【レビュー】 「鑑真和上と下野薬師寺~天下三戒壇でつながる信仰の場~」栃木県立博物館で10月30日まで

鑑真和上と下野薬師寺~天下三戒壇でつながる信仰の場~ |
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会期:会期:2022年9月17日(土)~10月30日(日) |
会場:栃木県立博物館(宇都宮市睦町2-2) |
開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで) |
観覧料:一般1250円、大学・高校生620円、中学生以下:無料 |
休館日:月曜日 |
詳しくは博物館公式サイトへ |
1000年の時空を超える鑑真和上の足跡
鑑真は、奈良時代の日本へ仏教の戒律を伝えた偉人です。鑑真の来朝をきっかけに、国内には三師七証による厳格な授戒を行う戒壇が3か所作られました。その中の1つが現在の栃木県南部にあった下野薬師寺です。
栃木県立博物館開館40周年記念特別企画展「鑑真和上と下野薬師寺~天下三戒壇でつながる信仰の場~」は、鑑真が日本にもたらした戒律が、東国にある下野国(現在の栃木県)へどのように伝播していったのか、その全貌を紹介する意欲的な展覧会です。

遣唐使の懇願に応えるべく6度の挑戦のすえに来日を果たした鑑真。日本の土を踏んだ時すでに失明しており、年齢は66才に達していました。その不撓不屈の挑戦を活写した重要文化財《東征伝絵巻》などの貴重な資料を、本展では間近に見ることができます。

鑑真和上と下野国
本展の構成をチェックしましょう。
【プロローグ 伝戒の師 鑑真和上】
【第1章 古代下野のすがた】
【第2章 鑑真和上の来日と戒律の伝来】
【第3章 天下三戒壇 下野薬師寺の創建と発展】
【第4章 下野薬師寺と人物・信仰のひろがり】
【第5章 下野薬師寺の衰退と復興】
【エピローグ 現代につながる信仰の場 下野薬師寺】
ご覧のとおり、鑑真にフォーカスしたタイトルの章はプロローグと第2章のみ。第3章以降は、鑑真が日本にもたらした戒律が、政治の中心である畿内から遠く離れた下野国(栃木県)にいかに到達し、展開していったのか、その過程を多角的な展示資料でひもといていきます。
栃木初!唐招提寺の国宝仏像3体が並ぶ
御身代わり像とともに本展の目玉となるのが、唐招提寺からやってきた3体の国宝《薬師如来立像》《伝獅子吼菩薩立像》《伝増長天立像》です。栃木県でこれらの国宝仏像が展示されるのは初めてということもあり、会場でもひときわ注目を集めていました。

奈良時代の仏師は、どのような思いを込めてこれらの仏像を造ったのでしょうか。そこには日本の職人だけでなく、鑑真が唐から連れてきた職人の姿もあったのではないでしょうか。堂々たる体躯を前後左右からじっくり鑑賞していると、遠い異国の地で汗を流した仏師たちの姿が心に浮かびました。
東国に「天下三戒壇」のひとつが置かれた背景
鑑真一行が命がけで日本にもたらした授戒システムは、少しずつ地方にも伝播していきました。とはいえ、現代と違い中央発の情報が地方のすみずみまで行き渡るためには、起点となる場所が不可欠でした。戒律を授戒するための場「戒壇」です。
戒壇は、奈良の東大寺、福岡の観世音寺、栃木の下野薬師寺の3か所に置かれ、「天下三戒壇」と呼ばれました。仏教の正式な戒律を授けるための戒壇は、国策である鎮護国家思想を象徴する場。そのような重要な国家機関が、なぜ朝廷から見れば遠く離れた東国の下野国に置かれたのでしょうか。
本展では、対蝦夷の最前線にあるという地政学的な理由や、中央官僚として活躍したキーパーソン下毛野朝臣古麻呂の存在などを紹介しながら、戒壇が下野薬師寺に置かれた謎を解き明かしていきます。

奈良興福寺と下野薬師寺 つながり示す考古や歴史資料
下野薬師寺の建立にあたり、中央から技術者が派遣されていたことをうかがわせる考古資料も展示。そのひとつが、下野薬師寺跡や興福寺から出土した瓦です。下野薬師寺跡から出土した瓦の文様が興福寺出土の一部の瓦と一致。そのため、興福寺の瓦職人がはるばる下野まで遠征し、持参した型を用いて下野薬師寺の瓦を作ったのではないかと推測されています。
このように本展では、発掘調査で見つかった数多くの出土品を手がかりに、地方と中央とのあいだで技術や人材が行き交う過程をもつまびらかにしています。

授戒の拠点とされた下野薬師寺でしたが、平安時代に入ると戒壇としての機能が衰えていきます。のちに教学の場として復興を果たすとはいえ、天下三戒壇のひとつとして隆盛した勢いは一時、完全に失ってしまうのです。
本寺たる東大寺に対して、末寺たる下野薬師寺の僧が寺の荒廃ぶりを訴えた国宝《東大寺文書》の「下野薬師寺注進状(寛治5年)」など貴重かつ生々しい資料は要注目です。*寛治5年=1091年
いま日本では地方都市の衰退が社会問題化していますが、それは往古の時代においても同様だったのかと想像しました。
論稿・コラムが満載の図録
本展の図録は歴史ファン必携です。飛鳥・奈良時代の歴史研究の泰斗、東野治之・奈良大学名誉教授の巻頭コラムを筆頭に、各ジャンル選りすぐりの専門家が手がけた7本の論稿は、いずれも読み応えがあります。展示資料の解説文を補完する担当学芸員が執筆したコラムも見逃せません。
海を越えて渡来した思想や技術の広がりを、「外国と日本」「中央と地方」という2つの文脈で考察する本展。歴史のロマンに身をゆだねるひとときを楽しんでください。
(栃木県在住 ライター・佐藤拓夫)