【リニューアルオープン】国宝「曜変天目茶碗」を所蔵する大阪の藤田美術館をレポート

藤田美術館(大阪市都島区網島町)の展示室の入り口

平日の開館直後(午前10時)にもかかわらず、人々が流れるようにガラス張りのオープンエントランスの中へ。重厚な蔵の扉が印象的な明るく開放的な空間は、徐々に和やかな賑わいにあふれていく。全面改修工事を終え、2022年4月1日にリニューアルオープンした「藤田美術館の日常風景です」と同館の主任学芸員・前野絵里さんは語る。来館者のほとんどが、スマートフォンを片手に展示室へと入っていくその理由とは?(ライター・いずみゆか)

市民に開かれた蔵の扉、大きく生まれ変わった美術館で「みる・きく・はなす」を体験

 

開館直後のオープンエントランスの様子。この1時間後には、エントランス内のあみじま茶屋で20人ほどの来館者がお茶を楽しんでいた。そして正午にかけて、来館者があふれていった

生まれ変わった館のコンセプトは、多種多様な文化や芸術にふれる機会を提供しながら、来館者へ「みる・きく・はなす」の助けとなることに尽力していくこと。活気あふれる館内で、実際にはどういうことなのかを体験してみた。

2017年6月からの大規模改修工事を終え、2022年4月1日にリニューアルオープンした藤田美術館の外観

春と秋のみ公開の「蔵の美術館」から通年オープンの美術館へ

藤田美術館について、国宝指定された瑠璃色に輝く「曜変天目茶碗ようへんてんもくちゃわん」3碗のうちのひとつを所蔵する館としてご存じの方も多いだろう。同館は、明治期に活躍した大阪の実業家・藤田傳三郎ふじたでんざぶろうとその息子達(平太郎、徳次郎)が蒐集したコレクション(国宝9件、重要文化財53件を含む)を中心に約2000件の収蔵品を誇る。

国宝「曜変天目茶碗」。【曜】で6月30日まで展示

館が創設された背景として、忘れてはならないのが、美術品蒐集における傳三郎らの強い信念だ。明治維新直後の神仏分離令(神仏判然令)に伴う廃仏毀釈などにより、数多の歴史的な文化財が海外流出している状況に危機感を抱いた傳三郎は、膨大な私費を投じて阻止しようと尽力した。息子達にもその想いは受け継がれている。

藤田傳三郎の肖像写真

そして
「これらの国の宝は一個人の私有物として秘蔵するべきではない。広く世に公開し、同好の友とよろこびを分かち、また、その道の研究者のための資料として活用してほしい」
という志を受け継ぐ形で開館した。

大規模改修前の約60年間、明治から大正期に建てられた藤田家邸宅の蔵を改装し、展示室として利用してきた「蔵の美術館」であった同館。春と秋に開催される特別展でのみ作品を楽しむことができたが、この度のリニューアルで、建物などのハード面だけでなく、展示方法や楽しみ方、運営といったソフト面も含め、あらゆる面で大きく生まれ変わった。
交流の場としての機能を併せ持つことで、傳三郎らの想いをさらに発展させた形になる。

蔵の美術館だった面影を残す、展示室への入り口

とは言いつつも、展示室の出入り口は、蔵の扉で、床の一部や天井ルーバー、ベンチなどに旧館の部材が再利用されており、蔵だった頃の面影が随所に残っている。

「可動式の壁」の採用で展示できる館蔵品が増える

館内レイアウトを自由に変えることができる可動式の壁

大きな変化といえば、年末年始を除き、「休まない美術館」に進化を遂げたこと。前野さんは「リニューアル前はせっかく訪れてくれたのに閉まっていてガッカリされたこともありましたが、今はいつ訪れても開いています」と笑う。大活躍しているのが新たに導入された展示室内の「可動式の壁」だ。
この壁で4部屋に区切り、3室を常に公開し1室は閉じた状態にして、休館せずに展示替えを1部屋ずつおこなう。今まで展示される機会が無かった館蔵品も鑑賞できるようになった。可動式のため、室内レイアウトもガラッと大幅に変えることができる。

