親鸞聖人生誕850年 特別展「親鸞 生涯と名宝」 京都国立博物館で2023年3月25日開幕 史上最大の親鸞展

親鸞聖人生誕850年 特別展「親鸞 生涯と名宝」
会場:京都国立博物館 平成知新館
会期:2023年3月25日(土)~5月21日(日)
休館日:月曜日
料金:一般当日1800円(1600円)/大学生1200円(1000円)、高校生700円(500円) ※()内は前売料金
主催:京都国立博物館、朝日新聞社、NHK京都放送局、NHKエンタープライズ近畿
展覧会公式ホームページ: https://shinran850.jp/

浄土真宗を開き、今なおその魅力あふれる教えで多くの人を惹きつけてやまない親鸞聖人(1173~1262)は、2023年に生誕850年の節目を迎えます。今展では京都西本願寺・東本願寺、三重専修寺などの所蔵する親鸞ゆかりの名宝、約170件が集結。国宝11件、重要文化財約70件を含む史上最大規模の親鸞展として、日本の仏教史に偉大な足跡を残した巨人の歩みを紹介します。

展覧会の意義を説明した記者会見から(9月7日、京都国立博物館で)

親鸞が活躍したのは、源平の戦いや鎌倉幕府の成立、承久の乱など日本の歴史が大きく動いた時代です。京都で生まれ、9歳で出家して比叡山で修行。29歳で山を下り、法然上人の弟子となります。その後、法然教団は弾圧を受け、親鸞も越後に流罪になるなど苦難の時期を経て、関東で長く布教に励みます。やがて京都に戻り、晩年まで主著「顕浄土真実教行証文類」(教行信証)や「和讃」などの多くの著作の執筆や推敲を重ねました。本展では7つの章に分けて、親鸞の生涯とその事績、後世への教えの広がりなどを見つめます。以下、主な展示を紹介します。

<第一章> 親鸞を導くもの ー七人の高僧ー

親鸞は阿弥陀仏の救いが説かれる浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)を信仰し、その教えを伝えてくれたインド・中国・日本の7人の高僧(龍樹・天親、曇鸞・道綽・善導、源信・源空)を讃えました。ここでは親鸞を語る上で不可欠な阿弥陀仏と浄土三部経、7人の高僧を紹介します。

一尊十二光仏藕糸曼荼羅 室町時代(15世紀)福井 誠照寺(3月25日~4月23日展示)
国宝 観無量寿経註(部分) 親鸞筆 鎌倉時代(13世紀)京都 西本願寺(3月25日~4月30日展示〈巻替あり〉)

<第二章> 親鸞の生涯

記者会見で示された親鸞の歩んだ「足跡マップ」。流罪もありましたが、広い地域で活躍したことが分かります。

出家得度から法然との出会い、念仏弾圧と越後への流罪、京都での往生、大谷廟堂の成立という90年の生涯を振り返ります。

重要文化財 本願寺聖人伝絵(康永本)上巻(部分) 康楽寺円寂画・詞書覚如筆 南北朝時代 康永2年(1343)京都 東本願寺(5月2日~5月21日展示)

親鸞といえば「歎異抄」。親鸞の教えを曲解するものが現れたことを嘆いた門弟によって書かれました。「善人なをもて往生をとぐ。いはんや悪人をや」「親鸞は弟子の一人ももたずさふらう」などの有名な親鸞の言葉と、異義に対する批判を記しています。今回、展示されるのは蓮如が書き写した現存最古の写本で、末尾には諸本に見えない流罪の記録も掲載しています。

重要文化財 歎異抄 巻下(部分) 蓮如筆 室町時代(15世紀)京都 西本願寺(3月25日~4月9日展示)

老いて息子と縁を切る

重要文化財 善鸞義絶状(部分) 顕智筆 鎌倉時代 嘉元3年(1305)三重 専修寺(3月25日~4月23日展示)

