【プレビュー】日本でマネはどのように受容されてきたのか――「日本の中のマネ―出会い、120年のイメージ―」展 練馬区立美術館で9月4日開幕

日本の中のマネ―出会い、120年のイメージ― |
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会場:練馬区立美術館(東京都練馬区貫井1-36-16) |
会期:2022年9月4日(日)~11月3日(木、祝) |
休館日:月曜休館、ただし9月19日と10月10日は開館し、9月20日と10月11日が休館 |
アクセス:西武池袋線中村橋駅から徒歩3分 |
観覧料:一般1000円、高校生・大学生及び65~74歳800円、中学生以下及び75歳以上無料 ※無料・割引対象者は証明書が必要 |
※会期中一部展示替えあり ※最新・詳細情報は公式HP(https://www.neribun.or.jp/museum)で確認を |
19世紀フランスを代表する画家エドゥアール・マネ(1832‐83)。日本の洋画黎明期、この画家から受けた美術家や批評家たちの影響は、断片的に指摘されることはあってもまとまった形で示されたことがない。この展覧会では、明治から昭和初期までの作品や批評を通して、日本における「マネとの出会い」について振り返る。さらに、この出会いから現代にかけて、マネに対する理解はどのように変化したのか。現代の日本におけるマネ・イメージを探るにあたり、美術家の森村泰昌や福田美蘭の作品から、それぞれの視点で展開するマネ解釈を紹介する。

4章で構成される展覧会の第1章は、「クールベと印象派のはざまで」。彼自身が生きた時代の「現代生活」を描いたマネは、写実主義の画家クールベが社会そのものを捉えたように、都市生活の「ありのまま」を描いたが、写実主義を標榜することはなかった。またマネは、モネやルノワールなどの印象派の画家たちと親交があり、彼らのリーダー的立場にありながらも、いわゆる「印象派展」に出品することもなかった。このようにマネは、写実主義と印象主義の中間に位置するような立ち位置にあるため、いったいどこに属する画家と考えるべきかという問題が常につきまとう。この章では、クールベから印象派までの作品を展示する中で、「モダニズムの画家」に留まっていたマネへの理解を前進させ、西洋近代美術史における位置づけを再考する。

第2章は「日本所在のマネ作品」。日本にあるマネ作品は、バルビゾン派や印象派の所蔵に比べて決して多いとは言えない。ここでは、日本にはじめて持ち込まれたマネ作品から、晩年における名品の1点として知られる《散歩(ガンビー夫人)》まで、さらにマネが数多く取り組んだ版画を紹介する。《散歩(ガンビー夫人)》は、女性の肖像画と都会人の生活情景を写した風俗画という二面性を持つ珍しい作品。また、マネの版画作品は、そのほとんどが自らの油彩画から起こしたもので、制作における実験的挑戦を垣間見ることができる。

第3章は「日本におけるマネ受容」。最初に表れたマネへのオマージュは、1904(明治37)年に描かれた石井柏亭の《草上の小憩》。散歩の途中で、草原に座り休憩する石井の弟妹たちの姿がスナップ写真のように捉えられている。活字としてはじめてマネの名が登場するのは、明治を代表する小説家、評論家、翻訳家の森鷗外の著述。フランス自然主義文学を代表する作家、エミール・ゾラと彼の美術批評について説く中で、その名前が登場するのだ。この章では、明治から昭和初期にかけての絵画と批評を通して、我が国におけるマネ受容を考察する。

第4章は「現代のマネ解釈―森村泰昌と福田美蘭」。日本の現代作家は、西洋近代美術の巨匠をどのように解釈しているのか。森村と福田の作品から、現代のマネ・イメージを提示する。特に福田は新作を発表することで、彼女自身の近年のマネ解釈を提示してくれることだろう。この展覧会では、日本にある17点のマネの油彩画(パステル画を含む)のうち7点を中心に、印象派や日本近代洋画、そして資料などの約100点が展示される。

(読売新聞美術展ナビ編集班)