【レビュー】「アリス展」森アーツセンターギャラリーで10月10日まで へんてこりんな世界は人々に何を与えたか?

特別展アリス― へんてこりん、へんてこりんな世界 ―
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会期
2022年7月16日(土)〜10月10日(月) ※会期中無休 -
会場
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開館時間
10:00〜20:00 月・火・水曜は18:00まで、7/18、9/19、10/10は20:00まで、最終入館は閉館30分前まで *事前予約制 - カレンダーへ登録
会期・開館時間は変更の可能性があります。最新の情報は公式サイトで確認を。
公式サイト:https://alice.exhibit.jp
2022年12月10日(土)より、大阪会場(あべのハルカス美術館)へ巡回予定。
2022年7月16日より、森アーツセンターギャラリーにて「特別展アリス―へんてこりん、へんてこりんな世界―」が開催中です。こちらは2021年に英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)からスタートした世界巡回展。この度、満を持して日本にやってきました。
かつてない大規模なアリス展

本展では『不思議の国のアリス』誕生の地である、英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の収蔵品をはじめ、海外に所蔵されている貴重な資料と作品約300点を紹介。
初版本を担当したジョン・テニエルの挿絵から、ディズニー映画のセルやティム・バートンのスケッチに加え、サルバドール・ダリやヴィヴィアン・ウエストウッドなど、著名なアーティストたちによる作品や衣装が集結しています。さらに日本オリジナルの展示として、金子國義や酒井駒子、ヒグチユウコが描いた作品も紹介されています。

また、会場の演出も楽しみのひとつ。ロンドン展の演出は舞台デザイナーのトム・パイパーによるものでしたが、日本展でもその一部を体験することができます。
アリスが与えた影響をひも解く展覧会

展覧会は全5章で展開されます。
第1章 アリスの誕生
第2章 映画になったアリス
第3章 新たなアリス像
第4章 舞台になったアリス
第5章 アリスになる
こうして見ると、原作への直接的な言及は1章のみで、2章目以降は「アリス」の世界の広がりに注目した構成となっています。実はこれこそが、今回のアリス展の大きな特徴。今までにもアリスの世界を紹介する展覧会は何度か開催されていますが、いずれも原作を詳しく紹介する内容でした。

しかしアリスは、「誰もが知るおとぎ話」としての面だけでなく、人々のイマジネーションに大きな影響を与えたという面を持っています。ドジソンによるオリジナルのアリスが生まれてから今日までに、実に多くの人がこの物語に新たな解釈を見出し、想像の翼を広げていきました。本展の真髄は、まさに今なおアリスが世界に巻き起こしている「文化現象」をひも解いている点にあります。
いかにして名作は生まれたか アリス誕生前夜
もちろん「アリス」が書かれた背景や、制作過程についても丁寧に紹介されています。
作者であるルイス・キャロルは、本名をチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンといい、職業は数学者。彼は言葉遊びが大好きで、それはペンネームにも表れています。なんでも本名を一度ラテン語にしてから並べ替え、さらにそれを英語に訳したものがルイス・キャロルなのだとか。

物語の主人公「アリス」のモデルは、ドジソンの友人の娘、アリス・リドゥルであるというのは有名な話ですね。そのアリスにドジソンが語った即興のお話をまとめたものが『地下の国のアリス』。これを出版用にブラッシュアップしたものが『不思議の国のアリス』です。
第1章ではドジソンの写真作品や、彼にインスピレーションを与えた資料などが並んでいますが、ここで注目したいのはもう一人の立役者である、ジョン・テニエルとの仕事です。
『不思議の国のアリス』の初版本の挿絵を担当したのは、著名な挿絵画家ジョン・テニエルでした。彼は物語のイメージに基づき、ドジソンが求めた洗練と不合理性を併せ持った絵を添えていきます。
しかし、最初に刷られた『不思議の国のアリス』は印刷の質が悪く、納得のいかなかったテニエルは差し止めをして刷り直すことを提案しました。これはドジソンにとって大きな痛手でしたが、テニエルの案に同意します。

さて、刷り直されたアリスがどうなったかというと、ご存知の通り。このたいそう美しく奇想天外な児童書は、たちまち話題となりました。あの時二人が刷り直すという選択をしていなければ、アリスは後世にここまで大きな影響を与えることはなかったかもしれません。
会場では、貴重なテニエルの下絵や、校正刷りを間近で見ることができます。
ちなみに『不思議の国のアリス』と、2作目となる『鏡の国のアリス』では、アリスの服装がわずかに異なります。我々がアリスと聞いて思い浮かべるヘアバンドとボーダーの靴下は、『鏡の国のアリス』で登場したファッションです。

本の世界からスクリーンへ

英国で人気を博したアリスの物語は世界に広がり、多くの国で翻訳されるようになりました。映画やアニメーションが発展すると、新たに映像というメディアでアリスの物語が展開されるようになります。
原作に忠実なものもあれば、新たな解釈を用いたものが登場するなど、多様な作品が生み出されていきました。

最も有名なのは、1951年に公開されたディズニー映画「ふしぎの国のアリス」でしょう。アリス映像化の金字塔ともいえるこの名作は、『不思議の国のアリス』の物語をベースに、『鏡の国のアリス』の登場人物を組み合わせるなど、画期的な内容となっています。
アートへのインスピレーション

アリスの持つ世界観は、20世紀の急進的なアーティストたちにもインスピレーションを与えました。中でもシュルレアリスムの巨匠サルバドール・ダリの連作は、それまである意味盤石であったテニエルのイメージから大きく離れ、まったく新しい表現を特徴としています。
絵画だけではありません。出版物や広告、そして音楽にバレエ、演劇といった場においても、アリスは想像力の源泉として大きく寄与してきました。会場では、バレエやミュージカルの舞台衣装をはじめ、脚本や楽譜など、さまざまなクリエイターたちによるアリスの世界を見ることができます。

これらの作品からもわかるように、アリスの物語は時代ごとの文化や社会・政治の投影に適しており、且つ最新のテクノロジーや独創的な表現を用いる場としても相応しい題材だったのです。
なぜ我々はアリスに惹かれるのか

人々の意識は、次第に「アリスを見る」側から「アリスになる」側へとシフトしていきます。
私たちはなぜ、アリスに惹かれるのでしょうか?
作中何度も「おまえは何者?」と尋ねられ、「一体全体、私ってだれなの?」と自身のアイデンティティについて自問したアリス。ドジソンの描いた物語は道徳的な教訓を含まない文学ですが、理不尽に立ち向かうアリスの姿勢は、いつの時代も読者の目に凛々しく映りました。

目まぐるしく変わる風景に、日々進化する概念や価値観。往々にして理不尽や不条理に襲われ、それらを乗り越えなければならない──私たちの生きる世界は、まるでアリスが迷い込んだ不思議の国そのものです。
この不思議の国でサバイブするには、時として持ち得る知恵と才覚を使って難関を切り抜けること、そして自身のアイデンティティを見つめることが求められます。そう考えると、私たちがアリスに惹かれ、「アリスのように」と思うことは必然なのかもしれません。
本展の原題は「Alice: Curiouser and Curiouser」。「Curious」には「へんてこりんな」という意味の他に、「好奇心が強い」という意味があります。多くの人に影響を与え、広がり続けるアリスの世界。そこは一体どうなっているのか、この機会に迷い込んでみませんか?
(ライター・虹)
