【京都】「美しき⾊、いにしへの裂」細見美術館で8月28日まで 2人の染織家が追い求めた温故知新

「美しき⾊、いにしへの裂 -〈ぎをん齋藤〉と〈染司よしおか〉の挑戦-」
会場:細見美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
会期:2022年7⽉2⽇(⼟)〜8⽉28⽇(⽇)
休館日:月曜日(祝⽇の場合、翌⽕曜⽇)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時半まで)
観覧料: 一般 1,400円、学生1,100円
詳しくは細見美術館の公式ページヘ。

京都市東山区の新門町通り。この町で、同時代を生きた2人の染織家が家業を継ぎながら、伝統を深く研究し、理想の美を追求しました。
ひとりは、京都の呉服専⾨店「ぎをん齋藤」七代⽬当主・齋藤貞⼀郎⽒(1948~2021年)、もうひとりは、植物染めの「染司よしおか」五代⽬当主・吉岡幸雄⽒(1946~2019年)です。
「主人(齋藤さん)は、行き詰るといつも吉岡先生のところへ行って話し込んでいました。歴史の中に置いていかれた先人の技術をこれからのために残したい。そのために2人で道をつくろうとしたのだと思います」(ぎをん齋藤の女将で齋藤さんの妻・優子さん)

齋藤さんと吉岡さん、2人が挑んだ軌跡を追う特別展「美しき⾊、いにしへの裂 -〈ぎをん齋藤〉と〈染司よしおか〉の挑戦-」を関係者が語るエピソードや作品の楽しみ方とともにご紹介します。

失われた「いにしえの色」を再現した吉岡幸雄

吉岡 幸雄 ⽒(よしおか さちお・1946-2019)
京都⽣まれ。1973年、図書出版「紫紅社」を設⽴。美術⼯芸の雑誌・全集・豪華本などを編集・出版。1988年、⽣家「染司よしおか」五代⽬当主を継ぎ、⽇本の伝統⾊の再現に取り組んだ。著書に『⽇本の⾊辞典』、『源⽒物語の⾊辞典』(紫紅社)、『失われた⾊を求めて』(岩波書店) など。

伝統的な植物染めにこだわり、失われてしまった日本古来の色を復活させた吉岡さん。平安時代の『延喜式』など文献資料を読み解き、正倉院ぎれなどの染織遺品を研究。その成果をもとに古代の技術といにしえの色の再現に挑み続けました。奈良時代の正倉院宝物の染織品を復元したことでご存じの方も多いのではないでしょうか。

展示は、吉岡さんが紫草の根を使用する「紫根染め」を再現するため、その栽培を復活させたほど心血を注いだ「濃紫こきむらさき」からスタート。この色は、古代の高貴な人が身につけた色です。

会場で濃紫(こきむらさき)について説明をするのは染司よしおか六代目の吉岡更紗さん

光明皇后が東大寺の盧舎那仏るしゃなぶつ(大仏)に献納した亡き夫(聖武天皇)の遺愛品や大仏開眼会かいげんえで使用された品々。それらは、正倉院宝物として、今日まで守り伝えられてきましたが、その中に奈良時代の濃紫を見ることができます。写真中央の「試作 紫地鳳凰文錦 復元」は、正倉院宝物の「紫地鳳形錦御軾むらさきじおおとりがたにしきのおんしょく」という聖武天皇の御軾(肘掛けのクッション)の裂地を再現したもの。

試作 紫地鳳凰文錦 復元

オリジナルは、約1300年も経っているため、やはり当時よりは退色しています。吉岡さんの復元作品を見ることで、聖武天皇が実際に目にした濃紫は、深く鮮やかな色だったことが分かります。

幻の技「夾纈(きょうけち)」に挑む

吉岡さんは、あまりにも手間を要する高度な技法なため、発祥の地インドや中国でも滅び、日本では平安時代以降に途絶えてしまった「夾纈きょうけち」技法の解明にも挑みました。文様を彫った2枚の版木で布を挟み締め染め上げる技法です。

写真右が「試作 花樹双鳥文夾纈 復原」

挑んだのは、正倉院宝物の「花樹双鳥文夾纈かじゅそうちょうもんきょうけち」という一枚の裂の復元。同作の染料には藍、苅安かりやすの黄、茜の3色が使われており、色ごとにあなを塞いで染め上げる「多色夾纈」は、本当に難しく幻の技法と言われているとか。

「版木の文様は深めに彫って、孔を3200以上空けています。布を板に挟んでから、例えば赤を染める時には、それ以外の色の孔には栓をします。その板ごと浸染し、また別の色を染める時には塞ぐ色を変えて染め分けます。布がズレてしまうので、全部終わるまで挟んだ版木を開けることができず、ようやく開けて失敗していたことも」と、この技法の複雑な工程を六代目の更紗さんが説明します。