【みる】手にとるような近さで

2022年度は、毎月ひとつずつテーマを設け、それぞれ3か月間展示(【阿】をのぞき)している。

【阿】コレクターのこだわり 4月1日~5月31日
【傳】傳三郎好み 5月1日~7月31日
【曜】曜変の青、禅僧の黒 4月1日~6月30日

展示室に入ると、最初に館の想いが綴られた映像が飛び込んでくる。そこには、
「まず、美術作品をじっくりとご覧ください。先入観や情報を取りのぞき、そのものだけを見つめます」から始まり、「次に美術品の声に耳を澄ましてください」「そして語りかけてみてください」と続く。実は、あえて各作品の展示解説が設けられていない。

「田村文琳茶入」(たむらぶんりんちゃいれ)。林檎の異名である文琳になぞらえた茶入。【阿】で5月31日まで展示

心をとらえる部分は人それぞれ、先入観無しにじっくり作品と向き合うための配慮だ。各作品の詳細を知りたくなった人は、藤田美術館のWi-Fiにつなぎ、QRコードを取得すると、古美術初心者でも驚くほど分かりやすい丁寧な解説を読むことができる。

全作品をスマホで撮影可能

さらに、展示作品はすべて撮影が可能(スマートフォンのみ)。前野さんは「こんな作品があったんだよ、と親しい人に伝える時のきっかけになれば。すべてが自前のコレクションであり、古美術作品なので著作権が切れたものばかりだからできることです」と説明する。ほとんどの来館者がスマートフォンを片手に入館するのは、撮影やQRコードでの解説文を楽しむためだったのだ。

重要文化財「交趾大亀香合」(こうちおおがめこうごう)。傳三郎が亡くなる直前にやっと入手したと伝わる。【阿】にて5月31日まで展示

また、順路を設けないことで、観覧者が好きなだけ作品と対話する時間を持てるように。
可動式の壁には、展示ケースが埋め込まれている点も特徴だ。前野さんは「手に取って眺めているような気分になるほど、至近で鑑賞できます。来館された方のなかには、作品に書かれている細かな文字まで読めるわと喜ばれた方もいらっしゃいます」と話す。
また、両面を展示ケースにすることも可能で、掛け軸などは表裏の両面を一緒に楽しめるのだという。

可動式の壁には展示ケースが埋め込まれ、作品を至近距離でみることができる
「利休茶杓 銘 藤の裏葉/東方朔」。近くで手に取るように眺めることができる。【傳】にて7月31日まで展示

【きく】展示室内常駐の学芸員と対話を楽しみ、想いを聞いて知る

実は、傳三郎自身は「自身の想い」をほとんど語らない人物だったそう。
蒐集家によくある「自身の好み」を前面には出しておらず、「明治の混乱期に貴重な美術品が海外流失してしまうことを阻止し、国が落ち着いて必要になった時に残っているように。そのために自分の好みではなく、歴史(美術史)が通史としてビジュアルで分かるようにコレクションして、日本という国が分かる公開施設をつくりたいという使命感があったようです」と前野さん。
そのため、古代の考古遺物から近代絵画まで日本の歴史を網羅し、かつ、日本に影響を与えたインド・中国・朝鮮半島の作品まで蒐集している。

「唐物肩衝茶入 銘 蘆庵」(からものかたつきちゃいれ めい ろあん)。傳三郎が自号のひとつ「蘆庵」と銘を付け、コレクションのなかでも特に大切にしたことが分かる品。【傳】にて7月31日まで展示

傳三郎らの想いだけでなく、作品の作り手や歴代の所有者の想いなどを展示室内に常駐する学芸員と対話しながら知ることができるのも同館ならではの魅力。ちょっとした作品への疑問にもすぐに答えてもらえる。

【はなす】コミュニケーションが活性化する場と機会を生み出す

あみじま茶屋では、目の前でお茶を点ててくれ、傳三郎らが嗜んだ茶の湯を気軽に体験できる

美術品やアートをきっかけにコミュニケーションが活性化する場として生まれ変わった藤田美術館。オープンエントランス内のあみじま茶屋では、ワンコイン(500円)で、気軽に茶碗に触れ、抹茶(煎茶、番茶)と団子のセットで一服できる。このエントランスまでは無料で入れる上、展示室への入館料も19歳以下は無料(20歳以上は1000円)だ。
そのため、学生や年配の方など実に幅広い年代がゆったりとお茶を飲みながら、近くの人と会話を楽しんでいた。筆者もたまたま隣に座った方と会話を楽しむことができ、鑑賞後の和やかなひとときを味わいながら、まさに「みる・きく・はなす」を実感した。

あみじま茶屋の抹茶と団子

藤田美術館の公式サイト

いずみゆかさんの記事