【レビュー】「東北へのまなざし 1930-1945」展 外からの眼と東北からの見つめ直しで魅力を再発見 福島県立美術館で7月10日まで

「東北へのまなざし 1930-1945」展が福島市の福島県立美術館で6月4日、始まりました。岩手県立美術館での開催に続くもので、7月10日までの会期のあと、東京ステーションギャラリーでも開催(7月23日〜9月25日)されます。仙台在住の歴史研究家・菅野正道さんが福島県立美術館での本展を取材しました。

東北への関心の高まり

東日本大震災以降、東北地方への関心が様々な面で高まったように感じられる。「東北学」といった言葉が広く用いられるようになり、様々な分野で東北論が語られている。私の専門とする日本史の分野でも、震災があった年に世界遺産に指定された平泉文化や、戦国時代研究、災害史などの分野で、中堅・若手研究者の参入、民間研究者と専門研究者の連携、学際的研究の展開など、従来の枠を乗り越えて多様な成果を挙げつつある。

現在とは社会状況や問題関心は全く異なるが、やはり東北の生活や文化を評価・研究しようとした時代があった。1930年代から40年代前半。日本が戦争への道を歩んでいた時代だった。
次第に軍国主義的な風潮が社会に浸透する一方で、昭和モダンと呼ばれた都市文化が広がりをみせ、また日本国内にとどまらず海外からの視線も交えて日本の生活や文化を評価しようとする活動が広がった。
そうしたなかで、それまでは後進的、あるいは日本の辺境と見られることが多かった東北地方が、実は豊かな文化を育み、生活の中に活かしていたことを見出した人々がいた。
本展覧会は、そうした人々の複層的な「眼」で東北地方がどのようにとらえられていたのか、「お国自慢」にとどまらない、彼らの見た東北像を再確認しようとして企画されたものである。

ブルーノ・タウトや柳宗悦が見い出した「東北」

本展覧会は全部で6章構成となっている。

まず最初の展示では、モダンデザインを代表する人物とも言えるドイツ人建築家ブルーノ・タウト(1880~1938)の見た東北が紹介される。

岩波書店にはタウト撮影の写真アルバム4冊が残されており(岩波書店蔵、早稲田大学図書館寄託)、タウトの視線を知る手がかりとなっている

1933年に来日したタウトは、日本に3年半滞在したが、その間、仙台に設立された商工省工芸指導所での技術指導を含めて3回にわたって東北各地を旅した。
ドイツの北部出身だったタウトは、雪国の生活に大いに関心を抱いた。とくに秋田では地元の版画家・勝平得之かつひらとくし(1904~71)の案内を得たことで、厳寒の中でも祭りなどさまざまな人々の活動があることをタウトは知り、驚きながらも温かいまなざしを向け、それを記録したことが、興味深い。

東北、九州、沖縄に「数多く」の民芸品

次いで紹介されるのが「民藝」の提唱者である柳宗悦(1889~1961)の見た東北。
まず展示室に入ると、柳と共に活動した染織家・芹沢銈介(1895~1984)の作として名高い「日本民藝地図」が大きく出迎えてくれる。この地図には、柳らが着目した民芸品が、その産地に描き込まれているのだが、東北、なかでも山形県に数多くの民芸品が記入されているのが目につく。

芹沢銈介「日本民藝地図(現在之日本民藝)」(1941年、日本民藝館蔵)

民衆が日々の生活で用いる道具の「生活に即した」「健康的な」美を評価する柳のまなざしは、一般には後進地帯と見られた東北や九州、沖縄に強く向けられた。その結果、柳は「東北は驚くべき富有な土地」で「民藝の寶庫」というほど、東北の工芸品を高く評価するに至った。展示されている多種多様な民芸品は、柳らの視線がどのようなものに向けられ、評価していたのかを如実に示すものである。

東北各地の蓑や背中当て(ばんどり)、陶器。実用性とデザインが調和した道具を柳は高く評価した。日本民藝館蔵

ずらりと並ぶこけし 郷土玩具の世界

昭和初期は全国的な旅行ブームが起こり、地方への関心が広く高まった。同時に産業の発達、そして災害などの要因によって都市が拡大した時代でもあった。その中で、都市生活者のなかには故郷を懐かしむ気分が広がり、子供たちが楽しんだ玩具への関心が高まった。
「郷土玩具」という言葉が定着し、子供ではなく郷土玩具を収集、研究する大人たちが増え、各地に研究会も次々に設立された。東北では1923年発足の小芥子こけし会がその代表格で、幾つものコレクションが形成されていった。
とくに東北では、江戸時代からの伝統を持つ人形や、山間の温泉地などで制作されるこけしに注目が集まった。展示室にずらっと並ぶこけしは圧巻である。

筆者の個人的な思い出を挟んで恐縮だが、こけしには子供の頃のちょっとしたトラウマがある。仙台市のわが家でもこけしが大小20本ほどもあっただろうか。年末の大掃除の時に、こけしをどかしてほこりを払い、また元に戻すのがわが家では子供の仕事だったが、決まってこけしがドミノ倒し状態になったもので、全く気の重い役割だった。大人になって聞いてみると、同じような思いをした話を何人もから聞いた。そんなことを思い出すと、これだけのこけしを密集して展示するのは、本当に大変だったろうな……と数十年前の記憶がよみがえった。