古いものを熟知して新しいものに昇華させた齋藤貞⼀郎

齋藤 貞⼀郎 (さいとう ていいちろう・1948-2021)
京都⽣まれ。1843年創業の⽼舗呉服店「ぎをん齋藤」七代⽬当主。染織コレクターとしても知られ、そのコレクションは、辻が花や縫箔、慶⻑裂を中⼼に古代から近世までの⽇本の染織、さらには中国の出⼟裂にまで及ぶ。著書に『布の道標 齋藤貞⼀郎 古裂コレクション』(紫紅社)。

1843年創業の⽼舗呉服店「ぎをん齋藤」の家業を継いだ齋藤さん。実際のものを見て学ぶことに努め、貴重な古裂の蒐集家としても知られています。本展では、コレクション約100点から、特に刺激を受けた日本のルネサンスとも呼ばれる桃山時代の慶長裂を中心に展示。齋藤さんは、呉服を売る立場でもありましたが、自ら美しいものをつくりたいという「職人気質」でもあったそうです。

「霞に扇面散らし文繡箔」 桃山時代(16世紀) 齋藤貞一郎コレクション

同じ歳である現代美術作家の杉本博司さんとも親交があり、彼の影響を受け、アートディレクター的な立ち位置で、古裂の技術や表現を踏襲した上で昇華し、新しい作品を創り出しました。「古裂を再現することは、消滅してしまった良き時代のエッセンスを現代に蘇らせることである」という言葉を遺しています。

ライフワークとなった摺箔(すりはく)

「摺箔老松屏風」の一部 銀箔と金箔 (七曜シリーズの木)※前期展示(7月31日展示終了)

桃山時代の裂や技術に心惹かれた齋藤さんは、「摺箔すりはく」を主役できないか試み、作品を生み出すことをライフワークとしました。摺箔は、金銀の箔を用いた装飾技法のひとつで、箔を布に貼り付けるもの。能装束などで残るものの、江戸時代前期には廃れてしまった技法です。

職人と試行錯誤し、七曜(火・水・木・金・土・日・月)をテーマにシリーズ化し箔表現作品をつくりました。しかし、大病のため、七曜は完成には至りませんでした(火、土が未完)。

「摺箔金龍屏風」の一部(七曜シリーズの金)。大胆さと繊細さが共存した美

摺箔作品の鑑賞の楽しみ方について「遠くから見ると大胆さがあり、近くで見ると分かる繊細さが魅力です。間近でよく見ると金の中に細かい草花が描かれており、さらに葉脈などが細い線で上から描かれていることが分かります」と「ぎをん齋藤」の田中創造さんが説明します。

摺箔作品に関しては、自身の求める<桃山>の輝きを表すため、24金を使用するこだわり。絵画のような奥行きがあるのが特徴で、平家納経などの古画を研究し、昇華して表現にいかしています。

こちらの観世音菩薩額(摺箔)は、平家納経をモチーフに製作。「作品の元になった古裂とそれを再構築し新たに創り出された現代の作品を見比べて、齋藤(貞⼀郎)氏の頭の中がどうなっていたのか覗いてみてください」と田中さん。

2人の共通点 「古裂蒐集」と右腕となった熟練職人の存在

唐花文錦(からはなもんにしき) 奈良時代 8世紀 民間に流失した最大級の正倉院裂 齋藤貞一郎氏のコレクション

齋藤さんと吉岡さんに共通するのは「古裂蒐集こぎれしゅうしゅう」です。2人とも正倉院裂といった貴重な上代の裂など、博物館に収蔵されるレベルのものをコレクションしていました。骨董・古美術商が多い新門町という環境もあったと推測されます。「2人は、しょちゅう立ち話をして、大好きな古裂談をしていたのを覚えています。時に自慢話もあったと思いますよ」と、ぎをん齋藤の女将優子さんは思い出します。

菊に雑宝文荷包 中国の遼墓(10~11世紀)から出土した子ども用のポシェット。齋藤貞一郎氏のコレクション

また、吉岡さんには、いずれも熟練職人の染師・福田伝士さんが、齋藤さんには、金彩職人の道家康伸さんが、それぞれ右腕となっていたという共通点があります。職人たちに「当時の職人のクオリティでやってほしい」と技術向上のため、コレクションした古裂を見せていた逸話も残ります。

染織の本道を探求

同時代に染織の道でこだわり抜いた生き様をみせた2人が新門町という狭いエリアに居たことは、「ある意味奇跡」だと本展担当の伊藤京子学芸員は語ります。2人は現代に何を遺したかったのか?作品から、それぞれの強い想いが伝わってくる展覧会です。(ライター・いずみゆか)

新着情報をもっと見る