【レビュー】「ただいまやさしき明治」府中市美術館で7月10日まで 来日画家と日本人画家が描いた明治の日本300点以上

本多錦吉郎《障子から覗く少女》

「孤高の高野光正コレクションが語る ただいまやさしき明治」展が7月10日(日)まで東京・府中市の府中市美術館で開催されている。ここでは担当学芸員である志賀秀孝さんのコメントを交えながら、会場を訪れて肌で感じた本展の鑑賞ポイントを紹介しよう。(ライター・鈴木翔)

実業家・高野光正氏の貴重なコレクションを中心とする本展は、開国まもない明治時代にイギリスをはじめとした外国から日本を訪れた来日画家と明治の風景を描いた日本人画家、計77人の作品によって構成されている。これらの作品のほとんどがイギリスとアメリカで蒐集しゅうしゅうされたもの。日本人画家の作品についても来日した外国人のおみやげになったり、画商を通じて一度は外国へ渡った“里帰り作品”である。展示数はなんと前期・後期300点以上。担当の志賀さんも「当館の企画展の中でも最大規模」と語るほどのボリュームだ。

つぶさな眼で明治を描いた来日画家

維新の激動を越えて、近代日本の幕開けとなった明治時代。近代化によってあらゆるものが新しく塗り変わる中で、ところどころ江戸時代の名残を残した素朴で穏やかな景色は、さまざまな文献や写真を通じて現代の我々にも特別なノスタルジーを抱かせる。

府中市美術館エントランス

明治の日本は異邦人たちの興味も引きつけた。特に江戸時代に鎖国中の日本と密かに通じていたイギリスからは、開国後、文字資料でしか知らない日本を見ようと多くの画家が来日した。

笠木次郎吉《新聞配達人》

高野光正コレクションの中で重要な意味をなす笠木次郎吉の作品を紹介したプロローグに続いて、第1章と第2章にはイギリス人画家が描いた日本、第3章にはその他の国から訪れた画家たちが描いた日本の作品が集められている。

展示風景

来日したイギリス人画家の中でキーパーソンとなったのは、大政奉還の年である慶応3年(1867)に挿絵入り新聞の記者として来日したチャールズ・ワーグマンだ。1832年にロンドンで生まれ、パリで絵を学んだ彼は、外国人居留地だった横浜で外国人向け新聞を創刊。そこで日本人の妻と暮らし、五姓田義松や高橋由一ら当時の若手画家たちに洋画を教えて、イギリスでは主流だった水彩画を日本にもたらした。

チャールズ・ワーグマン《花を生ける娘たち》

続いて、モーティマー・メンベス、アルフレッド・イースト、ジョン・ヴァーレー・ジュニアらイギリス人画家が次々に来日し、各地を旅して日本の風景を描き残した。異邦人からすると極東の島国の文化は何もかもが新鮮に映ったに違いない。彼らは富士山や日光という観光名所だけでなく、市井の何気ない風景も作品に残している。

ロバート・チャールズ・ゴフ《江の島》 1877(明治10)年

例えばアルフレッド・イーストの作品は《農村》《雨後の傘干し》といった農家や街道の素朴な風景を印象的に映し出しているし、ジョン・ヴァーレー・ジュニアも《海辺の街》や《春の東京》などの中に当時の風景や人を描いている。驚くのは、それらが日本人の目から見ても遜色なく、非常につぶさな眼によって描かれていることだ。そうしたところに、産業革命を起こした大英帝国が生んだ画家たちの優れた技術を感じる。

アルフレッド・イースト《雨後の傘干し》
モーティマー・メンペス《Little Mother(小さなお母さん)》  1903(明治36)年以前

ちなみに、彼らの作品の中によく見かけるのは親や兄妹が赤ん坊を背負っている姿だ。日本人らしい子供との距離感は西洋人の眼には珍しく映ったのだろう。これらの作品について志賀さんは「単に美術品として優れているというだけではなく、描かれた風景が真実の明治であって、その中をよく見ていくと微笑ましいものを感じ取ることができる」と解説する。

日本人画家が描いた明治日本の水彩画

後半の第4章から第8章は日本人画家の作品をテーマ別に紹介している。

展示風景

その中には明治9年(1876)に開校した日本初の美術学校・工部美術学校で絵画を学んだ小山正太郎や五姓田義松のほか、小山の指導のもと武蔵野の自然を描いて腕を磨いた不同舎のメンバーであり、明治32年(1899)以降にアメリカに渡って、そこでの成功で得た資金でヨーロッパを周遊した吉田博、中川八郎、鹿子木孟郎らが含まれる。

右:五百城文哉《日光東照宮の銅鳥居》 左:五百城文哉《日光》
吉田博《門前町》

墨と筆の文化が育まれてきた国ゆえ、日本のみずみずしい風景は水彩画との相性が良く、明るい色彩で写実的に描かれた景色は多くの人々を魅了。明治後期になると、水彩画人気が大きく高まった。「現代では水彩画より油彩画の方が上という先入観があるけれど、明治の人々の中には油彩画も水彩画も分け隔てなく、むしろ日本の風土を描くには水彩画の方が適していると感じているところもあったのではないでしょうか」と志賀さん。

一人のコレクターの情熱に思いを重ねて

本展で紹介される画家の中には“知る人ぞ知る”人物もいる。美術品としても素晴らしいし、歴史資料としても重要な作品ばかりだが、来日作家の作品は描いた直後に母国へ持ち帰られ、日本人作家の作品は外国人旅行者のおみやげなどとして西洋に渡ってしまったため、これまで日本国内で日の目を見ることがなかった。こうした絵画を各地で発掘し、長い時間をかけて蒐集してきたのが実業家の高野光正氏だ。

河久保正名《提灯屋》 1905(明治38)年

光正氏は父親の時次氏も浅井忠らの有名コレクターとして知られる。光正氏は、西洋で作品を購入した“謎の画家”笠木次郎吉について執念に近いこだわりで調べ上げるなど、明治日本で活躍した“無名の名作画家”たちの発掘に貢献してきた。イギリスやアメリカの各地を歩いて収集を続け、今やそのコレクションは700点以上に及ぶ。こうした展覧会に結実した一人の蒐集家の情熱とストーリーに思いを重ねてみると、鑑賞がさらに味わい深いものになるはずだ。

モーティマー・メンペス《柘榴の乙女》

「展覧会に飛び込んで、明治の景色や人と触れ合ってください」と最後に語ってくれた志賀さん。海外から里帰りした明治日本の景色は、美術ファンはもちろん、歴史好きも満足できる内容になっている。絵画を通じて古き良き明治日本の風景に浸ってみてはどうだろう。

孤高の高野光正コレクションが語る ただいまやさしき明治
会場:府中市美術館(東京都府中市浅間町1-3)
会期:2022年5月21日(土)〜7月10日(日)
休館日:月曜日、6月14日(火)
観覧料:一般700円、高校生・大学生350円、小学生・中学生150円
アクセス:京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車すぐ
詳しくは展覧会公式サイト