【レビュー】「大乙嫁語り展」 京都国際マンガミュージアムで12月26日まで 森薫の壮大な物語と驚異の細密原画の世界

「大乙嫁語り展」 |
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会場:京都国際マンガミュージアム2階 ギャラリー1・2・3 |
会期:2022年9月17日~12月26日 |
開館時間:10時30分~17時30分(最終入館17時) |
休館日:火・水曜日 ※11月23日(祝・水)は開館(11月24日(木)は休館) |
料金:無料 ※ミュージアムの入場料金は別途必要 |
詳しくは同ミュージアムのサイトへ |
森薫の代表作
19世紀半ばのシルクロード(中央アジア)の国々を舞台に、イギリス人旅行者スミスが旅をしながら出会った幾人もの”乙嫁”(美しいお嫁さんの意味)たちのエピソードを繋ぐように描かれた漫画『乙嫁語り』。森薫さんの代表作として知られる壮大な群像劇は、驚異の精緻な線の描き込みでファンを魅了してきました。マンガ大賞2014、フランス・アングレーム国際漫画世代間賞のほか、数々の受賞歴を誇ります。森さんが2002年にデビューしてから20周年を記念する「大乙嫁語り展」が京都国際マンガミュージアム(京都市中京区)で開かれています。
100点以上の肉筆原画は圧巻の一言

カラー・モノクロあわせて100点以上の肉筆(アナログ)原画が展示。歴史、文化的資料を参考に、当時の民族衣装の意匠や生活風俗が、驚くほど緻密に細部に渡って描き込まれている原画は、圧巻の一言に尽きます。自身も『乙嫁語り』の大ファンだという本展担当の瓦井良典・京都国際マンガミュージアム学芸室員に、作品の魅力や展覧会の見どころを聞きました。
定住民と遊牧民の文化の違いを知る
8章構成で5つの乙嫁エピソードを紹介する内容の本展。『乙嫁語り』はオムニバス形式ですが、最初に登場するのがアミルとカルルク夫婦です。街に定住するエイホン家の跡継ぎ・カルルク(12歳)のもとに、花嫁として遊牧民の娘・アミル(20歳)が嫁いできたところから物語は始まります。文化の異なる定住民と遊牧民の結婚。両者の民族衣装を描き分けていることが、展示を見て、改めて分かりました。

そこへ、ストーリーテラー的なイギリス人のスミスが旅人として訪れ、西洋文化とのさらなる異文化コミュニュケーションが牧歌的な営みとともに描かれています。

遊牧民と定住民の文化の違いで悩む嫁のアミルを「自分らしくいればよい」と支えたのは、同じく遊牧民から嫁いできた、夫カルルクの祖母バルキルシュおばあさんでした。

瓦井さんは、「バルキルシュおばあさんが、実は弓が得意だったり、ヤギにまたがって岩山を駆けあがったりするシーンなど、元々は街で暮らす人々と異なる文化のもとに育った背景がうかがえます。お嫁さんをみんなで大事にしているのが良いですよね」と話します。
多様な中央アジアの文化

『乙嫁語り』には、中央アジアの各地域の様々な乙嫁(お嫁さん)と出会うイギリス人旅行者スミスの目線で、生活や文化の違いが描かれています。アラル海の畔・ムナクに住む双子のライラとレイリの結婚式、当時まだ残っていたペルシア独特の文化である姉妹妻の関係になったアニスとシーリーンなど、ところ変われば、こんなにも文化が違うのかと驚きます。

中央アジア5か国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)の駐日/在日大使館の協力により、マンガに描かれた地域の文化が伝わる民族衣装や雑貨類の展示も。この細かい刺繡の美しさをひとつひとつ描き込んでいたと思うと感動のため息が出ます。


手描きへのこだわり
デジタルで描く作家が多いなか、アナログ(手描き)へのこだわりは、どのような思いからなのでしょうか。展示には森さんへの一問一答もあります。
このなかで、森さんは、手描きへのこだわりを「紙に直接ペンとインクで描くほうが、より速く美しく、表現の幅も広がると思うからです。手が直接描くものと、何かを介して描くものとでは、気の持ちようにかなりの差があります。より直感的に描けますし、感情も込めやすい。紙のほうが没入して描けるのです」と答えています。

たくさんあり過ぎる『乙嫁語り』の魅力
「細密な線をひたすら描き込むのもすごいのですが、森先生のすごさは、身体のデッサン力、画力です。民族衣装の模様も服の皺や筋肉の動きに合わせて描かれているのです」と瓦井さん。
『孤独のグルメ』『歩くひと』など、緻密な作画と構成で知られる漫画家・谷口ジロー氏をリスペクトしているというのもうなずけます。

「アミルの友人・パリヤが婚約相手のウマルとぎこちなく思いを交わすシーンと、親同志が結婚について話し合うシーンが交互に描かれる演出や表情、仕草、セリフなど、人間ドラマとしても絶妙です」と瓦井さんの『乙嫁語り』語りが続きます。中央アジアの歴史、文化、暮らし、人間模様と、ファン同士で鑑賞すれば、作品の魅力を語り尽くすことはできないでしょう。
京都国際マンガミュージアムではマンガも読める
京都国際マンガミュージアムならではなのが、展示鑑賞後にその漫画をすぐ読めること。開催期間中には「民族衣装が美しいマンガ」が集められ、読むと世界中を旅した気分になれます。
そして、充実のオフィシャルグッズのラインナップに、京都展から複製原画の新絵柄が加わりました。注目です。


9月25日には、森さんのライブドローイングイベントがおこなわれ、会場内に直筆のサインが新たに増えているので探してみてはいかがでしょうか。館内は、スマートフォンに限り撮影が許可されています。


本展は、今年2~3月に埼玉県所沢市のところざわサクラタウンで開催され、森さん初の大規模原画展とあって大きな注目を集め、巡回展となりました。京都展のあとは秋田でも開催が予定されています。
(ライター・いずみゆか)