【ルポ】\おうこくさん、新発見の山水障壁画/ 京都・南禅寺の塔頭、南陽院に 写生の真髄、繊細な表現 11月に一般公開も

京都画壇の代表的存在で、近年再評価の機運高まる木島櫻谷(このしま・おうこく、1877-1938)が京都・南禅寺の塔頭(たっちゅう)、南陽院に山水障壁画を描いていたことが分かりました。9月7日、報道関係者に公開されました。これまで専門家にもその存在は知られておらず、貴重な新発見です。11月3日からは特別公開が行われます。(美術展ナビ編集班 岡部匡志)
最盛期の貴重な大作
本堂の襖絵など5室計50面という大作。南陽院が開創された明治43年(1910)の制作と推定されます。当時、櫻谷は34歳で、最盛期の時期の作品ということになります。おうこくさんといえば動物画が有名ですが、山水画も生涯描き続けました。展覧会開催など、櫻谷の再評価に大きな役割を果たした泉屋博古館(京都)がこの秋、山水画に注目した櫻谷展を開催するにあたり、調査の過程でこの作品の存在を把握したそうです。日本各地の風景が描かれています。

「古きよき日本の風景」を題材に、リアルな表現
20歳代から30歳代の櫻谷は日常的には京都近郊で、また折々全国各地に長期旅行に出かけ、精力的に写生を行っていたことが分かっています。櫻谷文庫(京都市)にはおびただしい写生帖が残されており、そのスケッチと照らし合わせることで、襖絵の一部については、どこの場所の写生を生かして作成されているかも推定できるそうです。


海の景観は明石(兵庫)、若狭(福井)、興津(静岡)のスケッチと符合していました。


絵が描かれているのは襖だけではありません。収納用の棚である天袋には月、地袋には舟や芦が。その繊細でさりげない表現に引き込まれてしまいました。


こちらの水辺の風景は琵琶湖か三方五湖(福井)周辺と推定。

仏間に描かれれている景観は飛騨、昇仙峡(山梨)、耶馬渓(大分)と推定されます。

このように全国各地の景勝地がモチーフとして使われており、写生に賭けたおうこくさんの情熱を伺い知ることできます。一方で、写生をそのまま使うのではなく、自分の内面で昇華した風景にもなっています。薪を運ぶ木こりや牛飼い、漁村など、ありふれた日常の場面が描かれているのも特徴。
今回、障壁画を確認した実方葉子・泉屋博古館学芸部長は「古来、禅院の山水画といえば中国の景観に根差して、高邁な理想社会を描くのが通例でした。これに対して、櫻谷さんの作品は、実際の景色を踏まえたリアルなもので、きわめて近代的な感覚の山水障壁画といえます」と説明しました。
技法は近代的、かつ使う人の目線で制作
水墨画という古典技法を用いながら、実際の表現には西洋絵画の立体表現や遠近法、陰影表現といった要素がさりげなく取り込まれています。その背景について、実方部長は「当時、櫻谷さんは洋画家の大家、浅井忠と親しく交流していたことが分かっています。その影響もあると考えられます」。
さらに作品の特徴を挙げれば、まさにその「さりげなさ」でしょう。現場で見ると作品はあまり自己主張せず、塔頭らしいコンパクトな住環境に溶け込んでいました。
櫻谷さんの技量をもってすれば、もっと雄大な作品にすることも容易だったはずです。南陽院は明治43年(1910)の開創。南禅寺法堂の再建に尽力するなどした南禅寺派管長327世、高源室毒湛匝三(どくたんそうさん)の隠退後の居所として作られました。こうしたこともこの作品の背景にある、と実方部長は見ます。「おそらく、毎日部屋を使う人の目線を考えて描いたのでしょう。ダイナミックな作品はひと目見るにはいいですが、一線を退いた高僧が穏やかに暮らすための日常空間としてはどうでしょう。そのあたりにも櫻谷さんの細やかな気配りが伺えます」と分析。
報道陣への公開の席に同席した田島達也・京都市立芸術大学教授は「写生に重きを置いた櫻谷さんの作品は、その完成度から言って明治芸術の到達点と言ってよい存在でしょう。その後、人間の内面をどう描くかを重視する西洋絵画の影響で、注目を集める機会が減りましたが、近年、本来の魅力が見直されてきたということ。この障壁画も重要な作品として位置づけられると思います」と話していました。
現場でみてこその障壁画
自然と人を細やかに描いた作品は、素敵なお庭との調和も抜群です。庭園は七代小川治兵衛(植治)の作です。障壁画なので今後、外部で見る機会もあるかもしれませんが、やはりこのお寺の空間で拝見したい作品です。
というわけで11月3日(木・祝)から南陽院本堂「木島櫻谷 山水障壁画」特別公開が行われます。鈴木正澄南陽院住職は「これが最初で最後」と仰ってました。貴重な機会、近隣の泉屋博古館で開催される特別展「木島櫻谷 ― 山水夢中―」と併せてぜひご覧ください。詳しくは↓をご覧ください。
南陽院本堂の特別公開と、泉屋博古館の『木島櫻谷ー山水夢中ー』の開催要領は以下の通りです。
南陽院本堂「木島櫻谷 山水障壁画」特別公開 |
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期間:2022年11月3日(木・祝)~11月13日(日) 11月23日(水・祝)~12月11日(日) |
拝観時間:10:00~17:00 原則日時指定制 |
拝観休:月曜日 |
拝観料:一般1,000円 チケット取扱:イープラス https://eplus.jp/sf/word/0000118479 **同時期開催の展覧会や公開施設との企画チケットあり |
アクセス:地下鉄東西線「蹴上駅」より徒歩5分 |
問い合わせ先:泉屋博古館 Tel 075-771-6411 E-mail pr-kyoto@sen-oku.or.jp |
【南陽院】総本山南禅寺の塔頭(※、たっちゅう)で、明治43年(1910)第4代南禅寺派管長豊田毒湛(高源室)(1840-1917)が開創。毒湛隠退後の居所として、篤信家の丹治直治郎が寄進しました。7代小川治兵衛の手になる池泉式庭園があります。通常非公開。毒湛は徳望高く、明治42年には焼失していた南禅寺法堂の再建を成し遂げました。櫻谷は天井画制作を依頼された師・今尾景年を助けるなかで、毒湛に深く心を寄せたといいます。
※=本寺の境内にある小寺、わきでら。

泉屋博古館特別展『木島櫻谷ー山水夢中ー』
同館で3度目の櫻谷展は山水画を特集します。西洋画を取り入れた青年期から、明澄な色彩・大胆な構成で瀟洒に描く壮年期、最晩年の大作まで、日本各地を旅した膨大な写生帖も交えながら、生涯描き続けた山水画をたどります。
泉屋博古館特別展『木島櫻谷-山水夢中-』 |
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期間:2022年11月3日(木・祝)~12月18日(日) |
観覧時間:10:00~17:00 予約不要 |
入館料:一般1,000円(800円)、高大生800円(640円)、中学生以下無料 ()内は20名以上団体料金 |
休館日:月曜日 |
会場:泉屋博古館 京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24 https://www.sen-oku.or.jp/kyoto |
アクセス:●京都市バス5,93,203,204系統「東天王町」下車、東へ200㍍ ●32系統「宮ノ前町」下車すぐ |
問い合わせ先:泉屋博古館 Tel 075-771-6411 E-mail pr-kyoto@sen-oku.or.jp |