国立劇場が伝統芸能伝承者の養成で初のクラファン 伝統芸能に欠かせない人たちを育てる環境整備に

歌舞伎俳優や歌舞伎音楽、文楽、能楽など伝統芸能の伝承者を養成する国立劇場(独立行政法人日本芸術文化振興会)が、研修生を支援するためのクラウドファンディングを初めて実施しています。9月1日に始まり、10月30日までの2か月間で、当初の目標「300万円」をクリアし、2つ目の目標「600万円」も達成しました。研修生の養成には、どんなところにお金がかかっているのか? クラファンはなにに使われるのか? 元研修生の2人にも話を聞きました。
研修生の制度は1970年に国立劇場が歌舞伎俳優の志望者を公募して始まりました。それまで、歌舞伎俳優になるには、一門へ入門するなど限られていました。その後、研修生は俳優だけでなく、歌舞伎音楽(竹本、鳴物、長唄)、大衆芸能、文楽、能楽など伝統芸能の9分野に広がっています。
300人以上が伝統芸能の現場で活躍し、現役の歌舞伎俳優の3割以上、竹本の8割以上、文楽技芸員の5割以上を研修修了者が占めています。
より安全に稽古を
中村好蝶さん 歌舞伎俳優研修22期生

2年間の研修を修了し、2017年から歌舞伎の女方の俳優として活躍する中村好蝶さん(26歳)は、山形県の出身。小学生のときに、地元の地歌舞伎(黒森歌舞伎)で踊りに魅了されて、俳優を目指し、研修生に。
「踊りだけでなく、三味線など、たくさんのことを習いました。「とんぼ」と呼ばれる前方宙返りなどアクロバチックな動きも練習しました」
歌舞伎の魅力のひとつである「荒事」では、主役たちが縦横無尽の強さを見せますが、それを引き立たせるのが脇役たちの「とんぼ」です。

「私が研修生のときにどういう状態だったかは覚えていないのですが…。「とんぼ」の練習で使うマットなどは安全に直結するので、クラウドファンディングで新しいものになるといいなと思います」
国立劇場養成課の担当者に聞いてみると、実際、破れており、今回のクラファンによって、マットは新調される予定です。
受講料無料を支える
研修生の受講料は無料ですが、国立劇場はコロナ禍もあり、運営の財務状況は厳しい状態です。
「研修を修了して(プロの)俳優になると、化粧の道具や習い続けている三味線などは、自分で負担するようになります。化粧の道具は、一般に売られている化粧品と違い、歌舞伎専用も多いのです。研修生のときにはそうした点を気にせずに稽古に集中できたのはありがたかったと今はより実感しています」と好蝶さん。
ボカロ好きから伝統芸能の道へ
窪田優人さん 歌舞伎音楽(長唄)研修8期生

今年春に3年間の研修を経て、”プロ”となった歌舞伎音楽長唄三味線方の窪田優人さん(20歳)は山梨県出身。「研修制度がなければ、この道に進もうとは思わなかったです」と話します。
「ボカロが大好きで、中学生のときに楽器を弾きたくなりました。たまたま母が持っていたのが三味線で、三味線を習うことになったのです。ギターがあればギターをやっていたかもしれませんね。高校1年の夏休みに、山梨で歌舞伎の公演があり、たまたまそれを見たときに、歌舞伎の音楽(黒御簾音楽)に三味線があることを初めて知り、衝撃を受けました」
すぐにインターネットで「歌舞伎三味線の演奏者になるには」と検索したところ、「ヤフー知恵袋のコメントで、俳優だけでなく音楽の研修生もあることが分かりました。長唄は3年に一度の募集で、この年を逃すと、次の募集は3年後になってしまう。それですぐに問い合わせて、翌年、東京の高校へ転校して、研修生になりました」と言います。
「三味線は弾くというよりも撥で叩くので、どうしても糸が切れたり、皮が破れたりします。うまくない頃はなおさら消耗が早いのです。そして三味線の道具は使う人が少ないので、かなり高価です」と窪田さん。

「歌舞伎音楽の長唄の養成は3年と俳優より1年長いのですが、僕の三味線の道は始まったばかりです。ボカロは今も好きで、ボカロの「千本桜」を自分でアレンジして三味線で弾くこともありますよ」と話していました。
研修発表会がより「夢の舞台」に
研修用具の買い替えや修繕のために始まったクラファンは目標(600万円)を超えました。超えた分については、研修発表会の充実などにも充てられます。国立劇場養成課の担当者は「研修生が自分たちでやりたいと思う演目にも挑戦できるようになれば」とクラファンへのさらなる支援を呼びかけています。
支援金は5,000円(+システム利用料)から。金額に応じて返礼のギフトがあります。クラファンのウェブサイトは以下のリンクから。
・伝統芸能の明日をになう、国立劇場の研修生にご支援を!
(読売新聞デジタルコンテンツ部 岡本公樹)