【レビュー】特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」<わかりやすい>にこだわった展覧会

国宝《唐獅子図屏風》(右隻)狩野永徳筆、(左隻)狩野常信筆 右隻:桃山時代(16世紀)、左隻:江戸時代(17世紀) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~8月28日

特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」
会期:2022年8月6日(土)~9月25日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
開館時間:10:00~17:00
9月の金・土曜日は19:30まで開館
※入館は閉館の30分前まで
※本展は日時指定予約の必要はありませんが、今後の状況により入場制限等を実施する可能性があります。
観覧料金:一般 2,000円、高・大学生 1,200円
※中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料
休館日:月曜休館、ただし9月19日(月・祝)は開館
※会期中、展示替えおよび巻替えあり
前期展示:① 8月6日(土)~8月28日(日)/ ② 8月6日(土)~9月4日(日)
後期展示:① 8月30日(火)~9月25日(日)/ ② 9月6日(火)~9月25日(日)
詳しくは展覧会の公式HPへ。

8月6日より東京藝術大学大学美術館にて、特別展「日本美術をひも解く─皇室、美の玉手箱」がスタートしました。開幕前より伊藤若冲の《動植綵絵》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)が10幅公開(後期展示①)されることなど、話題の多かった展覧会。皇室ゆかりの品を収める宮内庁三の丸尚蔵館収蔵の国宝全5件を含む名品の数々と、東京藝術大学の収蔵品をあわせた82件が公開される、まさに「美の玉手箱」といえる内容です。

4つの章で日本美術をひも解いていく

会場風景 手前:《菊蒔絵螺鈿棚》(図案)六角紫水/(蒔絵)川之邊一朝ほか/(金具)海野勝珉 明治36年(1903) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 通期展示

もちろん、ただ単に美術品が並んでいるわけではありません。タイトルにもある通り、「日本美術をひも解く」が本展のテーマです。本展では8世紀から20世紀までの多彩な美術品をもとに、日本美術を解説していきます。

「文字からはじまる日本の美」、「人と物語の共演」、「生き物わくわく」、「風景に心を寄せる」という4つの章で紹介されるそれぞれの作品は、いずれも日本美術の中で重要なものばかりです。しかし中には、「どうしてこれが重要なのだろう?」と思うものもあるかもしれません。

美術には、それが「なぜ重要なのか」という知識が求められるシーンがあります。重要かどうか以外にも、「なぜこの場面でこれが描かれているのか」や、馴染みのない用語や技法が出てくることもあるでしょう。
美術鑑賞が、何やらとっつきにくいものに思えてしまうのは、こういったことも原因のひとつであるように思えます。

会場風景 会場の随所にはこのようなフキダシが。馴染みのない用語があっても、安心して鑑賞できます

そんな不安を解きほぐすのが、この展覧会です。
「教科書のような」と称される展覧会は多数ありますが、こちらはまさにその決定版。日本美術の鑑賞をどの時代から、どのジャンルから始めれば良いかわからない人にこそ、全力でおすすめしたいのが本展なのです。会場で得た知識は、必ず、大いに、次に訪れる展覧会で役立つでしょう。

一度は見ておきたい 選りすぐりの名品たち

日本美術ビギナーの人にこそおすすめしたいと書きましたが、すでに日本美術を鑑賞してきているファンにとっても、嬉しい展覧会であることは間違いありません。なにしろ8世紀から20世紀までをひも解くわけですから、その中でも選りすぐりの名品が並んでいます。
本展は期間中にいくつか展示替えが行われます。ざっくり2つに分けると、前期が8月6日から28日まで、後期は8月30日から9月25日まで。紹介したい作品は山ほどありますが、まずは目玉となる3点を挙げたいと思います。

唐獅子図屏風の大きさにびっくり

国宝《唐獅子図屏風》(右隻)狩野永徳筆、(左隻)狩野常信筆 右隻:桃山時代(16世紀)、左隻:江戸時代(17世紀) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~8月28日

まず前期展示で注目されているのが、国宝《唐獅子図屏風》。初めて見る方は、まずこの大きさに驚くはずです。
こちらは右隻を狩野永徳が、左隻をひ孫の狩野常信が描いています。といっても同じ時代に描かれたものではありません。先に右隻が桃山時代(16世紀)に永徳によって描かれましたが、当時は屏風ではなく、主人の座の背後を飾る大きな障壁画でした。
江戸時代(17世紀)に入り、この絵は屏風に仕立て直されます。そこで対となる左隻を担当したのがひ孫の常信。右隻に向かって獅子が駆け寄る様子は、先に描かれた獅子たちの子どものようにも見えますね。勇猛な絵柄が好まれた時代と、のびやかな文化が花開いた時代を繋げる常信のユーモアが光ります。

酒井抱一の琳派ワールド

《花鳥十二ヶ月図》酒井抱一筆 江戸時代 文政6年(1823年) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~8月28日

続いて酒井抱一の《花鳥十二ヶ月図》。抱一はいくつかの十二ヶ月揃いの花鳥図を描いており、こちらの作品も琳派の絵師らしい技法や、抱一が得意とする草花が描かれています。
十二ヶ月花鳥図は人気のお題で、多くの絵師が描いています。本展の抱一作をきっかけに、その他の絵師たちの作品を見比べてみるのも面白いかもしれません。

