【探訪】救いを求めた人々の祈りの足跡 「阿弥陀如来 -浄土への憧れ-」展 根津美術館 小説家・永井紗耶子

仏教に詳しくなくとも、
「南無阿弥陀仏」
という言葉は耳にしたことがあるのではないでしょうか。でも、その意味は?

あまり深く考えずにいたのですが、ある時、取材で訪れたお寺の住職に「阿弥陀仏におまかせします、という意味だと考えて下さい」と教えていただきました。なるほど、そういうことだったのか、と思ったことがあります。

さてでは、任せる先の阿弥陀とは何でしょう?今回、その阿弥陀如来を描いた仏画の数々がずらりと並んだ企画展が、根津美術館「阿弥陀如来―浄土への憧れ―」です。根津美術館は、常設でガンダーラや中国の石仏の数々が展示されているのですが、今回はそこから更に、朝鮮半島高麗時代のものや、古代、中世日本のものなど、仏教の様々な側面が見えてくる仏画が展示されているのです。

来迎する阿弥陀

阿弥陀は衆生を救うため、長い長い修行を重ねて仏となった菩薩……と、辞典などには記されています。つまり、人々を救うためにやって来る存在です。

その阿弥陀信仰は、既に飛鳥時代には日本に入って来ていたそうなのですが、隆盛を極めるのは中世。法然が浄土宗を開き、多くの人々に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることを伝えるようになってから後なので、13世紀以降のことになります。

阿弥陀如来は臨終の際には、人々を迎えにやって来ると信じられており、その姿を描いたのが「来迎図」と呼ばれるものです。勢至菩薩、観音菩薩という二人の菩薩を従えて、極楽へと導きます。鎌倉時代に描かれた阿弥陀三尊来迎図は、穏やかな表情で描かれているのです。

興味深かったのは、この「来迎図」、日本で描かれるものは右側を見下ろすように描かれている一方、高麗のものは左側を見下ろすように描かれています。

阿弥陀三尊来迎図 日本・鎌倉時代 14世紀 根津美術館蔵

また、その姿も、日本と高麗では少し違います。
丁度、現在大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも描かれる平安末期から鎌倉時代、戦乱が続いていました。その中で疲弊した人々が唱え始めたのが「南無阿弥陀仏」という念仏です。救いを求め、癒しを求めた当時の人々の心境を表しているのか、鎌倉時代の阿弥陀如来は、柔らかい表情で、ゆったりとした雰囲気を纏っています。

一方、韓国ドラマなどでも描かれる高麗は、大陸の大国「元」との間が常に緊張していました。強大な国と向き合い続けていた人々にとっても、阿弥陀仏の存在は救いだったのでしょう。その姿は、雄々しい逞しさを感じさせる顔立ちで、鮮やかな朱と緑に彩られた衣に、金泥で模様が施されています。彼らにとっての救いは「癒し」ではなく「強さ」や「頼りがい」だったのかもしれない……
そんな風に、遠い国々のことに思いを巡らせながら見ていました。

重要文化財 阿弥陀如来像 朝鮮・高麗時代 大徳10年・忠烈王32年(1306) 根津美術館蔵

紀元前、インドに始まった仏教が長い歳月を経て、中国、朝鮮、日本へと伝わりながら、少しずつ変化をしているのも分かり、また同時に、共通していることも分かります。

自然の風景の中の阿弥陀仏

宗教学者の山折哲雄さんは、日本人の宗教観を表すものとして、「夕焼け小焼け」の唄について触れられていたことがありました。
「夕焼け小焼けで日が暮れて 山の御寺の鐘が鳴る」
この歌詞から、御寺の鐘の音を見ると、山の向こうに西日が沈んでいく様が思い浮かぶ。そしてそれは、西方浄土の仏を思う……。日本人の原風景を唄う歌詞の中にも、宗教観は隠れていると言ったお話しでした。

今回の展示にある「山越阿弥陀図」などは、まさに山の間に現れる西日のように、大きく真正面を向いている阿弥陀仏が描かれています。

この山越阿弥陀図は、その手と臨終の床にいる人とを五色の糸で結んだため、中央の仏の手の部分に傷みがあるとのこと。横たわった人は、この大きな仏の眼差しを見ながら、自らがこれから向かう浄土を思い浮かべたことでしょう。

また「熊野権現影向図」は、那智浜に現れた阿弥陀如来の姿が描かれています。これもまた、自然の風景の中に仏を見出した当時の人々の信仰の現れなのでしょう。

自然豊かだからこそ、その脅威への畏怖も抱いてきた日本の人々は、同時にそこに人ならざるものの強さや尊さも見出してきたのかもしれません。

浄土とはどんなところか

では阿弥陀に導かれて向かう先である「浄土」とはどんなところなのか。それを表しているのが「当麻曼荼羅」です。金泥を用い、色鮮やかに表現された当麻曼荼羅を見ると、当時の人々が極楽浄土への憧れを強く抱いていたことをうかがい知ることができます。

この当麻曼荼羅に纏わる伝説があります。天平十九年(747年)に、藤原豊成の娘として生まれたとされる中将姫は、母の菩提を弔うために信心し、菩薩の助けを借りて極楽浄土の姿を蓮の糸で織った。それが当麻寺に伝わる当麻曼荼羅と言われています。今回、展示されているのは、その当麻曼荼羅を南北朝時代に転写本として造られたものです。

この中将姫の物語の絵巻も展示されています。ここに描かれているのは、この当麻曼荼羅に纏わる物語だけですが、中将姫はそれ以外にも多くの謡曲、浄瑠璃、歌舞伎などにも登場します。

世阿弥の『雲雀山』や近松門左衛門の『当麻中将姫』などでは、中将姫が継母にいじめられて山に捨てられた、帝から求婚されながらも断って出家をした……といった、物語ならではのエピソードと共に、当麻曼荼羅に纏わる物語が綴られてきました。とても人気の高い登場人物であったと言えるでしょう。そしてその中将姫を描いたエンタテイメントの物語と共に、「浄土」のイメージは、当時の人々の中に鮮やかに描かれていったことと思います。

当麻曼荼羅(部分)日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵

祈りの場に掲げられてきたであろう、阿弥陀如来図の数々。ずらりと並ぶその空間にも、静謐で清浄な空気が満ちているように感じます。遠く千年以上も昔から信仰されてきた歴史と、祈りを捧げた人々に、思いを馳せてみてはいかがでしょう。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。4月上旬に新刊『女人入眼』(中央公論新社)

 

企画展「阿弥陀如来 -浄土への憧れ-」
会場:根津美術館(東京都港区南青山6-5-1)
会期::2022年5月28日(土)~7月3日(日)
休館日:月曜日
アクセス:地下鉄銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道駅」下車、A5出口から徒歩8分
入館料:入館料:一般1,300円、学生1,000円 *中学生以下は無料 オンライン日時指定予約制。予約受け付けは5月24日から。予約の定員に空きがある場合のみ当日券(一般1,400円)を販売
詳しくは美術館の公式ホームページへ。

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