【レビュー】「ジャンルレス工芸展」国立工芸館(石川)で12月4日まで 工芸の奥深さと意外性を体感

左上:竹岡健輔「Transition ’22-8」 2022年 作家蔵、左下:中村錦平「日本趣味解題/閉ジタ石」 1988年 国立工芸館蔵、右上:ともに牟田陽日 2022年 「ケモノ色絵壺」「えびす」茶碗 作家蔵、右下:見附正康「無題」2019年

ジャンルレス工芸展
会期:2022年9月16日(金)~12月4日(日)
会場:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
開館時間:午前9時30分~午後5時30分※入館時間は閉館30分前まで
観覧料:一般300円、大学生 150円 11月3日(木・祝)は無料
休館日:月曜日
アクセス:JR金沢駅東口(兼六園口)からバスで「広阪・21世紀美術館」下車徒歩約7~9分
詳しくは同館の展覧会HPへ。

国立工芸館が工芸の街・金沢に移転して約2年。開館記念展も一巡した2022年秋、斬新な展覧会「ジャンルレス工芸展」が開催中です。確かな技量を持ちつつも、伝統や慣習に縛られず、自由な発想で制作された作品が集う本展を、さっそく取材しました。

ジャンルレスな現代工芸の世界を堪能

竹岡健輔「Transition ’22-8」2022年 作家蔵

「工芸」と聞くと、日本各地の文化や伝統を受け継いだ伝統工芸などを思い浮かべる方が多いかもしれません。ですが現代工芸の最前線では、事情はかなり変わってきているようです。工芸の世界は多様化し、現代アートともデザインとも区別がつかないような領域で、つぎつぎに名作・傑作が生み出されているのです。

「工芸という言葉のもつ一般的なイメージを変えたかったんです」と語るのは、本展を担当した岩井美恵子工芸課長。(※以下、岩井学芸員)

「明治時代になって西洋美術の概念が導入されたとき、絵画や彫刻などと区別するため『工芸』というジャンルができました。ですが、それ以前はもともと区分けされておらず、どの作品も工芸的な要素をもっていました。古臭いイメージをもたれがちな工芸ですが、実際は、現代的でジャンルの壁を超えるような面白い作品がたくさんあるのだ、ということを見ていただきたいと思って企画しました」(岩井学芸員)

ともに牟田陽日 2022年、左:「ケモノ色絵壺」右:「えびす」茶碗 作家蔵

ではなぜ、今こうしたジャンルレスな作品が増えてきたのでしょうか?

「交通や情報通信の発達によって各作家が自由に創作活動を行える基盤が整ってきたことが大きいでしょう。たとえば、金沢に工房を構えていても、銀座の個展会場に作品を運び込むには今や半日もかかりませんよね。また、作家たちはネット通販で各地から素材を取り寄せ、SNS上で作品を発表し、世界中のファンに向けて直接販売することも可能になりました」(岩井学芸員)

こうした制作環境の自由度が高まった結果、ジャンルの垣根を越えて作家が活動するための土台が整ってきたわけです。

「工芸」へのイメージを一新する作品群

さて、展示室に入ると、20世紀後半~現代までを中心に、やきもの、金属、漆、ガラス、染織など、バラエティ豊かな素材でつくられた現代工芸の作品群に出会えます。ジャンルの垣根を越え、我々の「工芸」に対するイメージを一新するような作品がズラリと並んでいました。

第1章「デザイン」では、幾何学的な模様の反復や組み合わせを作品に取り入れ、独自のスタイルを生み出した工芸作品などを紹介。単純な線やパターンの組み合わせで、これほど複雑なかたちや斬新な美しさを表現できるのだ、と驚きの連続でした。いくつかピックアップしてみましょう。

見附正康「無題」2019年

九谷焼の大皿の内側の曲面に、まるでCGのように正確無比に描かれた幾何学模様は、まさに「超絶技巧」のひとこと。下絵を作らず、制作中にひらめいたアイデアにしたがって絵柄を決めていくので、完成するまでどんな作品が出来上がるのか作家自身もわからないそうです。螺旋状のパターンをじっと見ていると、異次元空間に入り込んだかのような不思議な感覚になりました。

黒田辰秋「赤漆流文飾箱」1957年頃 国立工芸館蔵

こちらは、木工芸で人間国宝にも指定された民藝の巨匠・黒田辰秋が制作した赤漆の飾箱です。天面を中心として、箱全体に流れるように施された卍型のデザインがシンプルな美しさを醸し出していました。伝統とモダンが融合した逸品です。

森口邦彦「友禅着物 流砂文」1984年 国立工芸館蔵

本作は、「友禅」技法で人間国宝に指定され、近年は三越百貨店のショッピングバッグのデザインを手掛けたことでも有名な森口邦彦さんの友禅着物。銀灰色の素地の上に描かれた、ゆるやかに流れる白黒の曲線がモダンな空気感を生み出しています。個人的には、枯山水庭園を鑑賞しているような気分になりました。

