【京のミュージアム #5】京都国際マンガミュージアム  時代の空気を映し出す 企画展「描くひと 谷口ジロー展」 8月29日まで

マンガミュージアムで開かれている「谷口ジロー」展。1階の作品展示コーナーでは、自由に谷口の作品を見ることができる。

「孤独のグルメ」や「歩くひと」など、谷口ジローの名は知らなくてもテレビドラマは見たという人も多いのではないでしょうか。緻密な作画と構成で重厚な物語を抒情的に、時にはユーモラスに描いて国際的にも高く評価された谷口ジロー(1947-2017)。その原画展が京都国際マンガミュージアムで開かれています。約300点の原画を年代ごとに6章に分けて紹介します。鳥取・米子市、東京・世田谷に続く巡回展で、今回は「マンガ原画の観方」を解説したコーナーも見所です。筆者が訪れた時は大学のマンガ専攻の学生が勉強に来ていました。会場では写真撮影もできます。

 

企画展「描くひと 谷口ジロー展」

  • 会期

    2022年6月2日(木)8月29日(月) 
  • 会場

    京都国際マンガミュージアム
    http://kyotomm.jp/
    京都市中京区烏丸通御池上ル
  • 観覧料金

    大人900円、中高生400円、小学生200

  • 休館日

    火曜日、水曜日(7月14日~829日は無休)

  • 開館時間

    10:30〜17:30 (入館は午後5時まで) 
  • アクセス

    地下鉄烏丸線・東西線「烏丸御池」駅北改札口2番出口すぐ
  • カレンダーへ登録
 

第1章 1970年代

2階ギャラリーの谷口ジロー展入り口

谷口は1947年、鳥取市に生まれました。20歳の時にマンガ家を志して上京、動物マンガで知られる石川球太のアシスタントになります。イヌやオオカミなど動物を描きまくったといいます。タッチは変化して行きますが、その後の谷口のテーマの土台がここで造られたのかも知れません。1971年「嗄れた部屋」を『ヤングコミック』に掲載し、プロデビューします。その後、「昭和の絵師」と言われた上村一夫のアシスタントになります。

 第2章 1980年代前半

「迷子通りのレストラン」のカラー原画

1970年代後半から関川夏央との共作「事件屋稼業」など、同年代の原作者と組み多くの傑作を生み出します。ハードボイルド小説全盛の時代で、筆者もレイモンド・チャンドラーやミッキー・スピレインといった海外、国内作家の探偵小説を貪るように読みました。谷口の絵は当時の時代の空気を見事に描き出していて、今見てもその時の感触が蘇ってくるようです。緻密に描き込まれた背景がその空気感を造り出すということです。

またこの頃にヨーロッパのマンガを勉強し、強い刺激を受けました。日本のマンガはスピード感が重視され、次々とページをめくるように描かれるのに対し、ヨーロッパのマンガは一コマずつじっくり見せるように描かれているのだそうです。確かに谷口のマンガの一コマには重みのようなものがあります。初のオリジナル長編「ブランカ」の連載が始まったのも1982年です。遺伝子操作で兵器とされた軍用犬が、元の飼い主の住むニューヨークを目指してシベリアからベーリング海峡を渡って行くという物語です。

第3章 1980年代後半

「K」のカラー原画(右)

谷口にとってはエポックメイキングな時代です。大自然の美しさと厳しさは谷口の一貫したテーマですが、「K」は峻険な岩壁に取り付き頂上を目指す登山家の執念を描いた作品です。岩の質感や登攀場面のリアリティーは登山家たちをうならせたそうです。日本とヨーロッパの山の山肌を描き分けたというのも頷けます。

関川原作で明治の文豪たちの精神や思想を描いた、それぞれ漱石、鴎外、啄木、秋水、漱石を主人公にした「『坊っちゃん』の時代」、「秋の舞姫」、「かの蒼空に」、「明治の流星雨」、「不機嫌亭漱石」の5部作が始まったのもこの時代です。暗い印象のある明治ですが、静かで明るい風景として描き、谷口自身の描きぶりも変化していきます。

「『坊っちゃん』の時代」の原画

第4章 1990年代

「歩くひと」の原画

日本のマンガ市場が縮小に転じる一方で、欧米で日本のアニメ・マンガが大ブームとなるという転換期です。谷口の作品がヨーロッパで広まるのもこの時期です。「歩くひと」(199091)の仏語版刊行は1995年。平凡な中年男性が近所を散歩するというささやかな物語ですが、ゆったりとした日常の中にある面白さを訴えています。日本のマンガは疾走感を重視する、というヨーロッパでの先入観を覆し衝撃を与えました。

同じくテレビドラマで大ヒットした「孤独のグルメ」もこの時期の作品です。料理のマンガはほとんど料理人が主人公でしたが、食べる方が主人公で、それも舞台は有名でない普通の店。日本人が当たり前の生活の大切さに気づき始めた、ということかも知れません。「マンガはその時代の人々の気持ちをダイレクトに表現する」という言葉に頷いてしまいます。

