【レビュー】いろんな形で「ヒト」を描いた日本画展――板橋区立美術館で90周年館蔵品展「ぞろぞろ わいわい 人だらけ 狩野派も、それ以外も」

作者不詳 《蘭人少年像》 江戸時代(18~19世紀) 紙本著色 歸空庵コレクション

90周年館蔵品展「ぞろぞろ わいわい 人だらけ 狩野派も、それ以外も」

※詳細情報は公式サイト(https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/)で確認を

まずは上の画像を見ていただこう。

タイトルは《蘭人少年像》。その名前の通り日本人ではなさそうな、リアルに描かれた少年の肖像画である。だが、これが展示してあるのは「日本画展」なのだ。よくよく見ていくうちに、いろんな疑問が沸いてくるのである。

一体、これは誰が描いたのか。なぜ、軸装されているのか。そもそも、この子は何者なのか――。

明らかにレベルは高いのだけど、何のためにどういう経緯で描かれたのが分からない一枚、今回の展覧会は、まずこの絵を含む肖像画から始まる。

展示風景

板橋区立美術館は、江戸狩野派をはじめとする近世日本絵画の収集で有名な美術館である。「洋風画」のコレクションで知られる「歸空庵コレクション」の寄託も受けている。それら所蔵品の中から、「人」を描いた作品を紹介しているのが今回の展覧会。とはいえ、なかなか個性あふれるセレクションになっている。

下の2枚の画像を見れば、何が言いたいか、少し分かっていただけるかもしれない。上は「歸空庵コレクション」に含まれている長崎の画家・川原慶賀の作品。何ともまあ、見事に西洋の風刺画のタッチである。下は美人画で知られる浮世絵師・勝川春潮がふたりの「少年」を描いたもの。何というか、BLっぽい匂いがそこはかとなく漂っている。

誤解を怖れずにいえば「クセが強い」作品が目立つのだ。内角に直球が来るのかな、と思っていたら、実は手元で懐に食い込んでくる2シームのように。「お主やるな」と思わずつぶやいてしまいそうな、「山椒が利いた」感じの展示になっている。

川原慶賀 《蘭人図》 江戸時代(19世紀) 紙本著色 歸空庵コレクション
勝川春潮 《喫煙若衆図》 江戸時代(18世紀) 絹本著色 板橋区立美術館

例えば、美人画のコーナー――。

下の2枚は、ここに展示されている作品である。上は「素川」こと狩野章信の作品。下の浮世絵、《狆と芸妓図》を描いた水野蘆朝は旗本だそうだ。狩野派のバリバリ、章信の作品は何だか浮世絵のようだし、逆に水野の作品からは浮世絵離れした「品格」を感じる。どちらもスタンダードから、ちょっとだけ離れているように見えるのである。「雅」と「俗」の絶妙なミックス。考えてみれば、冒頭の少年の絵や川原慶賀の作品も「西洋」と「日本」がミックスされているわけで、そういう所が、独特の「色気」を生んでいるのかもしれない。展示は「ひとり」を描いた作品、「ふたり」を描いた作品・・・・・・と続いていくのだが、いろんな所でそういうミックス感覚を味わえる。

狩野章信 《美人図》 江戸時代(18~19世紀) 絹本著色 板橋区立美術館
水野蘆朝 《狆と芸妓図》 文政4年(1821) 絹本著色 板橋区立美術館

河鍋暁斎の2枚の絵などは典型だろう。下に挙げた《骸骨図》は酒席に招かれてサラサラと描いた「席画」のようだが、暁斎らしい軽みの中に骨太な描写力を感じる。もう一枚の暁斎の絵、《浮世絵大津之連中図》はまさにミックス中のミックス。大津絵の人気者たちを描き込んだ一隻の屏風。まあ、歌川国芳の弟子に始まり、狩野派に入門し直した暁斎の存在自体がミックスなのかもしれないが。ちなみに、下の絵は作者不詳の《西洋風俗図》。中世ヨーロッパの装飾写本を思わせるタッチだが、使われている絵の具は日本のもののようだ。他国の技術を吸収し、換骨奪胎して自分のものにするのが得意な日本文化。その典型である歌舞伎という演劇を坪内逍遙はギリシャ神話の怪物キマイラに例えた。展覧会場に並んでいる数々の「ヒト」の絵を眺めていると、そんなことを思い出す。

《骸骨図》=河鍋暁斎、江戸~明治時代(19世紀)、板橋区立美術館=の展示風景
作者不詳 《西洋風俗図》 (全12枚のうちの9枚目) 桃山~江戸時代(17世紀) 紙本著色 歸空庵コレクション

もちろん、「正統的な」日本画も数多く並んでいる。下に掲げた《唐子遊図屏風》は狩野派らしい華やかで祝祭感覚にあふれた作品。雪村の《布袋図》は、禅画らしい軽さと洒脱さが楽しい。板橋区立美術館にある浮世絵はすべて肉筆画なのだそうだが、退色も少なく、まるでリアルタイムでその時代の絵を眺めているような感覚にもとらわれる。それぞれの時代、それぞれの場所で、様々な技巧を学び、試みながら個性を磨いていった絵師たち。その息づかいが感じられるようなのである。

《唐子遊図屏風》=狩野典信(栄川院)、江戸時代(18世紀)、六曲一双、板橋区立美術館=の展示風景
雪村 《布袋図》 室町時代(16世紀) 紙本墨画淡彩 板橋区立美術館

「国宝」や「重要文化財」はないかもしれないが、つい足を止めて見入ってしまう「クセの強い」作品たち。とある演劇評論家が昔、教えてくれたことがある。「友人たちと劇場に行って、その後の酒場で(喫茶店でもいいけども)1時間でも2時間でもそこで見た芝居の話が出来たら、その芝居は君の人生をとても豊かにしてくれているんだよ」。ここに並ぶ絵の話をし始めたら、1時間や2時間では利かないのではないだろうか。その展覧会が「入場無料」。とってもお得なのではないでしょうか。

(事業局専門委員 田中聡)

歌川豊春 《邸内遊楽図》江戸時代(18世紀)絹本著色 板橋区立美術館

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