雪国ならではのデザイン

本展について話を戻す。
東北の多くは、いうまでもなく雪国。とくに日本海側の雪の多さは格別である。昭和初期の経済恐慌や凶作で疲弊した豪雪地帯の振興を目的に、1933年、農林省の外郭組織として「積雪地方農村経済調査所」が設立された。「雪調せっちょう」と略称されるこの組織は、雪害の科学的研究を行うとともに、副業の推進や農産物加工を進化させるため、さまざまな取り組みを進めた。その中では、民藝運動と接近して新しい道具を造り出し、都市部への販路拡大を図ったり、気鋭の建築家・デザイナーたちによる雪害を考慮した建築物の設計なども行われた。

雪調が積雪地向けに提案した住宅の模型。多層階構造や急傾斜の屋根など、積雪を考慮した設計となっている。雪の里情報館蔵

フランスのデザイナーで商工省嘱託としてこの運動にかかわったシャルロット・ペリアン(1903~99)や民家研究の第一人者であった今和次郎こんわじろう(1888~1973)らの活動と雪調の関係も紹介されながら、地元の意欲的な若者たちをも巻き込んで、新しい東北の暮らし、雪国のユートピアを作ろうと夢見た活動の展開が紹介されている。

芹沢銈介の指導により制作された椅子(2脚) 山形県立博物館蔵

東北を記録した「考現学」

雪調に関わった今和次郎は、建築家としてだけでなく、地域の生活様式、建物や風土、生業、日常生活のあらゆる場面を記録しようという「考現学」の提唱者としても知られる。写真やスケッチを駆使しながら記録された人々の姿は、歴史資料としては残りにくく、ともすれば失われてしまう歴史の一場面を後世に伝える貴重な活動となった。

今和次郎が設計した大越(おおごえ)娯楽場(現、福島県田村市)の模型 。田村市教育委員会蔵

こうした和次郎の視線は、デザイナーとしても活躍した弟の今純三(1893~1944)にも引き継がれ、主に青森を舞台に多くの「考現学」の記録が残された。
モダニズムに裏打ちされた和次郎・純三の視線で記録された東北の自然と人々、都市の暮らしのユニークさを展示資料は語りかけ、思わず見入ってしまう羽目になる。

『青森県画譜』3輯にある今純三の風俗画。個人蔵
『青森県画譜』6輯にある今純三の風俗画。個人蔵

東北中を歩いた福島出身の画家・吉井忠

吉井忠『鋤踏み』とその下絵となったスケッチ『スキフミ』。吉井の『東北記』には、少女が器用にこなす鋤踏みに吉井は悪戦苦闘し、畠をめちゃめちゃにしたことが記されている。個人蔵

最後は、福島出身の洋画家・吉井忠(1908~1999)の描いた東北で締めくくられる。たんに作品のモチーフとしてだけでなく、東北の生活文化の根幹を知り、それを作品化しようとした吉井は、実際に農山村や漁村を訪れ、作業を手伝い、メモを取り、スケッチを繰り返した。
1943年には吉井が中心となって東北生活美術研究会が発足、深まる戦争のなかで、愚直とも言える人々の生活のありさまが作品化されていった。

吉井忠の代表作『裏磐梯』1942年9月 福島県立美術館蔵

外からの視線と東北で生まれた人の目

各章とも数多くの資料・作品が展示され、その総数は400点以上に及ぶという。じっくり展観すると何時間かかるだろうか……。
しかし、タウトや柳宗悦のような外からの視線と、今和次郎や吉井忠のように東北で生まれた人物の目から見つめ直した東北というように、異なるベクトルによる「東北へのまなざし」が紹介されていることもあり、見あきることがない。
彼らが共感したのは、おそらく普通の人々の、無意識の生活様式の何気ない日常の生活の美しさだったのではないだろうか。東北に住んでいると土地の人から「この辺はなんにもたいしたものないから」「珍しいものなんにもねぇな」という言葉を聞くことが少なからずある。しかし、特別なことが無い日常に大きな魅力があることを、80~90年前の彼らは気が付き、記録してくれた。彼らのまなざしは、東北に住む私たちにとっても東北の「再発見」であるし、東北以外の人にとっても東北を知る魅力的なアドバイスとなるように思われる。

福島県立美術館

本展覧会は、盛岡につぐ2番目の会場で、夏には東京でも開催されることになっているが、東京会場は施設規模の関係で展示資料がかなり少なくなるそうだ。福島へ足を運べる方はぜひとも、たっぷりと時間を確保して、東北の地で、「東北へのまなざし」を追体験してほしい。(菅野正道)

「東北へのまなざし 1930-1945」
会場:福島県立美術館(福島市森合字西養山)
会期:2022年6月4日~7月10日
開館時間:午前9時30分~午後5時
休館日:毎週月曜日
観覧料:一般・大学生1000円、高校生600円、小中学生400円
詳しくは同館のHPへ https://art-museum.fcs.ed.jp/