【レビュー】「生誕150年 板谷波山─時空を超えた新たなる陶芸の世界」出光美術館で8月21日まで 不世出の陶芸家の人生を名品でたどる

独自の感性で近現代日本の陶芸界をリードした陶芸家・板谷波山いたやはざんの回顧展「生誕150年 板谷波山─時空を超えた新たなる陶芸の世界」展が、8月21日まで東京・丸の内の出光美術館で開催されている。6月18日に開幕した本展では、出光コレクションの中でも特に重要な作家である波山の名品計140件を多彩なテーマ構成で展示している。ここでは担当学芸員である徳留大輔さんのコメントを交えながら、本展の概略を伝えていく。

板谷波山の陶芸家人生を辿る

明治5年(1872)に茨城県で生まれ、昭和38年(1963)に91歳で生涯を閉じるまで東京・田端を拠点に多彩な作品を残した板谷波山。陶芸家として初の文化勲章受章者となった波山は出光美術館の創設者・出光佐三さぞうと親交が深く、同館では彼の作品を270件以上所蔵している。

会場入り口

同館でこれだけ大規模な「波山展」を行うのは、没後50年の2013年度に開催して以来、約9年ぶり。展示替えされるものも含めて全140件が展示されているが、「所蔵作品を全部見せたいという思いがある中で展示作品を絞る作業が最も苦労した」と徳留さんは話す。

展示風景

明治20年(1887)に15歳で上京し、当初抱いていた軍人になる夢を断念した末に東京美術学校(現在の東京藝大)彫刻科に入学した波山。そこで岡倉天心や高村光雲らの指導を受けた後、東京や金沢での教員生活を経て東京・田端に住居兼工房を構えたのは31歳のことだった。それから60年にわたり東洋の古典的な陶磁器に西洋のアール・ヌーヴォー様式を融合した新たなる陶芸の世界を開拓した。

波山の代名詞「葆光彩磁」

波山の業績を時系列で追う第1章から第4章の中に、時代を横断するテーマに関する特集・コラムを多数交えた重厚な構成になっている本展。その中で全体のイントロダクションになっているのが第1章「板谷波山の陶芸」だ。ここには波山の作品を見るのが初めてという人でも彼の作風を概観できる7つの作品が展示されている。

一番初めの展示ケースにはさっそくハイライトのひとつである《葆光ほこう彩磁花卉文花瓶》が置かれている。東洋の古陶磁から西洋の現代美術まで、美術学生の頃から幅広い芸術を研究していた波山。生涯を通じて次々と新しい表現に挑んだ中で「葆光彩磁」は彼ならではの代名詞的な技法だ。

《葆光彩磁花卉文花瓶》 昭和3年(1928)頃

彩磁は焼成時に透明ゆうをかけることで光沢を出すのに対して、葆光彩磁は透明釉の代わりに葆光釉をかけることでマットな質感が生まれるのが特徴だ。
なかでも本品は、昭和3年(1928)に行われた昭和天皇の御大典(即位礼)の際に陛下から各宮妃殿下への贈呈品として製作を委託された作品の姉妹作である。早春に花開く植物が葆光釉の効果によって柔らかな表情を見せている。

《葆光彩磁瑞花鳳凰紋様花瓶》 大正12年(1923)頃

ここで波山作品の特徴を概覧したところで、明治時代末期から大正時代初期の作品を集めた第2章「陶芸家としての始まり」へ。そして大正時代中頃から戦前までの作品を集めた第3章「波山陶芸の完成」へと波山の陶芸家人生を追っていく。

出光佐三と板谷波山

出光佐三が板谷波山という陶芸家を初めて認識したのは、大正13年。学生時代の先輩の家を訪ねた際、たまたまその家にあった波山の作品を見て佐三はいたく感銘を受けた。これをきっかけに後に先輩の紹介で交流が始まり、“作家と顧客”の関係を越えた友人になった。

手前/八ツ手葉花瓶 明治40年(1907)

「二人の具体的な会話を記録したような資料は残っていませんが、佐三は波山に自分からの要求をせず、波山が作りたいものを作らせてそれをものすごく大切にしていたと伝わっています。友情ある波山が作るものを見てみたい、触れてみたいという強い衝動が佐三の中にはあったのでしょう」と語る徳留さん。

展示風景

一方で、よく陶芸家が出てくるテレビドラマなどで、出来が気に入らない失敗作を作家自身が叩き割ってしまうというシーンがあるが、あれは一説には波山がイメージの元祖だと伝わる。
田端にあった工房に佐三が訪ねた時もそういうことがあったそうで、佐三の目からするとどうにも失敗作に見えないものを譲ってくれないか提案したという逸話が残っている。
本展の一角には佐三と波山の関係を伝えるコーナーが設けられ、そこには《天目茶碗 銘 命乞い》という作品が展示されている。「命乞い」というのは、まさにそうした逸話にまつわる名前である。

《天目茶碗 銘 命乞い》 昭和19年(1944)

徳留さんは「本来は割ってしまうようなものでも佐三には譲ることができたのは、きっと、この人であれば自分が失敗作だと思うものでも大切に扱ってくれるだろうし、それを人前に見せることもないだろうと思っていたのではないでしょうか。「命乞い」の逸話の中には、そうした周囲には計れない二人の信頼関係を感じます」と推測を込めて解説する。

時代が生んだ天才陶芸家

さて、戦後に制作した作品を集めた「第4章 深化する挑戦」までを見終えて波山の業績を通覧してみると、波山が一人の陶芸家とは思えないほど多彩な表現に挑んだ人であると肌で感じることができるだろう。そして、それらは現代人のセンスで見ても新しく、性別・年齢を超越したような感性があり、晩年の作品でも若々しい生命力を感じられる。

《彩磁紫陽花水差》 昭和34年(1959)

青磁、白磁、鉄釉、彩磁、そして葆光彩磁とさまざまな形で、身近にある花や植物を西洋の薫りをまとわせながら「薄肉彫り」で浮かび上がらせている。しかし、驚くのは波山は西洋や中国を訪れることなく、それらの国々から伝わってくる資料を見て知識を吸収していたということだ。

展示風景

「東京美術学校で学び、東京高等工業学校(現在の東京工大)で嘱託として働いていたこともある波山は、そこで最新のアール・ヌーヴォーやアール・デコのデザインを見ることができました。さらにそこに西洋の技を学ぼうという雰囲気があったので、ただ見るだけではなく見た感動を形に変えることができたのでしょう。彼は陶芸家の家の生まれではありませんでしたから、そういう出自と西洋のものが持ち込まれた時代が相まって独自の世界観が生み出されたのでしょう」と徳留さん。出光佐三が愛した波山の作品の数々をじっくり堪能したい。

展示風景

なお、会場の後半には、デザインのための素描も展示されている。肉筆で細かに描かれたこれらも必見だ。また、ほぼすべての展示に詳しい解説が添えられているので、初めて近現代陶芸や波山の作品にふれるという人でも非常に入り込みやすい内容といえるだろう。(ライター・鈴木翔)

生誕150年 板谷波山─時空を超えた新たなる陶芸の世界

  • 会期

    2022年6月18日(土)8月21日(日) 事前予約制
  • 会場

    出光美術館
    http://idemitsu-museum.or.jp/
    千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9F
  • 観覧料金

    一般1200円、高校生・大学生800円、中学生以下無料

  • 休館日

    毎週月曜日(ただし7月18日は開館)、7月19日(火)

  • 開館時間

    10:00〜16:00 入館は15時30分まで
  • 備考

    ※途中、一部作品の展示替えあり
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