つづいて第2章「現代アート」では、作品の独創性が現代アートの文脈の中で評価されてきた作家を特集。「ピカソだって陶磁器を手掛けたように、アーティストはやっぱり手を動かしてものを作るのが好きなのではないでしょうか。粘土を自分で触るのは楽しいですから。現代アートの作家からも、今、工芸へと熱い視線が注がれているんです。」と岩井学芸員。私たち鑑賞者側よりも先に、アーティストの意識の中ではすでに「現代アート」と「工芸」の区分けはなくなっていたのかもしれません。いくつか見ていきましょう。

中村錦平「日本趣味解題/閉ジタ石」1988年 国立工芸館蔵

極彩色に彩られた岩石や小枝などを模したパーツを組み合わせ、一つのオブジェに仕上げた作品。すべてやきもので作られています。ぎょっとするような色彩で、人間の内蔵のような有機的なフォルムが目に焼き付きます。本作は、作家が「東京焼窯元」を名乗り、新境地を示した記念碑的なシリーズ「日本趣味解題」のひとつで、中村錦平さんの名刺代わりの作品となっています。

荒木高子「砂の聖書」1992年 国立工芸館蔵

こちらはやきもので作られた聖書のオブジェ。ズシリとした土塊の質感が伝わってくるようです。泥にまみれながらも、ほのかに金色に発光する聖書から、そこはかとない宗教的な聖性を感じ取れるかもしれません。本作を手掛けた荒木高子さんは、華道未生流宗家の出身。独学でこのような個性的な作品へとたどり着いたというのは驚きです。

関島寿子「無題 かご(No.401)」1994年 国立工芸館蔵

見てのとおり、たしかに竹製の「かご」ではあるのですが、素材の使い方がユニーク。細くランダムに刻まれた竹が、まるで鳥の巣のように分厚く編み固められています。これまでありそうでなかったアプローチです。素材に対する固定観念を取り払えば、可能性はいくらでも広がっていくのだ、と納得させられた作品でした。

学芸員イチオシの3作品

現代工芸を見続けてこの道25年以上の、業界屈指の目利きでもある岩井学芸員に、特にオススメの作家を3名挙げてもらいました。

1.池田晃将「電光無量無辺大棗」

池田晃将「電光無量無辺大棗」2022年

2020年に巡回開催された現代工芸のグループ展「和巧絶佳」展で、「サイバーパンク螺鈿」と呼ばれSNSで爆発的に拡散したことで全国的な知名度を獲得した池田晃将さん。本展ではさらに進化を遂げた新作が登場しました。

「池田さんの作品は、伝統的な素材・技法にサブカルチャーを融合させた独自の世界観が特徴的です。映画『マトリックス』をイメージさせるように七色に輝く数字が、漆黒の闇に明滅する、近未来的な作品世界をぜひ味わってみてください」(岩井学芸員)

2.三島喜美代「Work-86-B」

三島喜美代「Work-86-B」1986-87年 国立工芸館蔵

三島さんは、昨今人気急上昇中のアーティストのひとりで、ダンボールや雑誌、新聞、空き缶といったゴミなどを忠実に写し取り、やきもので表現した作品群はインパクト抜群。展覧会に出品されるたびに、SNS上で人気を博しています。

「彼女が作品のモチーフとするダンボールや古新聞などは、いわば高度経済成長時代に生み出された大量生産・大量消費の象徴です。簡単に捨てられ、消費されてしまうものを、半永久的に残るやきものでとどめる。半面、やきものは簡単に消費されない代わりに、落とすと壊れて使えなくなってしまう。そうした物質の変異性や素材性にも興味を持って見ていただくと、より深い鑑賞体験が得られると思います」(岩井学芸員)

3.青木千絵「BODY19-1 孤独の身体」

青木千絵「BODY19-1 孤独の身体」2019年

今にも溶け出しそうな、流動感あるフォルムが印象的。作者の青木千絵さんは、自らの身体から参照するための型を起こして整形し、黒漆を塗り固めた漆黒の人体のオブジェを制作しつづけています。

「青木さんは、自らの内面と向き合い、不安や恐怖などの感情を黒漆のヌメッとした質感を通して表現するアーティストです。これだけつやつやした表面に仕上げるには、漆を塗っては研ぐ反復作業を気が遠くなるほど繰り返す必要があるのですが、彼女はその作業自体も好きなのだそうです。作家の内面で渦巻く感情に共鳴・共感できれば、自己と深く向き合うきっかけになるのではないかと思いますね」(岩井学芸員)

撮影自由!お気に入りの逸品をみつけよう

金子潤「Untitled (13-09-04)」2013年

※金子潤「Untitled (13-09-04)」は、国立工芸館の開館記念日である10月25日に特別公開します。エントランス正面の中庭(通常は立ち入り禁止)を開放!間近で鑑賞できます。

工芸の幅広さや奥深さ、意外性を体感しながら、現代工芸を学べる本展。嬉しいことに、99点すべて撮影OKです。「もし、ひとつでもお気に入りの作品と出会えたら、鑑賞の記念として気軽に撮影してみてください。帰宅してから見返すうちに、各作家や国立工芸館のファンになっていただけたら嬉しいですね」と岩井学芸員は話してくれました。もちろん、SNSへの投稿も大歓迎だそうです。

いよいよ秋も深まり、旅行にはぴったりの季節になってきました。ぜひ、観光とセットで楽しんでみてはいかがでしょうか?

(ライター・斎藤久嗣)