【レビュー】「篠田桃紅展 Toko Shinoda : a retrospective」 向き合い続けた「文字」と「かたち」

左は《祭り(後)/祭の後》(2000年)、右は《熱望》(2001年)、いずれも公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「篠田桃紅展 Toko Shinoda : a retrospective」がいよいよ622日までとなりました。昨年3月に107歳で亡くなった篠田桃紅(19132021年)の70年以上にわたる活動を120点超の作品と資料で振り返る大回顧展。「文字」に向き合い独自の「かたち」を生み出していった初期作から、張りのある太い線や面で構成される抽象表現、ひとつのモチーフを探究していった連作へと、ひとりの作家として表現を深めていった変遷をたどることができます。(ライター・岩本恵美)

「自らに由(よ)る」ことを求めた桃紅

中国・大連で生まれた桃紅は、東京で育ち、幼いころから書に親しんでいました。女学校を卒業した後、「自由」を求めて書の世界に本格的に飛び込みます。桃紅にとっての「自由」とは、ただ思うがまま好き放題にすることではなく、自分の責任で自分を生かすこと。文字どおり「自らにる(因る、依る)」ことでした。

桃紅といえば、どこまでも「自由」を求めた人というイメージ。それは彼女の表現にも一貫して映し出されています。1940年に銀座・鳩居堂で開かれた初の書展では、自分の好きな歌を自分流に書き、当時の書道界からは「根なし草」と酷評されたとのこと。それでも、桃紅は「自由」な表現をめざし続けました。その後、戦争での疎開生活と病気療養を経て、「文字」にとらわれない抽象的な作品に取り組んでいきます。

展示序盤には、文字と真剣に向き合うことで、文字の制約から離れ、独自の表現へと向かっていった初期作品が並びます。私たちが知る文字の面影を残すものもあれば、そこから大きく飛躍したものも。文字をつくった古代人の「かたちづくる力」に思いを馳せてきたという桃紅だからこそ、文字の本質をとらえ、自由にかたちづくることができたのかもしれません。

《萩原朔太郎「波宜亭」より》1954年頃、個人蔵


左:《吾を待つと 万葉集(巻2/108番 石川郎女)》 右:《あしひきの 万葉集(巻2/107番 大津皇子)》、いずれも1955年以前、鍋屋バイテック会社蔵
《一瞬》1950-1955年、鍋屋バイテック会社蔵
左:《習作》(1954年)、右:《墨》(1955年)、いずれも鍋屋バイテック会社蔵

 

墨の雄弁さを物語る抽象表現へ

 さらに展示会場を進んでいくと、徐々に抽象表現を極めていくのが見てとれます。桃紅は1956年に単身渡米すると、ニューヨークを拠点に活動。当時、時代の最先端として欧米の抽象芸術と日本の前衛書が共鳴しあうなかで、桃紅の表現は高く評価され、注目を集めました。

 

1958年の帰国後も、独自の表現を追求する桃紅は、書と絵画、文字と形象という二分法にとらわれずに、「自由」に自身の表現を切り開いていきます。そして、アメリカでの経験を糧に、張りのある太い線や面で構成された力強く、骨太な抽象表現にたどり着きます。

会場風景

 

《明皎》1960年代、鍋屋バイテック会社蔵

 にじみ、かすれ、濃淡など作品の節々に散りばめられた繊細で多様な表現は、「墨に五彩あり」という言葉のとおり。墨とはこんなにも雄弁なものなのかと、改めて驚かされます。

左:《暁》、右:《昏》、いずれも2007年、公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

連作でモチーフをとらえ、建築とのコラボで空間表現を磨く

「火」や「祭」、「結」など、一つのモチーフの表現を連作という形で深めていったのも桃紅らしいスタイルといえるかもしれません。抽象表現を「自由なようでいて、内的な制約はかえって強い」と語った桃紅。一歩間違えれば、単なる無秩序や形式だけのものになってしまう抽象表現の危うさを認識していたからこそ、文字に向き合ったのと同様に、モチーフにも真剣に向き合い、繰り返し作品にしていくことで、自分の表現にすることができたのでしょう。

1989年の個展でまとめて発表された「火」のシリーズ
《結》1955年、鍋屋バイテック会社蔵
《結》1988/1998年、公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
《惜墨》シリーズ、いずれも1991年、岐阜県美術館蔵

さらに、桃紅の表現は画面にとどまらず、三次元的な空間へと広がりを見せていくのも面白いポイントです。桃紅は、丹下健三ら建築家たちともコラボレーションし、壁書や壁画、緞帳などを手がけています。メインの展示会場とは少し離れたところにありますが、ぜひアートギャラリー2階に足を運ぶのをお忘れなく。日南市文化センターや国立京都国際会館、コンラッド東京などの建築空間にある桃紅作品を、いまはなきものも含め、スライドショーで見ることができます。

展示会場内にずらりと並ぶ桃紅の作品を眺めていると、見る側にも「自由」を求めているような気がしてなりません。自分自身の五感をもって感じなさい、そう訴えかけてくるようです。だからこそ作品のある空間ごと楽しみたい「篠田桃紅展 Toko Shinoda : a retrospective」。所々にある椅子に腰掛けて、ゆっくりじっくり桃紅作品と対話をしたくなります。会期残りわずかですが、写真や作品集からでは伝わりきらないものをぜひ感じてみてください。

会場風景

 

篠田桃紅展 Toko Shinoda : a retrospective
会場:東京オペラシティ アートギャラリー(東京都新宿区西新宿3-20-2)
会期:2022年4月16日(土)~6月22日(水)
休館日:月曜日
開館時間:11時~19時(入場は18時30分まで)
入場料:一般1200円、大学・高校生800円、中学生以下無料
詳しくは展覧会公式サイト