関東で教えを曲解するものが現れたため、息子の善鸞を派遣して事態の収拾を図りますが、その善鸞が誤った教えを説いていることが発覚。84歳にして親子の縁を切ることになります。それを門弟に周知したのが「善鸞義絶状」です。「あさまし」「かなしき」「こころうき」など親鸞の心情を表す悲痛な言葉がならびます。

覚信尼絵像 室町時代(16世紀)新潟 福因寺(4月25日~5月21日展示)

親鸞と恵信尼の末娘、覚信尼をえがいたもの。

<第三章> 親鸞と門弟

「歎異抄」には親鸞は「弟子一人ももたずさふらう」と記されていますが、実際は多くの人々が帰依しました。ここでは親鸞の教えの広がりを紹介します。

重要文化財 顕智坐像 円慶作 鎌倉時代 延慶3年(1310)栃木 専修寺

顕智は下野(栃木県)高田の専修寺第三世。親鸞の直弟子で葬儀に際して骨を拾い、大谷廟堂の創建にも尽力しています。また親鸞の著作や「善鸞義絶状」などを多く書写して伝える重要人物です。

<第四章> 親鸞と聖徳太子

重要文化財 恵信尼書状類(第3通)(部分) 恵信尼筆 鎌倉時代(13世紀)京都 西本願寺(5月2日~5月21日展示)

親鸞は29歳の時に比叡山を降り、聖徳太子の創建と伝えられる六角堂へ100日間参籠し、聖徳太子の本地(本来の姿)である救世観音より夢告を受けたとされます。「恵信尼書状類」は、親鸞の没後に妻の恵信尼が娘の覚信尼に宛てた手紙。親鸞が比叡山で堂僧を勤めていたことや、六角堂へ参籠し95日目の明け方に観音より夢告を受け、法然の弟子になったことなどが記載されています。

<第五章> 親鸞のことば

記者会見では、公開される「教行信証」3冊が詳しく説明されました

親鸞自筆の著作や手紙、門弟が書写した著作や法語を紹介し、親鸞の人柄に迫ります。今回の展覧会の目玉のひとつとして、親鸞の自筆本を含む「教行信証」3本を初めて同時にお見せします。「教行信証」は多くの経典と注釈書から念仏往生に関する文を引用し、自身の信仰を体系化した主著です。

国宝 教行信証(坂東本)親鸞筆 鎌倉時代(13世紀)京都 東本願寺〈冊替あり〉

「坂東本」は、関東の坂東報恩寺に伝来した唯一の自筆本。60歳ごろまでの筆跡とともに、80歳代と考えられる加筆・訂正も見られます。長年の推敲の跡が、信仰にかける親鸞の強い意思を物語ります。

<第六章> 浄土真宗の名宝 -障壁画・古筆-

親鸞の教えが多くの人を魅了し、浄土真宗は大きく発展を遂げます。そこには法物のほかに数多くの名宝が伝来しています。

桜花図/松・藤花図のうち桜花図 望月玉泉筆 明治28年(1895)京都 東本願寺〈面替あり〉
国宝 三十六人家集(忠見集) 平安時代(12世紀)京都 西本願寺〈帖替あり〉

<第七章> 親鸞の伝えるもの -名号(みょうごう)-

浄土真宗の本尊「名号」。親鸞はこれを単なる阿弥陀仏の名前ではなく、阿弥陀仏の救済のはたらきそのものとして、それを称える念仏の教えを説きました。ここでは親鸞自筆の名号を、肖像とともに紹介します。

国宝 親鸞聖人影像(鏡御影)(部分) 専阿弥陀仏画・賛覚如筆 鎌倉時代(13世紀)京都 西本願寺(5月2日~5月14日展示)

記者会見では、浄土真宗(東西両本願寺)の信者数が、文化庁のまとめによると1500万人を超え、日本で最多であることも紹介されました。ある意味、日本人にとって最も身近な宗教家のひとりである親鸞聖人。その歩みと後世への影響について触れることは、日本の文化をより深く知る事に繋がるでしょう。ぜひ足を運びたい展覧会です。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

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