【レビュー】「ピカソ 青の時代を超えて」ポーラ美術館で2023年1月15日まで 青の時代を基点にピカソの画業を見つめなおす

左:《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》バルセロナ・ピカソ美術館蔵  中央:《海辺の母子像》ポーラ美術館蔵 右:《青いグラス》バルセロナ・ピカソ美術館蔵 (c)Ken KATO

ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えて
会期:2022年9月17日(土)~ 2023年1月15日(日)
会場:ポーラ美術館 展示室1, 3(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
観覧料:大人1,800円、65歳以上1,600円、大高生1,300円、中学生以下無料、
休館日:会期中無休
詳しくは展覧会公式サイトへ。
2023年2月4日(土)から5月28日(日)までひろしま美術館(広島県)で開催します。

「天才」「巨匠」といった偉大な存在として語り継がれてきたピカソ。そのピカソの画業を原点からとらえなおす展覧会「ピカソ 青の時代を超えて」がポーラ美術館で9月17日(土)から2023年1月15日(土)まで開催されています。

国内で指折りのピカソ・コレクションを誇るポーラ美術館とひろしま美術館は、欧米の美術館の協力を得て、ピカソの制作過程に焦点をあてた研究をすすめてきました。本展では、両館のコレクションと国内外の重要作、合わせて約70点のピカソの作品を紹介。最新の研究結果と照らし合わせながら、ピカソの画業をあらためて紐解きます。

巨匠の原点は青の時代に?

「Ⅰ.青の時代―はじまりの絵画、塗り重ねられた軌跡」の展示風景 (c)Ken KATO

本展では、ピカソの「青の時代」に着目。「青の時代」とは、ピカソが20歳から23歳の頃、悲しみを抱えた貧しい人々を見つめ、その姿を青を基調に描いた時代を指します。作風をめまぐるしく変えたピカソの画業のなかで、青の時代は「ひとつの様式」としてとらえられてきました。一方本展では、最新の調査や研究をふまえ「青の時代をピカソの画業の原点ととらえる」という試みがなされています。

左:《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》バルセロナ・ピカソ美術館蔵 中央:《海辺の母子像》ポーラ美術館蔵 右:《青いグラス》バルセロナ・ピカソ美術館蔵 (c)Ken KATO

「Ⅰ.青の時代―はじまりの絵画、塗り重ねられた軌跡」では、青の時代の作品が一堂に会します。なかでも《海辺の母子像》は青の時代を代表する作品です。刑務所のなかで子供を産み育てる女性の姿をモデルに描かれたと言われる本作。悲哀、力強さ、希望……と、相反する感情を掻き立て、重厚なオーラを放ちます。青が基調となっているものの、様々な色が溶け合っているよう。間近で見ると表面が凸凹しています。

実は、《海辺の母子像》など青の時代の作品の下には、異なる作品がいくつも描かれていたことがわかりました。経済的に困窮していた当時のピカソは、使用済みのカンバスを再利用したのです。

塗り重ねられた作品が明らかに

(c)Ken KATO

私たちが見ている作品の下に何が描かれていたのか。併設された「青の時代ラボ」では、その謎に迫ります。

最新の画像解析で明らかになった、《海辺の母子像》などの内部構造をお披露目。解説動画によると、《海辺の母子像》は以下の4つの像がレイヤーのように重なっているそうです。

  • 最下層:子供の像
  • 中間層A:酒場の女性像
  • 中間層B:酒場の男性像
  • 表層:海辺の母子像

最下層の「子供の像」は、明るい色調で海辺の母子像とは上下逆向きに描かれていたことも判明。1つのキャンバスのうえに異なるモチーフ、色彩を何度も重ねたプロセスは、ピカソの表現への探求心を物語っていると言えるでしょう。

学芸員の今井敬子さんは、「”ルールにとらわれず、なんでも試してみる”という実験的な姿勢は、青の時代から始まり、変容を繰り返す後年の制作へと展開していったのでは」と語ります。

ピカソの名作が一堂に

「Ⅱ.キュビスムー造形の探求へ」から「Ⅲ.古典への回帰と身体の変容」までは、青の時代以降の作品を紹介。幾何学的な形の組み合わせで立体物を表現しようとした「キュビスム」をはじめ、革新的な表現を次々と生み出していった様子をたどります。新聞紙を貼り付けたコラージュ、独自の「古典的」な人物像、のびやかな描線でデフォルメされた静物画。ピカソの名作がここぞとばかりに押し寄せてきます。なんとも贅沢な空間です!

「Ⅱ.キュビスムー造形の探求へ」の展示風景 (c)Ken KATO
「Ⅲ.古典への回帰と身体の変容」の展示風景(c)Ken KATO

そして最終章「Ⅳ 南のアトリエ―超えゆく絵画」では、ピカソが晩年に描いた解放感あふれる作品が集います。見どころのひとつが、《ラ・ガループの海水浴場》。ピカソの制作過程をたどる映画『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』(1956年公開)に登場する作品です。

(c)Ken KATO

《ラ・ガループの海水浴場》の後ろに設けられた、映写小屋のような小部屋では、『ミステリアス・ピカソ』の一部シーンを上映。ピカソが「うまくいかない」「どんどんひどくなる」などとブツブツ言いながら、何度も描いては消し、《ラ・ガループの海水浴場》をつくりあげていく様子を見ることができます。

『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』の上映風景 (c)Ken KATO

ピカソは、自分の作品についてこんな言葉を残しています。(本展図録26ページより)

「一枚の絵は破壊の総和である。一枚の絵を描く、続いてそれを破壊する。だが結局のところ、なにも失われてはいない」(クリスチャン・ゼルヴォス 「ピカソとの対話」、『カイエ・ダール』(1935年)

本展をとおして、ピカソは作品と格闘しつつも、「描くこと」を自由にとらえて謳歌していたことがわかります。だからこそ作品は深みを増し、わたしたちを強く引き付けるのかもしれません。またその姿勢は、絵画を幾重にも塗り重ねた「青の時代」から一貫していたと言えるでしょう。

ピカソの画業をとらえなおす本展。「天才」「巨匠」といった言葉では括り切れない、ピカソの新たな一面を見ることができます。ポーラ美術館で1月15日(日)まで。2023年2月4日(土)から5月28日(日)までひろしま美術館(広島県)で開催します。

(読売新聞美術展ナビ編集班・美間実沙)

国立西洋美術館で2023年1月22(日)まで開催中の「ピカソとその時代」の開幕記事はこちら