【レビュー】「風の時代」にふさわしいクール&ファンシー――世田谷美術館で「宮城壮太郎展 使えるもの、美しいもの」

宮城壮太郎展 使えるもの、美しいもの
-
会期
2022年9月17日(土)〜11月13日(日) -
会場
-
観覧料金
一般1200円、65歳以上1000円、大学生・高校生800円、小中学生500円
-
休館日
月曜休館、ただし10月10日は開館し、10月11日が休館
-
お問い合わせ
-
アクセス
東急田園都市線用賀駅北口から徒歩17分、もしくは用賀駅から美術館行きバスに乗って、美術館の停留所で下車、徒歩3分。小田急線千歳船橋駅から田園調布駅行きバスに乗って、美術館入り口の停留所で下車、徒歩5分 - カレンダーへ登録
詳細情報は公式サイト(https://www.setagayaartmuseum.or.jp/)で確認を
生活用品から都市の再開発計画まで、様々な「デザイン」に関わった宮城壮太郎(1951~2011)。没後10年あまり、長く居を構えた世田谷区で開かれているのが、今回の回顧展だ。「使えるもの、美しいもの」というサブタイトルの通り、展示されているのは、ホチキスや石鹸置きなど、日常的に私たちが使っているものばかり。シンプルで機能的な、いかにも「風の時代」で好まれそうな製品なのである。

「風の時代」? 何それ? 少し説明しておこう。西洋占星術によると、「風の時代」には2020年末から突入したとされる。占星術では天空を12星座で等分し、「宇宙を作る四大元素」と対応させる。「火」が「牡羊座、獅子座、射手座」、「地」が「牡牛座、乙女座、山羊座」、「風」が「双子座、天秤座、水瓶座」、「水」が「蟹座、蠍座、魚座」という具合だ。その天空上で、木星と土星が大接近することを「グレート・コンジャンクション」というのだが、それまで「土」の星座上で起きていたこの大接近が、2020年12月22日に「風」の星座である水瓶座で起こった。「グレート・コンジャンクション」は今後200年あまり、「風」の星座で起こるようになったのだ。それとともに、時代は「土」から「風」へと移った、というのが占星術による時代認識なのである。

「何だ、オカルトか」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれない。まあ、オカルトといえばオカルトなのだが、「土」から「風」へという時代推移についての占星術的分析を見てみると、単なるオカルトとも思えなくなる。
「土の時代」が意味するものは、「安定指向」であり「地縁」「血縁」の重視であり、「現実的な利益の追求」。一方、「風の時代」は「多様性」であり「情報」や「知識」の重視であり「型にはまらない自由の重視」なのだ。・・・・・・どうです? 「昭和の時代」と「令和の今」、価値観の変移を象徴しているように見えませんか?


その「土」から「風」への時代の変化は、ヒトの心の中だけでは終わらない。「心の変化」は「行動の変化」を呼び、それは「社会の変化」につながるからだ。「行動」や「社会」が変化すれば、ヒトが身近に置くモノや愛好する道具も変わってくる。誤解を怖れずに言えば、「土の時代」の「モノ」に対する価値観は、「権威」と「現実的な価格」をベースにしていた。これに対して「風の時代」の価値観は、「機能性」と「個人の趣味」になる。「土の時代」では「重厚」で「ブランドが重視」され、「地縁血縁が重視」されていたモノゴトが、「風の時代」ではより「グローバル」になり、「ブランドに関係なく」、「軽妙、かつ自由な意識の下で」行われるようになる。

宮城氏の仕事を見ていると、そういう「風の時代」を先取りしたようなデザインが多い、と感じる。もともと、氏の主戦場であったプロダクトデザインの世界は「機能主義」であり「無名性」が強く金額的にも「リーズナブル」なことが重視されていると思うのだが、ここに展示されているモノの数々からは、それらを高度に追求し、磨き上げたうえで現れてくる「美」が表現されているように思うからだ。思えばそれは、柳宗悦のいう「用の美」に近いものかもしれない。ただ、「土の時代」の「用の美」が、「土着性」や「ヒトの手のぬくもり」を強調したのに比べると、宮城作品のイメージは、もっと「軽やか」で「ファンシー」だ。例えば、《オールラウンドボールズ》。日本の住宅事情を考慮に入れたうえでのサイズや素材選択、さらに言えばシンプルでかつ飽きが来ないフォルムで、無意識のうちに楽しく日常に取り入れられていくモノになっているように見える。


決して押しつけがましくない。それでいて個性がないわけではない。ミュージアムショップにも並ぶ石鹸置き《Tsun Tsun》などからは、都会生活を彩るのにふさわしいエスプリが感じられる。普段あまりその来歴を気にせずに、何げなく使っている日用品の数々。改めてそれらがまとめて展示されているのを見ると、そこに様々な知性による工夫が込められ、さりげなくデザイナーのセンスが注入されていることに気付く。宮城が開発したリングファイルやバインダーなどの事務用品を愛用している人も多いだろう。そこに含まれる「知性」や「センス」は、間違いなく日々の仕事や生活を豊かにしてくれている。

「製品デザイン言論」履修 大学院生諸君へ――
展覧会のエピローグ「宮城壮太郎の想い」のコーナーには、こう題された一文が掲示されており、それはこんなふうに結ばれている。
〈情報を競争原理の素材 としてだけでなく、
ライフスタイルがどう変わるか?
社会的合意は形成されるのか?
その為にデザイン(エンジニアリング)に何ができるか?何をすべきか?
を考えながら社会で活躍してください〉
四大元素の「風」はタロットで言えば「剣」に相当する(ちなみに「土」は「金貨」だ)。それは、論理的な明晰さや忖度のない実力主義を表しているが、同時に、血の通わない冷たさやディスコミュニケーションによる疎外、の危険性をも示す。死の前年、宮城氏が残したこの文章は、そういう「風の時代」に生きる若者へのメッセージのようだ。最後に展示されているのは、その宮城氏が描いたブガッティーなどのクラシックカーの絵。手作り感にあふれ、とても表情豊かな「鉄の馬」たちの姿は、「風の時代」だからこそ人間らしい温かさを忘れてはいけない、と私たちに教えてくれているようにも見えるのだ。
(事業局専門委員 田中聡)