「孤独のグルメ」の原画

第5章 2000年代

「神々の山嶺」の原画

「神々の山嶺(いただき)」や「シートン」、「センセイの鞄」など小説・物語からマンガにするものが増えていきます。「好きな小説なら、どんなものでもマンガにできる」と言ったそうです。また、海外のさまざまな賞を受賞、2005年には「神々の山嶺」がフランスのアングレーム国際漫画祭で最優秀美術賞に輝きます。その原画を見ると背景、特に岩肌の描き込みがさらに緻密になったように思えます。日本でより海外での評価が高いというも谷口の特徴かも知れません。マンガ批評家の夏目房之介は「谷口ジローはもっともっと評価されなきゃいけない(中略)世界の大人向け作家として」と言っています。

第6章 2010年代

ベニスなどカラーで描いたヨーロッパ

ヨーロッパからの作品依頼が相次ぎ、谷口はそのたびに新たな手法に挑戦していきます。ルイ・ヴィトンやルーヴル美術館からの依頼、ヨーロッパのマンガ家との共作もありました。日本のマンガはほとんどモノクロですが、カラーが主流のヨーロッパからの依頼を機に、色彩表現を研ぎ澄ませていきます。内田百閒の小説に材を取った絶筆「いざなうもの」では、毛筆を使った薄墨と鉛筆の淡い陰影で、夢うつつの禍々しい美しさを描き出しています。生きていれば、さらに新たな世界を見せてくれたのではないかと残念です。

ゲンガノミカタ

「神々の山嶺」の原画。スクリーントーンの下部分を削ることで、白が際立って見える。

秋田県にある横手市増田まんが美術館が、2019年に開いて好評を博したマンガ原画鑑賞の仕方解説展の谷口ジロー版です。同展の10の鑑賞ポイントに対応して、谷口作品の原画を紹介しています。日本のマンガ雑誌はほとんどB5サイズで、原画はその倍B4サイズの「原稿用紙」に描きます。そこには様々なテクニックが駆使されています。

その一つを紹介すると、日本で独自に発達した手法のスクリーントーンがあります。これはあらかじめ細密な点や線を印刷した糊付きのフィルムです。黒やグレーなど、これを貼ることで作業効率が飛躍的に高まります。重ね貼りや削りなどのテクニックも発達しました。谷口は「スクリーントーンの魔術師」と言われ、彼の原稿はスクリーントーンの重ね貼りで重かったそうです。原稿用紙は酸性紙なので徐々に劣化してしまいます。原画を保存するにはどうしたらいいか。その問題も提起されています。

◆京都国際マンガミュージアム

小学校時代の講堂を利用したメインギャラリー。椅子もあり、年代ごとに並べられたマンガ単行本をじっくり読むことができる。

2006年に京都市と京都精華大学が、マンガ資料の収集、保管、公開、調査研究などを目的に設立。博物館と図書館の機能を併せ持つ施設で、江戸時代の戯画浮世絵から明治・大正・昭和初期の雑誌、戦後の貸本、現代の人気作品まで約30万点の資料を所蔵している。

昭和初期の小学校校舎を利用した建物で、1階から3階の廊下や2階のメインギャラリーには大正期以降のマンガ単行本約5万冊が並び、自由に閲覧できる。地下収蔵庫に保管されたマンガ雑誌など約25万点の資料も、研究閲覧室で利用登録後、予約 (金・日曜、18歳以上) すれば見ることも可能だ。

「マンガ工房」(土・日曜、祝日)では下描きから完成するまでのマンガ制作を実演、マンガの描き方の相談も受ける(有料、当日予約必要)。また、来館したマンガ家の100点を超える石膏手型や、日本マンガの翻訳版や海外コミックス約5000冊が並んだ「マンガ万博」、「火の鳥」の巨大オブジェなど、マンガを知り楽しむ施設や催事が揃っている。

100人以上のマンガ家の手そのままの石膏手型が並ぶ
さまざまなマンガに関するグッズや、今回の企画展谷口ジローの作品もあるショップ

★ ちょっと一休み ★

ミュージアム入り口にある前田珈琲ミュージアム店。創業50年、豆や焙煎、ドリップなどこだわりのコーヒーの店で、京都市などにある13店舗の一つ。レトロな雰囲気で壁一面にマンガ家のサインやイラストが描かれている。ミュージアムのイベントとコラボしたメニューもある。「孤独のグルメ」に出てきそうな「乗っけ盛りカレー」、「オムナポリタン」。メニュー説明には主人公が呟きそうな台詞が。「真夏の山嶺」はブルーハワイ味のかき氷。青い岩肌、いや氷肌がエベレストのイメージだ。筆者が頼んだのは谷口ジロー作品の人物の顔が浮かんだラテアート(720円)。好きなマンガ家のイラストを探して、顔の絵が崩れてしまうのを惜しみながらいただきました。10時~18時営業。火・水曜が休み。

(ライター・秋山公哉)

新着情報をもっと見る