【レビュー】復帰50年 本土へ寄せる一筋縄ではいかぬ思い 「フッキ クオリア」展 沖縄県立博物館・美術館

復帰50年コレクション展 フッキ クオリア FUKKI QUALIA 「復帰」と沖縄美術
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会期
2022年7月20日(水)〜2023年1月15日(日) (前期:7/20(水)~10/16(日)、後期:10/22(土)~2023年1/15(日) 、休室期間10/18(火)~10/21(金)、 会期中に展示作品の入替えがあります) -
会場
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観覧料金
一般400円(320円)、高校・大学生220円(180円)、県外小中学生100円(80円)、県内小中学生無料
※()内は20名以上の団体料金、※未就学児、70歳以上の方、障がい者手帳をお持ちの方および介助者1名は無料(身分証の提示が必要です)
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休館日
月曜日(月曜日が祝日に当たる場合は開館し、翌平日が休館)、年末年始(12/29(木)~1/3(火))
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開館時間
火・水・木・日 9:00~18:00(入館は17:30まで)
金・土 9:00~20:00(入館は19:30まで) - カレンダーへ登録
<フッキ>の響きに滲むもの
1972年の沖縄の施政権返還は、沖縄では「祖国復帰」「本土復帰」「日本復帰」「沖縄返還」など様々な呼ばれ方をします。そして沖縄の多くの人々は単に「復帰」と呼ぶそうです。本展を担当した大城さゆり学芸員は「誰がどこに復帰するのか、あいまいな響きのある<フッキ>には、沖縄がこの間に歩んだ苦難の歴史と、本土への複雑な心情がにじんでいます」と語ります。またラテン語である「QUALIA(クオリア)」は、赤いリンゴを見て「赤い」と感じるような主観的な経験に基づく感覚と言われます。復帰から50年を経て、沖縄に住む人の6割はすでに「復帰」を直接経験していない世代となりました。復帰をめぐる県内のアーティストたちの歩みを紹介する同展を通じて、復帰を経験した人にも、そうでない人にも、様々な「フッキ クオリア」を感じてほしい、という思いが込められています。
鋭い問題提起、50年後も力を失わぬ皮肉
展示会場の冒頭に置かれているのは戦後の沖縄を代表する美術家のひとり、真喜志勉(1941-2015)のインスタレーション「大日本帝国復帰記念」です。「復帰」からひと月後の1972年6月、真喜志は個展を開催。招待状は「赤紙」(召集令状)の書式そっくりという凝りようで、硫黄島の名高い報道写真の星条旗を日の丸に代えたパロディと、東条英機の肖像がシルクスクリーンで大量に制作され、会場を埋め尽くしていました。



今回はその展示を再現しました。「支配者が変わっただけ」という真喜志のメッセ―ジは明確ですが、それをポップに、皮肉を交えた表現に落とし込んだ手腕の確かさと、復帰からひと月というタイミングで世に問うたセンスに改めて驚きます。さらに、半世紀経過した今も、真喜志の問題提起が有効である、という厳しい現実が見る者に突き付けられます。
今展では、大枠としては前期が1972年から始まって終戦まで沖縄美術を遡っていき、後期は1972年を起点に現代へ進む、という形で展示替えも行われますが、この真喜志の作品は通期で展示されます。大城学芸員は「復帰50年を考えたとき、過去や未来への出発点としてこの作品ほど相応しいものはない、と考えました」と説明します。
「母なる」本土、その思い、そして今

『鉄の子カナヒル』など絵本作家として名高い儀間比呂志(1923-2017)の油彩画はさすがの表現力に圧倒されます。《海上集会》とは復帰前の1963年から69年にかけて、沖縄の早期本土復帰を求めて、当時の本土側との境界であった北緯27度線付近に沖縄側と本土側双方から船を出したアピール行動です。一緒に歌ったり握手したりして連帯を強めました。
本作はその模様を描いた作品で、中央の母子像は<母=本土><子=沖縄>のイメージを反映しています。大城学芸員によれば、当時、本土と沖縄の関係を「母子」になぞらえ、「母なる祖国から切り離された沖縄は太平洋の孤児」というような言説がよく使われ、またそうした双方の位置づけへの反発もあったそうです。いずれにせよ現在、「母子」とは程遠い本土と沖縄の冷えた関係を思うと、当時、儀間の思い描いたであろうイメージとの落差に愕然ともします。

沖縄を代表するグラフィックデザイナーの岸本一夫。オリオンビールのロゴや沖縄国際海洋博公式ポスターなどで知られます。その岸本が復帰前に「とにかく今の沖縄を描いておきたい」と制作に打ち込んだという2作の“ポスター”が展示されています。見事な表現に心打たれ、基地問題など今も当時と本質的に変わっていない現状も浮かび上がります。
明るくたくましく 戦後沖縄のアーティストたち
展示は太平洋戦争直後まで遡ります。県民の四分の一にあたる12万人以上が犠牲になり、多くが住む家も失った沖縄戦。しかしそうした状況でも、「とにかく絵を描きたい」というアーティストたちの前向きな思いが作品や資料から伝わってきます。



画材はおろか食べるものにも住むところにも事欠く日々だったはずですが、アーティストたちは米軍関係者の求めに応じてクリスマスカードを作ったり、異国情緒を感じさせる人物画や風景画を描いたり、将兵や家族の肖像を描いたり。米側も画材の調達や画家の雇用、高官の展覧会視察など、双方が交流していた様子が伺えます。大城学芸員は「とにかく美術に関わる人たちが前向きに楽しんでいたことが資料からも伺えます。戦争が終わってとにかくアートに関わりたかったのでしょう」と言います。



本土側の現代アートの動静もしっかり把握していました。抽象や具象、インスタレーションなど様々なムーブメントがほぼ同時代的に展開されつつ、モチーフには沖縄独自のものが取り込まれており、こうした展示も興味深いです。
本土の人こそ触れてほしい「フッキ クオリア」
様々な「フッキ クオリア」を味わえる本展。徐々に観光客も戻りつつあるといい、できれば本土の人にこそ鑑賞してほしいものです。アートでなければ伝わらない、「フッキ」をめぐる複雑な沖縄の人たちの思いにぜひ触れて、考えてみてください。(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)
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