【レビュー】「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」栃木県立美術館で9月4日まで 寡黙な表現者のアンチテーゼを楽しもう!

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栃木県立美術館で9月4日まで開催中の「没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)」は、稀代の視覚芸術家の存在感を至近距離で味わえる貴重な機会です。写真・映像アートのファンはもちろん現代アートに関心を持つ方もこの機会をお見逃しなく。

没後40年 ピンホールの魔術師 山中信夫☆回顧展(リマスター)

そのほかの観覧料など詳細は同館の展覧会ホームページ

デビュー作で山中が世に問うたこと

山中信夫のデビュー作は写真ではなく映像作品でした。《川を写したフィルムを川に映す》(1971年)は、多摩川上流の流れを16mmカメラで撮影した映像を、多摩川堤から川面に向かって映写した作品です。

《川を写したフィルムを川に映す》(1971)の様子を背後から撮影した記録写真。川面をスクリーンに見立てて映写している

このトートロジー(同語反復)を匂わせる実験的な試みに山中がどんな意味を込めたのか、本人の言葉は残されていません。同館担当学芸員の山本和弘シニア・キュレーターは「フィルムとプロジェクターを外に持ち出すことによって美術という制度を破壊し、自己のおかれた状況を白紙に還元した」と解釈しています(参考エッセイ「ピンホールの思索者 山中信夫 ――その作品に即して――」より)。

フィジカルな体験を楽しんだ制作過程

《川を写したフィルムを川に映す》だけでなく、その後に発表した作品においても山中は、制作過程におけるフィジカルな体験をとても楽しんでいた気配があります。例えばビルの9階の一室を暗室にした《9階上のピンホール》(1975)や自宅の部屋で制作した《ピンホール・ルーム No.8》(1974)などがそうです。

《9階上のピンホール》(1975)栃木県立美術館蔵
《ピンホール・ルーム No.8》(1974)栃木県立美術館蔵

《9階上のピンホール》のアーカイブ資料には、まるで大工のようにピンホールルームの制作に取り組む山中をとらえた写真があります。現場主義を体現するような制作過程です。

自らの体を動かしてピンホールカメラや撮影環境を自作し、針穴を開いたあとは、おそらく祈るような気持ちで像の結実を辛抱強く待っていたことでしょう。山中作品の向こう側には、知的な芸術家の趣というよりは、行動する表現者とでも呼びたくなる山中の荒ぶる身体性が透けて見える気がします。

《9階上のピンホール》(1975)の制作風景をとらえた記録写真

寡黙な表現者が示したアンチテーゼ

山中は寡黙な作家だったそうです。せっせと体を動かし、カメラと太陽に向き合う自分を楽しむ一方で、作品の背景や意図をロジカルに語ることはあまりありませんでした。しかしそのおかげで、私たち鑑賞者は自由な解釈や楽しみ方が許されているとも言えるでしょう。

左:《マチュピチュの太陽(2)》(1980) 右:《マチュピチュの太陽(1)》(1980)栃木県立美術館蔵

現代のデジタルカメラは、対象物の情報を瞬時にとらえ、高い解像度を伴って作品に仕立て上げることが可能です。私たち鑑賞者が情報を処理する手間は不要ですが、その代償として写し取られた情報を当たり前のものとして受け入れなければいけません。

つまり現代の技術が可能にした写真・映像表現は、記録した情報を社会全体で共有する装置としては優秀ですが、撮影者の(あるいは鑑賞者の)解釈の余地を一方的に奪ってしまうきらいがあるのです。

解釈不要であるがゆえにある種の安心感を鑑賞者に強制し、思考する自己を滅してしまいかねない。そんな近代社会の「画像支配、画像依存」に対するアンチテーゼこそ、山中の創作の源泉ではないかと担当学芸員の山本さんは指摘します。

右から《マンハッタンの太陽》(13)〜(4)(1980)栃木県立美術館蔵

「映画・写真・絵画とは何だったのか」山中のメッセージを自分の眼で受け止めよう

第12回パリ・ビエンナーレへの出展作品が好評を博した山中に、アメリカでの新たな個展の依頼が舞い込みます。その準備のために渡米した山中でしたが、1982年12月、滞在先のニューヨークで敗血症を患い客死しました。

山中はパリに旅立つ直前、こんな言葉を残しています。

「もう迷いはない。ピンホール写真に生きていくことにしたよ」

目の前の霧が晴れて、ようやくピンホールカメラに全ての情熱を注げると決意した直後の急逝でした。

《ピンホール・ルーム No.8》(1973)栃木県立美術館蔵

「34年の短い人生でしたが、山中信夫が美術界に与えた影響の射程距離は長大です。『映画・写真・絵画とは何だったのか。やり残された方法や可能性はないのだろうか』と、従来のアートの歴史を問い直すきっかけを与えてくれたのが山中信夫なのです」と山本さんは話します。

開催最終日の9月4日(日)には、山中作品を知り尽くした山本さんによる懇切丁寧なギャラリー・トークが行われます。作品の背景を詳しく知りたい方はぜひご参加を。

なお本展のHPでは、山本さんや写真家鈴木理策さんらが書いた山中信夫の作品や人物像を解明する「参考エッセイ」がPDFで掲載されています。本展および山中信夫作品を深く理解するためこちらも一読をおすすめします。

(ライター・佐藤拓夫)

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