ピカソ《海辺の母子像》、パリで制作したことが判明 ポーラ美術館などの調査 9月に同美術館で開催の企画展で詳細を発表

《海辺の母子像》1902 年 油彩/カンヴァス ポーラ美術館

パブロ・ピカソ(1881-1973年)の「青の時代」(1901-1904年)を代表する重要作で、ポーラ美術館(箱根)のコレクションである《海辺の母子像》(1902年)について、制作場所が従来の定説だったバルセロナではなく、パリで制作されてバルセロナに持ち込まれていたことなどが分かったと、ポーラ美術館が明らかにした。同館では9月17日から「ピカソ 青の時代を超えて」展を開催。これらの新事実について詳しく紹介する。初期の一様式として見られがちな「青の時代」を、画家としての原点として捉えなおし、その画業の軌跡をひも解いていく。

《海辺の母子像》(部分) 赤外線反射イメージング分光 法による画像 © John Delaney, National Gallery of Art, Washington, 2018

《海辺の母子像》の調査はポーラ美術館、バルセロナ・ピカソ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの3館で実施した。

2018年、まず《海辺の母子像》に新聞紙の文字が見つかり、その後の調査で《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》(1901 年)の画面にも、《海辺の母子像》と同じ日付の新聞紙の文字が残されていたことが判明。文字情報からこの新聞はパリの日刊紙「ル・ジュルナル」で、1902年1月18日付きの紙面であることを突き止めた。これで、両作品とも絵具が乾ききらないうちに新聞紙で表面を覆われ、バルセロナに持ち帰られたことが裏付けられた。これまではパリからバルセロナに戻ったピカソが、現地で制作したと考えられていた。

《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》 1901 年 油彩/カ ンヴァス バルセロナ・ピカソ美術館

一方、ひろしま美術館とワシントン・ナショナル・ギャラリー、フィリップス・コレクションの研究者との共同調査では今年、ひろしま美術館が所蔵する「青の時代」の重要作、《酒場の二人の女》(1902年)の下層に、うずくまる母子像と思われる像が描かれていたことが分かった。《海辺の母子像》にはかつて酒場の女性像が描かれていたことが 2005 年の調査でわかっており、この 2 点には「酒場の女性像」「母子像」という同じモチーフが描かれていたことが新たに判明した。

《酒場の二人の女》1902 年 油彩/カンヴァス ひろしま 美術館
《酒場の二人の女》赤外線反射イメージング分光法で得 られた画像 © John Delaney, National Gallery of Art, Washington, 2022.

当時、ピカソは1901年、パリの名高いヴォラール画廊で開いた展覧会で成功を収めるものの、その後の「青の時代」で描いた作品はほとんど売れなかった。このため旺盛な制作意欲を満たしつつ、制作活動を進めるために、一度描いたカンヴァスを再利用し、他の構図の絵画に書き換えていったことが、赤外線などを使ったこれらの調査で判明してきている。

6月30日、東京都内で開かれた記者説明会で、ポーラ美術館の今井敬子学芸課長、ひろしま美術館の古谷可由学芸部長らがこうした研究成果を公表。絵画の下層に残されていた多数の画像の分析などを通じて、その後の「バラ色の時代」「キュビズム」などで表現として出現する要素が、この「青の時代」にその萌芽が見られる、とした。今井課長は「ピカソがオリジナリティを初めて確立した『青の時代』を、初期の一様式にとどまらず、キュビズムなど革新的な表現を次々と生み出していった画家の原点として提示したい」と話した。

ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えて
会場:ポーラ美術館 展示室 1,3(神奈川県箱根町仙石原小塚山1285)
会期:2022年9月17日(土)~ 2023年1月15日(日) 会期中無休
主催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館、公益財団法人ひろしま美術館
特別協力:バルセロナ・ピカソ美術館、カタルーニャ美術館、アート・ギャラリー・オブ・オンタリオ
後援:スペイン大使館、イスティトゥト・セルバンテス東京
展覧会はこの後、ひろしま美術館(広島県)で開催されます。
会期:2023年2月4日(土)~5月28日(日)

