【レビュー】「野口里佳 不思議な力」東京都写真美術館で2023年1月22日まで 見えないけれどそこにある不思議な力を写したい

会場風景 〈不思議な力〉2014年- 

野口里佳 不思議な力
会場:東京都写真美術館 2F 展示室
会期:2022年10月7日(金)~2023年1月22日(日)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12/29~1/1、1/4) ※12/28、1/2、1/3は臨時開館
観覧料:一般 700円 学生 560円 中高生・65歳以上 350円
※1月2日(月)、3日(火)は無料。開館記念日のため1月21日(土)は無料。
※オンラインによる日時指定予約を推奨
詳しくは美術館の展覧会サイト

東京都写真美術館にて、「野口里佳 不思議な力」が開幕しました。
1971年生まれ、さいたま市出身の野口里佳は、1995年「写真3.3㎡(ひとつぼ)展」と翌年の「写真新世紀」展でグランプリを受賞。以降、〈フジヤマ〉(1997年-)、〈飛ぶ夢を見た〉(2003年)や〈夜の星へ〉(2014-15年)などを発表し、2002年には第52回芸術選奨文部科学大臣新人賞(美術部門)を受賞した、国内外で高い評価を得ている写真家のひとりです。

本展は野口の30年のキャリアの中から、この10年で制作された作品を中心に、初期から最新作までの写真46点、映像4点を「不思議な力」というキーワードでひも解く大規模個展です。

「不思議な力」は何を意味するか

会場風景 〈不思議な力〉2014年-

展覧会のタイトルにもなっている「不思議な力」とは、2014年に発表された作品から採られています。〈不思議な力〉シリーズは、身の回りにある少し不思議な現象──小学校の理科の実験に登場するような、磁力や表面張力など──を可視化させた作品ですが、本展に際し、「振り返ってみれば(そのシリーズに限らず)すべてが“不思議な力”についての作品だった」と野口は語ります。

これまでの作家活動が「不思議な力によって導かれた旅のようであった」という思いから、展覧会のタイトルを決定。あわせて同シリーズの新作が8年ぶりに制作され、展示されています。

父が遺したフィルムと家族写真

《不思議な力 #8》2014年 アマナコレクション 〈不思議な力〉シリーズは、野口の父が愛用していたオリンパスペンFで撮影された

会場は本展タイトルでもある、この〈不思議な力〉シリーズから始まります。私的な空間で、可視化された不思議な力とともに登場する手は、作家の家族の手なのだとか。静謐な世界に差し込む光を捉えた画面は、良く知る実験にもかかわらず、とても神秘的な印象を見る者に与えます。

〈父のアルバム〉2014年/2022年

こちらを序章として続くのが、〈父のアルバム〉。亡くなった父が遺したネガを野口がプリントしたこのシリーズは、2014年に発表され、2022年に写真集となっています。新婚旅行から始まり、子どもたちが生まれ育っていく様子を父の目で追体験した野口は、写真には過去と現在という時間の隔たりを超越して、他者に体験したことや感じたことを伝える「不思議な力」があると考えるようになりました。

さて、ここで再び〈不思議な力〉シリーズを振り返ると、異なるアプローチではあるものの、それぞれが野口にとっての家族写真であることに気づきます。そして野口が父の写真を見てそう思ったように、鑑賞者は写真が持つ「不思議な力」によって時の隔たりを超越し、幾重にもなった野口の体験を共有するのです。

会場にはこのようなインスタレーションのほかに、野口自身によるドローイングも展示されている

空飛ぶものへの興味とまなざし

野口はこれまで高地や水中、宇宙など、未知の場所と人間の関わりをテーマにした作品を発表してきましたが、空中もそのひとつ。本展ではいくつかの「空を飛ぶもの」を扱った作品が展示されています。

《クマンバチ #1》2019年 東京都写真美術館蔵 ©Noguchi Rika, Courtesy of Taka Ishii Gallery

たとえば2019年に制作された《クマンバチ》は、クマンバチの後を追いかけていく作品。ピンホールカメラのように見えますが、なんと胃カメラを使って撮影されています。

会場風景 映像作品は会場の外にもあり、いずれも無心で見続けてしまう魅力を持っている。これも「不思議な力」の一種かも?

また同年制作された映像作品《アオムシ》は、細い透明な糸でぶら下がった青虫が、風にあおられ、まるで浮遊しているように見える様子をとらえたものです。

実は野口は虫が大の苦手。どうすれば遭遇せずに済むか、悩んでいたと言います。しかしある時、思い切って彼らに向かい合ってみることにしたのだそう。この体験こそ、それまでスケールの大きな被写体を選んできた野口を、身近な世界に宿る小さな宇宙へと更に誘うものになったのかもしれません。

根底にあるのは「小学生のような感性」

〈ヤシの木〉 2022年 作家蔵

「日常は目には見えない不思議な力で溢れています。けれど目には見えないので、なかなか写真に写りません。見えないけれどそこにあるもの。それをなんとか写真にしたいのです。そしてその写真によって、今いるこの世界の豊かさを感じられる、そんな作品が作りたいと思います」

〈不思議な力〉シリーズの制作にあたり、野口はこう述べています。

磁石に着いた砂鉄を観察したり、クマンバチを追いかけたり。自身の着眼点を「まるで小学生のようだ」と話す野口は、しかし、そこに確かな理(ことわり)を見出しています。

我々が見過ごしがちな理を写真という手法を使って可視化することこそ、野口が一貫して続けてきた表現です。本展は全体を通して、この好奇心に満ちた独特な感性から生み出される彼女の写真表現を伝えています。

野口里佳と写真の30年を振り返る

〈潜る人〉1995年 作家蔵

展覧会を締めくくるのは、写真新世紀でグランプリを獲得した作品〈潜る人〉。写真新世紀は、2022年でその歴史に幕を下ろします。そういった意味でも本展のラストに相応しいキュレーションと言えるでしょう。また合わせて近作「海底」を置くことで、ここをひとつのマイルストーンとし、野口里佳の写真の旅が先へと続いていくことを示唆しているように受け取れます。

左〈潜る人〉1995年 作家蔵、右《海底 #1》2017年 大林コレクション

東京都写真美術館では、10月16日より「写真新世紀 30年の軌跡 写真ができること、写真でできたこと」が始まりました。写真における表現の変遷のひとつとして、同コンペが30年の間に人々に与えた影響を振り返るとともに、野口里佳の30年の軌跡をあわせて通覧する好機となっています。

《フジヤマ》1997年

デジタル化が急速に進み、写真作品をディスプレイの中で見ることも増えましたが、やはり実物のプリントが持つ美しさや存在感は圧倒的です。そんな写真の持つ「不思議な力」を体験することで、改めて写真表現とは何かについて考えてみてはいかがでしょうか。(ライター・虹)