)
「食べられる」植物にフォーカス
――タイトルに“おいしい”とあるように、今回は食用の植物にフォーカスした展示なのですね。
はい。過去2回当館で開催したボタニカル・アート展は、オーソドックスな「花」の展示でしたが、今回は「食べられる」植物に焦点を当てました。人間は食べなければ生きていけませんし、画家が植物を描くきっかけとなったのも、薬用成分を含んだ食用植物を選別するためでした。そうした経緯を考えると、食べられる植物を描いた作品を集めて展示するのは、「ボタニカル・アートの原点に立ち戻ってみる」という意味があると思います。
――どんな食用植物が展示されるのですか?
野菜、果物、ハーブやスパイスなど、さまざまな食用植物を取り上げました。その食用植物にまつわるイギリスの歴史や食文化もともに紹介しますので、多くの方に楽しんでいただければ嬉しいです。
――見どころとなる作品は?

まずは、「オーツ麦」です。オーツ麦は寒い地方でも育てられます。だからイギリスでは、小麦よりオーツ麦の方がよく育てられました。水や牛乳で煮て、かゆ状にして食べることが多かったようですね。
――オーツ麦というと、今でこそ健康のために食べる人が増えていますが、これまで日本では比較的マイナーな食べ物でしたね。
そうですね。米が主食の日本人にはこれまであまり馴染みがなかったかもしれませんが、イギリスでは昔からよく食べられていました。イギリスの小説などには、登場人物が「おかゆ」に砂糖やはちみつを食べてかけて食べるシーンがたびたび出てきます。実は、このおかゆとは、オーツ麦でつくったオートミールのことなんです。翻訳書などでは「おかゆ」と訳されることが多いので、日本人だと白米をイメージしてしまって、「白いごはんに砂糖をかけて食べるの?」なんて思ってしまいがちですが(笑)。
――面白いですね。つづいて果物にも着目したいのですが、こちらの「ブドウ “レザン・ド・カルム”」について教えてください。

ぶどうは、果汁を発酵させてワインとして飲まれていました。暖かくないと育たないため、イギリスではあまり栽培されませんでしたが、フランス・ボルドー周辺から大量に買い付けられて、王侯貴族など上流階級の人々に飲まれていました。ボルドーは、中世にはイングランドの領土だったこともあるので、昔からイギリスとは縁が深かったんです。
――前編で、じゃがいもなどは近世に入ってからヨーロッパで普及したと聞きましたが、ぶどうは古くからヨーロッパにあったのでしょうか?
そうですね。聖書にも出てくるくらいで、2000年以上前からヨーロッパで栽培されていました。とはいえ、寒いイギリスではほぼ100%ワインとして輸入されていました。イギリスでは、りんごのお酒「シードル」や、ビールやエールといった麦酒のほうが庶民には普及していました。
コーヒーやお茶がイギリス社会にもたらした影響

右:作者不明「チャの木」1800年 エングレーヴィング、エッチング、手彩色/紙 17.7×11.0 cm Photo Brain Trust
――本展では、コーヒーやお茶(紅茶)など、イギリスのカフェ文化と関係が深い植物なども特集しています。イギリスといえば紅茶のイメージがありますが、コーヒーも昔から嗜まれていたのでしょうか?
実は、まずコーヒーが普及して、その後にお茶が広まっていきます。17世紀半ばになると、ロンドン市内には「コーヒーハウス」という、今でいう喫茶店のようなお店が数多く開かれました。お店でコーヒーを飲む習慣が定着すると、コーヒーハウスを基点として、議論を交わしたり、情報交換をしたりするコミュニティが育っていきます。ある店では文学好きが集まり、ある店では画家たちが集まるなど、店ごとに特色があったようですね。
――同好会やサークルみたいなコミュニティが、自然にできていったと。
そうですね。また17世紀当時は、ピューリタン革命、名誉革命といった一連の市民革命が起こって絶対王政が廃止されるなど、社会情勢が目まぐるしく変わっていった時期でもありました。カフェをベースにして政党やジャーナリズムなども育まれていったそうです。
あるいは、保険会社などもカフェから発展したと言われています。たとえば、エドワード・ロイドという人物が経営していたカフェでは、貿易商や船員など、船舶関係者が数多く集まっていました。ロイドが積荷や入出港情報をニュースとして告知するようになると、店内で積荷の保証を行う海上保険の取引が活発に行われるようになっていきます。コーヒーハウスはなくなりましたが、店主の名前は会社名として残り、世界的に有名な保険会社・ロイズへとつながっています。

――コーヒーに続いて、お茶はどのようにして広まったのですか?
ポルトガルの王女だったキャサリン・オブ・ブラガンザがイングランド王・チャールズ2世のもとに嫁ぐときに、茶道具一式を嫁入り道具として持参したことで、王室内でお茶を楽しむ習慣が広まりました。そこから、女性を中心としてお茶を飲む習慣が広がっていきます。また、当時コーヒーハウスには男性しか入れませんでした。そこで、男性が外でコーヒーを飲んでいるあいだ、女性は自宅で紅茶を飲むようになり、家庭を中心に喫茶習慣が普及していくのです。その後、コーヒーハウスでも紅茶を出したり、茶葉を販売したりするようになったことで、男性も紅茶を飲むようになったと言われています。
ちなみに本展では、ティーポットやコーヒーカップなどカトラリー類の実物も展示します。フォトスポットとして、ヴィクトリア朝の主婦のバイブル『ビートン夫人の家政読本』を参考にした19世紀のテーブル・セッティングも紹介します。お楽しみに!
――知識も増えるうえに、”おいしい”気分を味わえそうな展覧会ですね。最後に読者にメッセージをお願いします。
ボタニカル・アートに描かれたそれぞれの植物には、非常に奥深い歴史が積み重なっています。本展は、その歴史も含めてボタニカル・アートを多面的に学べる、面白い展覧会です。コーヒーを飲むときや、果物を食べるときなどに展示内容を頭に思い浮かべていただければ、食習慣がちょっと豊かになると思います。ぜひお越しください!