【レビュー】国宝・重要文化財約60点を一堂に展示――五島美術館で「秋の優品展 禅宗の嵐」

展示風景

秋の優品展 禅宗の嵐

  • 会期

    2022年8月27日(土)10月16日(日) 
  • 会場

    五島美術館
    http://www.gotoh-museum.or.jp/
    世田谷区上野毛3-9-25
  • 観覧料金

    一般1000円、高・大学生700円、中学生以下無料。

  • 休館日

    月曜休館、ただし9月19日、10月10日は開館し、9月20日、10月11日が休館

  • アクセス

    東急大井町線上野毛駅から徒歩約5分
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※会期中、一部展示替えあり

※同館HP:https://www.gotoh-museum.or.jp/

京極夏彦氏の『鉄鼠の檻』は、「禅」を物語の中軸に据えた長編ミステリーだ。講談社文庫版の解説で宗教学者の正木智氏が〈少なくとも私が現時点で了解している「禅」について、ほぼ完全に描き出されている〉と賞賛するように、細かくしかも分厚く、〈宗教学者のはしくれの私がいうのも変だが、禅の世界はまことに理解しがたい〉(正木氏解説)領域禅へと大胆に踏み込んでいる。数々の公案や「十牛図」などで見せる形而上学的で哲学的思考・・・・・・。そこに登場するのは、言葉や論理だけでは表現しきれない、深遠な世界。その『鉄鼠の檻』を愛読しているためだろうか、「禅」の美術は「感覚的」で「非日常的」で「世間の論理を超越したもの」という印象が、これまで個人的には強かった。仙崖義梵の絵画を例に出せば分かっていただけるだろうか。

《政黄牛図 清拙正澄賛》 元時代・泰定元年(1324)賛 五島美術館蔵

そういう筆者のあやふやな認識を、ちょっと改めさせてくれたのが、五島美術館で開催されている「秋の優品展 禅宗の嵐」だ。もちろん上掲の《政黄牛図》のように、筆者が思っていた「禅画」のイメージに合致しているものもある。だが、ここで展示されている絵画墨跡はそれだけに留まらない。より社会とどう結びついていたのか、当時の最先端文化とどのように関係していたのか。そんなことを考えさせてくれるのだ。

《一休宗純墨跡 偈頌》(室町時代・十五世紀、五島美術館蔵)の展示風景
【重要文化財】《虚堂智愚墨跡 二首偈》(南宋時代・十三世紀、五島美術館蔵)の展示風景

上に掲げたのは、一休宗純、虚堂智愚という高僧の書の軸。茶会の設えとして、古くから珍重されてきたのだという。学芸員さんの説明によると、「何が書かれていたか」よりも「どれぐらいの数の字が、どんなスタイルで書かれているか」にスポットが当たっていた面もあったそうで、要するに「おしゃれで格好いい」流行のインテリアだったわけである。軸にする際の装飾も、豪華な袈裟を象ったものであったそうで、それを茶会で飾ることが権力・財力・教養を示すことにもつながっていたようだ。もちろん、そういう事実が「禅」の哲学的・宗教的・精神的な意義を下げることではない。ただ、それとは別の「世俗の価値」や「社会的な意味」が「禅」の美術にあることを、改めて感じさせてくれたのである。

《蘭溪道隆墨跡 「風蘭」偈》鎌倉時代・十三世紀 五島美術館蔵
展示風景

まあ、禅宗が中国から到来して、それが社会に広がっていた過程を考えてみると、それも当たり前かもしれない。何しろ当時の仏教僧というのは、インテリもインテリ、その時代の最高峰の頭脳集団だった。その人たちが持ち帰った最新・最先端の思想である「禅」が「おしゃれで格好いい」ものでないはずがない。その思想を反映した書画などの美術品であれば、なおさらだ。五島美術館は昔から古写経や墨跡の収集に定評があり、この展覧会で紹介されているのは、そういう収集品のごく一部だが、展示の解説をじっくり見ながらこれらの美術品がどのように扱われていたかに想いを馳せると、日本文化の中で「禅」の影響がいかに大きいかが、少しずつ腹に落ちてくる。もちろん、夢窓疎石ら歴史上に名を残す名僧たちの残した重要文化財級の墨跡の数々は、作品だけを見ていても、何だか神妙な面持ちになってしまうような存在感と魅力があるのだが。

【重要文化財】《古伊賀水指 銘 破袋》(桃山時代・十七世紀、五島美術館蔵)の展示風景

同時開催の特集展示は「館蔵の日本陶器コレクション」。見ものは、重要文化財の《古伊賀水指 銘 破袋》。だろうか。大きく歪んで割れた姿には、いかにも武将茶人・古田織部が好みそうなボテッとした存在感がある。「未完成の美」、「アンシンメトリーの美しさ」・・・・・・。現代の日本にもある美的感覚の源流。「禅」の美術とともに、日本文化の「基本」や「歴史」を問わず語りのうちに教えてくれる。

(事業局専門委員 田中聡)

展示風景

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