【レビュー】南都七大寺筆頭格の大安寺を知っていますか? 特別展「大安寺のすべて―天平のみほとけと祈り―」奈良国立博物館で6月19日まで

奈良市にある「大安寺」をご存じでしょうか?聖徳太子が創建した熊凝精舎(※)をルーツにする日本最初の官立寺院で、奈良時代には東大寺や興福寺、薬師寺などともに南都七大寺の1つであり、その筆頭格として日本の仏教受容と伝播の中心的な役割を担っていた巨大寺院です。
最盛期の寺域は、実に26万5000平方メートル(東京ドーム約5.6個分)。2基の七重塔が建ち、国内外からの約900人もの学僧がいたほど。東大寺ができるまでは最大、壮麗な大伽藍を誇っていました。その名の通り、国家の安泰と人々の安らぎを祈る、すごいお寺なのです。

では、現在の姿はというと……度重なる災害などにより衰微し、往時の25分の1しか寺域が残っていません。旧境内は、ほとんどが宅地化され、奈良時代と同じ規模と姿で復興することはもう不可能です。
しかし、この巨大寺院であった大安寺が4月23日から奈良国立博物館で始まった特別展「大安寺のすべて―天平のみほとけと祈り―」で会場でよみがえりました。
(※)聖徳太子が釈迦の祇園精舎にならって創建した仏教修行の道場。移転を繰り返し、百済大寺、高市大寺、大官大寺と名前を変え、平城京に移ってから大安寺(平城京左京六条と七条の四坊に位置)になったとされる。
「史上最大規模の同窓会」
本展の最大の特徴は、美術、史料、考古すべてから大安寺の約1400年の歴史にアプローチしている点。奈良市教育委員会が約40年間継続しておこなっている発掘調査の成果に基づき、奈良文化財研究所の研究者らの監修を経て制作されたCGによる「大安寺天平伽藍」復元映像は、現代の私たちを視覚的に奈良時代へとタイムスリップさせてくれます。

さらに、本展担当の中川あや・奈良国立博物館企画室長が「史上最大規模の同窓会」と語るほど、今も同寺に伝わる9体の奈良時代の木彫仏だけでなく、かつて大安寺にあったゆかりの品々が全国各地から集結しました。これぞ新たな復興の形とも言える特別展です。
第1章~第5章で構成され、展示作品の見どころは、「今も大安寺に伝わるもの」「旧境内地から出土した考古遺物」「かつて大安寺にあったもの」「大安寺にゆかりがあるもの」の4つに分けられます。
「今も大安寺に伝わるもの」 守り抜かれた奈良時代の仏さま

唐招提寺(奈良県奈良市)と並んで奈良時代を代表する木彫群(重要文化財)で知られている大安寺。本展覧会では、9体すべてが出陳されています。なかでも注目は、100年ぶりに寺外にお出ましになった秘仏本尊「十一面観音立像」(前期展示5月22日まで)と不思議なお姿をしている大安寺嘶堂の秘仏「伝馬頭観音立像」(後期展示5月24日~)。

これらの仏像について、展覧会担当者の中川さんは「特に荒廃した江戸時代、小堂に重ね置かれていたとされる。そうした状況でここまで守り伝えられてきた仏さまは、大安寺のアイデンティティと言えます」と語ります。
幻の天智天皇発願のご本尊「釈迦如来像」の姿とは?

平安時代後期の貴族である大江親通が記した「七大寺巡礼私記」には、当時の大安寺のご本尊が釈迦如来像であり、”この像を除くと”薬師寺金堂の薬師如来像とその荘厳(仏の身を飾ること)が諸寺に勝るとあります。
要は、大安寺のご本尊が一番優れていると書いてあるのです。
失われ幻となった当時のご本尊は、天智天皇(626年~672年)発願の丈六仏(高さが1丈6尺=約4.8メートル=ある仏像)だったそうです。どれほど荘厳なお姿だったのでしょうか……。


「旧境内地から出土した考古遺物」唐からやって来た不思議な枕?

旧境内地からの出土品が充実しています。なかでも「陶枕」と呼ばれ、大安寺の造営に関わった僧・道慈が唐から多数持ち帰ったとされる唐三彩は注目です。復元すれば50個体以上出土しており、「中国や日本でもこれほどまで残っている例はありません。『枕』と付いていますが、用途不明で、おそらく仏具・荘厳具だったのではと考えられています」と中川さん。
「陶枕といえば大安寺」と言われるほどで、他寺や正倉院にも例が無いのだとか。奈良時代の大安寺がいかに国際色豊かであったことが分かります。

「大安寺の塔は、東大寺の塔に次ぐ大きさの東西の七重塔でした。その軒先にあったこの風鐸の大きさをご覧になったら、塔がどれほど大きかったのか想像できると思います」(河野貫主)
若き空海も滞在 インターナショナルで最先端な場

仏教教学の中心として栄えた大安寺は、インターナショナルで最先端の仏教を学べる場でした。インド僧・菩提僊那、ベトナム僧・仏哲、唐僧・道璿など多くの渡来僧が住んでいたことからも分かります。菩提僊那は、東大寺大仏開眼供養の導師を務めた人物です。さらには、平安仏教の礎を築いた若かりし頃の空海も一時滞在し、大安寺の勤操大徳により得度を受け、記憶力を高める虚空蔵求聞持法を授かったとも言われます。
「かつて大安寺にあったもの」「大安寺にゆかりがあるもの」
中世以降の大安寺は、別当を東大寺と興福寺の僧侶が務めるようになり、やがて興福寺と、戒律復興を掲げ叡尊上人が復興した西大寺の双方の影響を受けるようになりました。


大分県、香川県の寺院に残る四天王像は、かつて大安寺にあった四天王像(現在は奈良・興福寺の北円堂に安置される四天王像)の写しです。「出来栄えが見事だったこともありますが、興福寺で重要視されていたため写されたのだと思います。それだけ素晴らしいものがかつての大安寺にあった。かつての寺宝を集めていくと大安寺の姿がみえてくるのです」(中川さん)
度重なる災害を乗り越えて
大安寺は949年の雷火により西塔が焼失、1017年には東塔以外の伽藍が焼失するという大打撃を受けました。一部が再建されたものの、決定的な打撃となった1596年の慶長大地震でした。
度重なる災害を受けた大安寺を復興しようと江戸から明治にかけ幾人もの僧侶が尽力しました。現在は、「癌封じの寺」として知られている大安寺。復興に努めた先代貫主・河野清晃師の尽力によるものです。河野貫主が「残っているものから無くなったものの方を想像する、ある意味『空』と言えます」と話す通り、さまざまな視点から『大安寺のすべて』を体感できる展覧会です。(ライター・いずみゆか)
特別展「大安寺のすべて―天平のみほとけと祈り―」 |
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会場:奈良国立博物館 東・西新館 |
会期:令和4年(2022)4月23日(土)~6月19日(日) 前期展示:4月23日(土)~5月22日(日) 後期展示:5月24日(火)~6月19日(日) ※会期中、一部の作品は上記以外にも展示替あり |
休館日:月曜日 |
開館時間:9時30分~17時※入館は閉館の30分前まで |
観覧料: 一般 1800円、高大学生 1500円、小中生800円 |
詳しくは奈良博の展覧会公式サイトへ |