「人魚の骨」を守って800年 伝説とともに歴史を刻む福岡の龍宮寺

寺に伝わる人魚の骨について語る岡村住職

人魚の骨が福岡市内のお寺に残されている――。ある取材現場で耳にした話です。半信半疑だったのですが、その場にいた多くの顔が「本当です」と真剣そのもの。自分の目で確かめるべく、お寺へ向かいました。

伝説を描いた絵も

その寺は同市博多区にある「龍宮寺りゅうぐうじ」。福岡市地下鉄の祇園駅から歩いてすぐ、大博通り沿いに位置しています。

大博通り沿いにある龍宮寺

事前に連絡を入れていたこともあり、人魚との”対面”はすんなりかないました。「うちに伝わる人魚の絵です。そして、こちらが骨といわれています」

人魚の絵と骨について語る岡村住職

岡村龍生りゅうせい住職(70)が指し示したのは、縦約40センチ、横約60センチの絵と、茶色っぽい骨が入っている箱です。絵は室町時代の作品を江戸時代に写したもの、骨は江戸時代に見つかったとされています。

橋と同じ長さ?

「博多の津」で人魚が見つかったとされるのは鎌倉時代の1222年。「人魚の肉を食べると800歳まで長生きする」という言い伝えもあり、当時あやかろうと考える住民もいたようです。しかし、人魚の出現は「国が栄える兆し」との陰陽師のことばを受け、「博多長橋」のたもとにあった観音堂そばに手厚く埋葬されたとのことです。

お堂は、人魚がいたとされる龍宮にちなんで「龍宮浮御堂うきみどう」と呼ばれるように。これが龍宮寺の始まりなのだそうです。

境内にある人魚塚。現在のものは1958年建立

掛け軸の絵には、人魚の長さは「八十一間」(約150メートル)と記されています。なんともスケールの大きな話ですが、岡村住職は「橋の長さが八十一間で、そのくらい大きかった、という話が飛躍したのではないか」と解釈しています。

龍宮寺に伝わる人魚の絵。手には宝珠、左側の文中に「八十一間」と読める

ツルツルのわけ

明治初期までは、たらいに骨を入れて水を張り、参拝者が御利益を求めて飲んだという話も伝わります。そうしてすり減っていったのか、かつてはもう少し数が多かったという骨は、今では長さ5~30センチほどの6点が残されるのみとなっています。

「人魚の骨」。水族館の関係者が訪れた際、「哺乳ほにゅう類の骨では」「ジュゴンかも」などの見方が出たとか。「当時の人が人魚と言ったから人魚なのでしょう」と岡村住職

骨は比較的軽く、ぶつかると木のように「カラッ」と乾いた音がします。表面の一部はツルツルして光沢を帯びています。岡村住職は「長寿への願いから、多くの人が触ったのでしょう」と話します。

今でも、事前に連絡を受ければ、参拝者にじかに見てもらったり、触ってもらったりする機会を設けているそうです。

寿命が50年ほどだった時代ははるか彼方となり、人生100年ともいわれる現代。健康に年齢を重ねたいという願いから、寺を訪れる人は後を絶たないそうです。

これからも人魚とともに

人魚の伝説と骨を守り続けてきた龍宮寺。「人魚のおかげでお寺は生まれました。これからも大事に守っていきます」。800年の歴史を大切にしながら、これからも伝説とともに歩みます。
(ささっとー編集部ライター 大脇知子)
福岡ふかぼりメディア「ささっとー」(7月8日公開)の記事を再掲。

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