ミクロにしてマクロな若冲の動植綵絵

後期展示は何と言っても、2021年に国宝に指定された伊藤若冲の《動植綵絵》でしょう。若冲がおよそ10年の歳月を費やし描いたこの作品は、全部で30幅の超大作。今回はそのうち10幅が公開されます。
この作品は、もとは《釈迦三尊像》(京都・相国寺蔵)とともに、京都・相国寺に寄進されたもの。廃仏毀釈を経た同寺が作品保護を願い、皇室へ献上したのです。仏教に大きな影響を受けていた若冲は、この《動植綵絵》にあらゆる生き物の命の尊さを描いています。ミクロにしてマクロの世界は一見の価値あり。これだけまとまっての展示はなかなかないので、ぜひお見逃しなく。

目玉ではない……けれど見ておきたい名作たち

《恩命帖》藤原佐理筆 平安時代 天元5年(982) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~9月4日

チラシでは取り上げられていない中にも、注目の作品はたくさんあります。
和様の書の確立に寄与した、藤原佐理すけまさが書いた《恩命帖》。内容は道具の調達ミスを詫びたものですが、リズミカルさがあります。和歌集が作られた平安時代は、歌合など和歌の競技が盛んでした。素早く美しく和歌を詠むために、ひらがなが生まれた時代。字が美しいことは貴族にとって大きなアドバンテージでした。

北斎の西瓜と由一の鮭

手前:《西瓜図》葛飾北斎筆 江戸時代 天保10年(1839) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~8月28日 奥:重要文化財《鮭》高橋由一筆 明治10年(1877)頃 東京藝術大学蔵 通期展示

日本でもっとも有名な絵師のひとり、葛飾北斎。冨嶽三十六景をはじめとする浮世絵や、肉筆画においてもダイナミックでエネルギーにあふれる画風が特徴ですが、本展で展示されている《西瓜図》はとても静謐です。
西瓜の断面にかぶせられた和紙の水を吸った質感など、この時代では少し異質ともいえる、リアルな描写が目を引きます。隣には高橋由一の重要文化財《鮭》が。江戸から近代絵画へと進む写実表現の過程が伺えるようです。《西瓜図》は8月28日までの展示ですので、気になる方はお早めに。

手前:《浜松図屏風》海北友松筆 桃山時代 慶長10年(1605)、奥:《網干図屏風》海北友松筆 桃山時代 慶長7年(1602)頃 ともに宮内庁三の丸尚蔵館蔵【展示期間】2022年8月6日~8月28日

2017年に京都国立博物館で開催された展覧会をきっかけに、再び注目されるようになった海北友松。彼は狩野派の絵師として活躍していますが、武家出身ということもあってか、迫力のあるものや大らかな作品を多く手掛けています。本展出品作は大胆な構図と瀟洒な印象が光る2点。いずれも8月28日まで。

七宝の名品も注目

《七宝四季花鳥図花瓶》並河靖之作 明治32年(1899) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 通期展示

近年、明治時代の工芸品に再び注目が集まっています。中でも「明治七宝界の双璧」と謳われる濤川惣助と並河靖之の2人の七宝家は要チェック。濤川は無線七宝、並河は有線七宝と、それぞれ技法は異なるものの、それぞれ帝室技芸員を拝命した技術は超絶技巧の名にふさわしいものとなっています。
また、8月30日より展示される安藤緑山の《柿置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)も見事。これが象牙なんて信じられないと驚くこと必至の名品です。

本展図録は強力な相棒になる

この先の鑑賞で必ず役立つ「レファレンス解説」(本展図録より)

冒頭で「教科書のような展覧会」と書きましたが、もしあなたがこれから日本美術の鑑賞をスタートさせたいと思っていらっしゃるなら、本展の図録をおすすめします。
大きな図版に優しい解説、要所で技法や用語の説明も掲載。巻末には詳細な作品解説と作家解説、さらには日本美術を鑑賞するうえで頻出する言葉をまとめた、レファレンス解説が収載されています。
「とりあえずこれだけ知っていれば、大体の展覧会は困らないし楽しめます!」という気概を感じる一冊。かなり強力な相棒になるはずです。

今この瞬間も積み重なる日本美術の歴史

『日本美術史』講義ノート (講述)岡倉天心、(筆記)原安民 明治24年(1891) 東京藝術大学蔵 通期展示

さて、展覧会の一番はじめの部屋にあるのがこの『日本美術史』講義ノート。岡倉天心が講述したものを、原安民が筆記したものです。そこにはこんな言葉が書かれています。
「歴史は過去の事蹟じせきを編集した記録であるから死物だとするのは誤りで、私たちの体内にあって活動しつつあるのが歴史なのだ」。
私たちがこうして足を運ぶ展覧会も、また美術の歴史のひとつです。現在進行形で積み重なっていく美術史を体験しながら、時に過去にさかのぼりつつ、日本が歩んできた美術の歴史を、本展をきっかけにひも解いていきませんか。
(ライター・虹)