パブロ・ピカソは20 歳の頃、 悲しみを抱えた貧しい人々を見つめ、 青の絵具を用いて絵画にその姿を捉え、 比類のない人間像を生み出した。 画家の原点であるこの「青の時代」を超えて、 実験的なキュビスムの探究、 さらに円熟期から晩年に至るまで、 91 年の生涯を通して旺盛な制作意欲を絶やすことのなかったピカソ。 その絵画は没後から半世紀を経てなお、 生きた表現の力を鮮烈に放ち続けている。

 本展覧会は、 国内でも屈指のピカソ・コレクションを誇るポーラ美術館とひろしま美術館が、 これまで欧米の美術館の協力を得て深めてきた作品研究をもとに、 制作のプロセスに焦点を当て、 絵画芸術に挑んだ「描く」ピカソの作品を初期から捉えなおそうとする共同企画展。 両館のコレクションをはじめ国内外の重要作とともに、 最新の科学技術を用いた調査や研究を通して20 世紀の巨匠が遺した創造の軌跡に迫る。

【みどころ】

1.「青の時代」を原点として、 ピカソの画業を捉えなおす大規模展

ピカソがオリジナリティを初めて確立した「青の時代」を、 初期の一様式としてではなく、 「キュビスム」をはじめ革新的な表現を次々と生み出していった画家の原点として捉えなおす。 初期から「青の時代」を超えた晩年までの画業を、 国内外の選りすぐりの名作約70 点により紹介する。

 2.“ 巨匠”以前、 二十歳のピカソ

20 世紀を代表する芸術家として知られるピカソも、 かつては自分なりの表現を模索する駆け出しの画家のひとりだった。 若くして生と死や貧困と向き合ったピカソの絵画は、 今なお私たちの心をゆさぶる。 深い精神性をたたえる「青の時代」の傑作を集め、 若きピカソの葛藤と格闘の軌跡をひもとく。

 3.アート・ヒストリー×サイエンス 最新のピカソ研究

「青の時代」にピカソはカンヴァスの再利用(リユース)を頻繁に行っていたため、 この時期の多くの絵画の下層には、 異なる構図の絵画が隠されている。 国内外の研究者と協働して得られた、 科学的な作品研究の成果を盛り込んで、 「青の時代」の絵画に隠された制作プロセスとテーマ(主題)の変容に迫る。

 ■ 青の時代(1901-1904 年)

ピカソが20 歳から23 歳の頃に、 青を主調色に貧しい人々の姿を描き、 生と死や貧困のテーマの深奥に踏み込んだ時代。 バルセロナとパリを往復しながら生活し、 親友カサジェマスの自殺を経て、 精神的な苦悩に向き合った。 ピカソ自身も困窮していたため、 この時期に制作された絵画の多くは、 同じカンヴァスに何度も描き直しがなされている。 ポーラ美術館とひろしま美術館は、 ともに「青の時代」の最重要作である《海辺の母子像》(1902 年)と《酒場の二人の女》(1902 年)を各館の代表作として収蔵している。

 ■ パブロ・ピカソ(1881-1973 年)

スペイン・アンダルシア地方のマラガ生まれ。 美術教師の父のもと、 幼少期から早熟な画才を発揮する。 1899年にバルセロナの近代文化の中心であったカフェ「4 匹の猫」に通い、 気鋭の画家として頭角を現す。 1901 年以降、 青を主調色とした絵画を描く。 1904 年以降はパリに移住し、 やがてジョルジュ・ブラックとともに「キュビスム」を創始して前衛芸術における主導的な役割を果たす。 絵画、 彫刻、 版画、 舞台装飾において表現の方法を拡張し、 1937 年に大壁画《ゲルニカ》を発表。 第二次世界大戦後は南フランスで陶芸も始め、 晩年まで制作活動を続けた。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

新着情報をもっと見る