美術系YouTube「山田五郎 オトナの教養講座」のワダさん、シマザキさんに制作秘話を聞いてみた

美術系YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」。評論家・山田五郎さんが自らの解釈を加えながら名画を解説するこのチャンネルは、登録者数が44万人(9月20日現在)を超えるお化け番組だ。オーストリア・ザルツブルク大学に留学して西洋美術史を学んだ五郎さんの名画解説はさすがの一言に尽きるが、画家たちの生々しい人生、当時の人々の暮らしぶりなど交えながら、現代に生きる私たちに教訓を示してくれるあたり、評論家らしい「味付け」と言えるだろう。
読売新聞ポッドキャスト「新聞記者 ここだけの話」では、番組を制作する「東阪企画」のワダさんとシマザキさんにインタビューを行った。番組の誕生秘話やおすすめエピソード、収録外での五郎さんとのやり取りなど、番組では語られない制作の舞台裏を聞いた。(聞き手・読売新聞オンライン部 山根秀太)
――「山田五郎 オトナの教養講座」とは?
シマザキ 美術・絵画の素朴な疑問を山田五郎さんが分かりやすく解説してくれます。入り口は素朴でハードルも低いのですが、だんだん五郎さんの豊富な知識と巧みなトークで教養の深みにはまっていただく番組になっています。
――二人はメディアへの露出は初めて?
シマザキ・ワダ 初めてです。
――番組ではワダさんが描いたイラストでしか登場しません。
シマザキ どうです? 似てますか(笑)?
――似てると思いますよ。ワダさんは番組初期と比べて画力が上がっていますね。
ワダ いっぱい描いていると、どうしても良くなってきてるみたいで、「下手に描いてほしい」と言われます。
シマザキ 五郎さんにも言われていますね。
誕生の経緯「ワダの企画がもとになっています」
――番組誕生の経緯を教えてください。
シマザキ これはワダの発案で、テレビ制作会社でも当時YouTube動画はそれほどやっていませんでしたが、「やってみたい」という声は社員から出ていました。その中でワダがちょっと変わった企画を出してくれました。
ワダ 1回目の企画書を持ってきました。五郎さんが美術が好きで、おしゃべりが上手っていうのは分かっていましたが、「大島渚」というバンドでギタリストしていたというのを知らなくて…… それで美術とギターを連動させた企画を考えました。まず絵を発表して、その絵の説明をギターで弾き語りしてもらう企画です。
――だから番組初期は五郎さんが歌っていた?
シマザキ ワダの企画がもとになっています。
――「叫び」で有名なエドバルド・ムンクを歌った、あいみょんの「猫」の替え歌はすごく良かった。
シマザキ よかったですよね。番組スタッフもめちゃくちゃ「五郎さんすごい」ってなったんですけど、再生数が伸びないし、五郎さんもよほど大変だということで歌企画はお休みしています。
ワダ それで今の形態に落ち着いたということです。
――現在の番組形態でも五郎さんの下調べは大変そうです?
ワダ 絶対に大変です(笑)
シマザキ 五郎さんご自身の知識がベースになっていますが、五郎さんが学んだ当時の知識は、現代の研究でアップデートされてもいます。それらをすべて調べ直されているので、かなり大変だそうです。専門的な領域だと僕らもお手伝いできないので、五郎さんにお任せするしかありません。
――五郎さんの書斎の写真が番組内でも紹介されましたが、今にも本が「雪崩」を起こしそうです。
ワダ 一緒に片付けをしてほしいとお願いされています(笑)
五郎さんは「近所のおじいちゃん」みたい
――番組の編集作業はワダさんの担当ですか?
シマザキ 社員5人くらいでローテーションを組んで編集をしています。若手スタッフに編集をしてもらおうというのがありまして、彼らの個性も少し出すようにしています。テロップに使う言葉の選び方、編集の仕方というのは、派手になりすぎない程度で自由にやってもらっています。
――番組で紹介する絵画は誰が決めていますか。
シマザキ ワダと話し合って決めています。ワダの知ってる有名な絵が減ってきたので、ワダも自分で気になる絵を調べてくれて、「じゃあ、これを聞いてみようか」と五郎さんに投げかけています。
――初回は「モナリザ」でした。
ワダ 最初の頃は有名な絵しか知らないので、そういった絵をやってもらっていましたが、最近はもう、ないです。どれだけ疑問を出せるか、五郎さんが解説できる絵があるかという戦いになってきました(笑)
――二人にとって五郎さんはどういった存在ですか。
ワダ (東阪企画が制作している)BS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」でご一緒しているときから優しい方でしたが、YouTubeをやるようになってからは、私の不手際に厳しい言葉も受けることもありました。それでも優しく接してくれる「近所のおじいちゃん」みたいな方です。
シマザキ 収録の合間も気さくな方で、美術以外の時事ネタの知識も僕らに分けてくれます。
本当にやばい人とか性格がとんでもない人が多くて
――番組制作で苦労したことは?
シマザキ 民放のテレビ番組制作の仕組みだと、番組スポンサーがいて、そのスポンサー料から制作予算が出ます。でもYouTubeは資金ゼロの状態から始まります。五郎さんのギャラや制作スタッフの給料をどうするのか、社内で議論がありました。でも始めないと新しいことは出来ないから、「どうにかやろう」と。3か月ぐらいで収益化の目処がつきましたが、これからどうしようかっていうのもあります。何とかなっているという現状です。
――収録は五郎さんのご自宅で、低予算で制作をしているようです。五郎さんや番組スタッフの情熱で成り立っている面もありそうですね。
シマザキ 特に五郎さんには下調べを含めて頑張っていただいています。「ゴロワーズ(視聴者の通称)」の皆さんからのコメントで頑張れているというのもあります。
――番組を見ていると五郎さんもぼやきながらやっていますが、楽しみながらやっているようにもお見受けします。
シマザキ きっとそうだと僕も信じてます。番組の冒頭は、ワダを中心とした番組スタッフからの素朴な疑問から始まりますが、五郎さんはその疑問に答えるだけでなく、話題を膨らませて画家の人生とか、当時の時代背景まで語ってくれています。五郎さんの情熱がないとできないと思います。
――二人にとっておすすめの配信回を教えてください。
ワダ バジールの配信回です。このYouTubeだと、本当にやばい人とか、性格がとんでもない人が多く出てきます。その中でも「わーっ!」てなるくらい、唯一レベルのいい人エピソードだったので、こういう方もいるんだなと思って(笑) 本来は絵の中にいなかったバジールを、マネが後から描き足したという逸話も友情を感じました。
シマザキ 制作が大変だったエピソードにもつながりますが、ワダがお休みした配信回があって、まだ初期の頃で収録スタッフが僕しかいませんでした。五郎さんとマンツーマンだったので覚えてるというのもありますが、その配信回のアンリ・ルソーは、いかに美術界に影響を与えた人だったかを知って、めちゃくちゃ大事な回だったと気づかされました。一番好きな回です。
批判・指摘コメントも大歓迎
――YouTubeに挑戦して良かったことは?
ワダ すぐ視聴者のコメントが見られるのは参考にもなりますし、嬉しいです。
シマザキ ゴロワーズの皆さんはレベルが高くて。五郎さんは下調べしっかりしていただいていますが、それでも情報が高度なだけあって間違ってしまうこともあります。僕らもテロップで失敗したこともあります。そういった情報の訂正コメントをいただけるのが勉強になります。
YouTubeの悪いところは、見ない人は見なくなって、徐々に「番組信者」だけしか残らなくなることだと思います。批判・訂正のコメントは貴重だと思っていて、訂正とはいかないまでも、解釈が分かれるというケースもたくさんあります。「私はこう思う」というご意見をコメントでもらえるのは、めちゃくちゃいいなと。テレビだと届けたいことを出すだけになってしまうのですが、コメント含めて動画が完成すると思っています。コメントを含めて番組を見ていただきたいです。
――初期の頃に比べて番組の尺が徐々に長くなっています。五郎さんの気合とやる気が伝わってきます。二人が視聴者に伝えたいことは?
シマザキ 今はネットで調べれば知識はすぐ得られますが、その知識をどう利用するかが重要だと思ってます。自分に当てはめて教訓にするっていうのが大事かなと。五郎さんは自然にそれをされていて、画家の人生から見える教訓めいたものを面白がって見ていただきたいです。
――ワダさんは?
ワダ 私は、分からないことを「分からない」とちゃんと言うのは大事だと伝えたいです。分からないことをそのままにすると、五郎さんのお話も分からないままになるし、ADの仕事も分からないまま「はいはい」みたいにしていたら、大変なことになっちゃうので(笑)
ワダ「番組のイベントをしてみたい」
――確かに(笑)でもそれってなかなかできないことですよ。これから二人は番組をどう育てていきたいですか。
シマザキ 美術の話題は続けつつ、五郎さんは美術以外の知識も多い方です。そちらもいずれやってみたいです。
ワダ 五郎さんと美術館のロケに行ったり、番組のイベントをしてみたりしたいです。
――五郎さんはもう歌わない?
シマザキ 批判はありがたいって言いましたが、歌が一番批判が多かったかもね(笑)五郎さんは超美声ではないですが、なんかいいなって。実は歌の配信回は、収録したのはもっとあります。五郎さんが「ごめん、ボツに」っていうのが確か2本あるかも。ちょっとリクエストしてみよっか。
ワダ そうですね。
――最後にメッセージを。
ワダ いつも見てくださりコメントをくださり、ありがとうございます。これからも楽しく見ていただけたらと思っています。
◇読売新聞ポッドキャスト「新聞記者 ここだけの話」では、美術展ナビの「中の人」も出演しています。