【レビュー】日本画、挿絵、舞台美術……「今」を生きたアーティストの全貌を紹介――「生誕100年 朝倉摂」展 神奈川県立近代美術館 葉山で6月12日まで

若き日の朝倉摂

「生誕100年 朝倉摂」展
会場:神奈川県立近代美術館 葉山(神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1)
会期:2022年4月16日(土)~6月12日(日)
アクセス:JR横須賀線逗子駅前(3番のりば)から京浜急行バス「逗11、12系統(海岸回り)」に乗車し、「三ヶ丘・神奈川県立近代美術館前」で下車(約20分)。または、京浜急行逗子・葉山駅前(南口2番のりば)から京浜急行バス「逗11、12系統(海岸回り)」に乗車し、「三ヶ丘・神奈川県立近代美術館前」で下車(約18分)
入館料:一般1200円、20歳未満・学生1050円、65歳以上600円、高校生100円、中学生以下と障害者手帳等をお持ちの方(介助者原則1人)無料。
※前期(5月15日まで)、後期(5月17日以降)で一部展示替えあり
※詳細情報は同館HP(http://www.moma.pref.kanagawa.jp/)で確認を。
巡回情報:
練馬区立美術館 2022年6月26日(日)~8月14日(日)
福島県立美術館 2022年9月3日(土)~10月16日(日)

20年あまり前、駆け出しの演劇記者だった筆者にとって、朝倉摂というお方はとても「コワイ」存在だった。頭脳明晰で言語明瞭。モノを見る眼が正確で思ったことをきっぱりと口に出す。それがまた的を射ている。経験不足かつ勉強不足のワカゾウにとって、これほど「コワイ」人はいないでしょう。ちゃんと話を伺ったことは一度か二度ぐらいしかないのだが、「こういう人が演劇界を支えてきたのだなあ」と思っていたのである。

朝倉摂《更紗の部屋》1942年 顔料、紙 練馬区立美術館蔵

神奈川県県立美術館葉山で開かれているこの展覧会は、そんな朝倉摂のアーティストとしての全貌を回顧するものだ。彫刻家・朝倉文夫の娘として生まれ、日本画家としてスタート。挿絵や絵本などの仕事をこなしながら、舞台美術家として大成。そんな歩みは知識としては知っていたが、舞台美術以外の「仕事」はこれまであまり見たことがなかった。あの頃の「コワイ」おばさん(失礼!)は、本当はどんな人だったのか。個人的にも興味津々で美術館に伺ったのである。

朝倉摂《黒人歌手ポール・ロブソン》1959年 顔料、紙 東京国立近代美術館蔵 ※前期展示

初期の作品を一覧して思うのは、基礎的な技術の確かさだ。特にガラスケースの中に収められている「スケッチブック」でそれは明らか。ナスや花、人物を丹念に、時にさらりと描く絵の数々。「いかにも動き出しそうな」というと月並みだが、まさにそんな感じなのである。《更紗の部屋》を見ていると、モデル(妹の彫刻家・朝倉響子さんだそうだ)との親密な感じ、リラックスした雰囲気が伝わってくる。伝統的な日本画の世界でも、高い評価を得ていたのだろうな、と思わせる。

朝倉摂《1963》1963年 水性絵具、顔料、合板 東京都現代美術館蔵
朝倉摂《働く人》1952年 顔料、紙 山口県立美術館蔵

ただ、朝倉摂は、その「日本画の伝統」にとどまっていなかった。50年代、60年代の作品を見ていると、キュビズムなどの西洋画の表現を学び、社会問題へと切り込んでいこうとする進取の精神を見ることができる。シュルレアリスム的な《1963》、「生きることの苦み」が画面を覆う《働く人》。日本画の画材を使ってはいるが、その時代を生きるアーティストとして社会に向き合う姿勢が見て取れる。「何を描くか」と「どう描くか」。様々な技法を自分のものにしながら、社会と関わっていく。アーティストとしての幅を広げた時代の足跡がよく分かる構成だ。

「ハムレット」舞台写真(演出:蜷川幸雄) 1978年
朝倉摂《「にごり江」舞台下図》(演出:蜷川幸雄)1984年 アトリエ・アサクラ蔵

そして、そういう歩みの集大成となったのが、舞台美術の世界なのだろう。朝倉摂の舞台美術家としての仕事を見ていると、とにかく幅が広いことに気付かされる。ベニサン・ピットから帝劇、日生劇場まで、大小を問わない空間の構築力。「にごり江」や「近松心中物語」などの和物から「ハムレット」などのシェイクスピア劇に至るまで、時代や地域を超えて作品世界を表現できる造形力。少女時代から歌舞伎と親しみ、日本画家になってからも抽象、具象さまざまな西洋美術と触れてきた蓄積の深さ、広さがそこに出ているように思うのである。蜷川幸雄、市川猿之助、木村光一……時代を代表する演出家たちとの舞台成果は、どれだけ見ても見飽きることはない。

朝倉がデザインした舞扇の数々

朝倉の「幅広さ」と「奥深さ」を示すもう一つのモノが、壁面に飾られた舞扇の数々だろう。琳派を思わせる正統派の草花からアバンギャルドなものまで、色遣いも意匠もバリエーションに富んでいる。葛飾北斎の時代から、日本画の達人はデザインにもたけているものだが、そういう「伝統」もこの人はちゃんと受け継いでいるのだと思う。「過去を振り返るのは嫌い」と朝倉は常々言っていたというが、この人の創り出す「現在」には「過去」が存分に詰め込まれている。

朝倉の描いた『スイッチョねこ』(作:大佛次郎)の原画 1971年 アクリル絵具、イラストボード 大佛次郎記念館蔵

「今」と常に向き合いながら、緊張感のある仕事を続けてきた朝倉。個人的に面白かったのは、ネコを描いた作品群だ。父・文夫と同様、「大のネコ好き」だった朝倉が楽しんで描いているのがよく分かる。「ああ、ヤツらはこんな表情をしているなあ」とついつい微笑んでしまうのが、『スイッチョねこ』で戯れているネコたち。《少女と黒猫》に描かれているネコは、あどけない少女に抱かれて安心していながら、「次に何をしてやろうか」と企んでいるようだ。ネコたちや子供たちに投げかける柔らかな視線。「コワイ」朝倉さんは、実は「優しい」人だったのだな。改めて朝倉摂というアーティストの「幅広さ」と「奥深さ」を見たような気がする。

(事業局専門委員 田中聡)

朝倉摂《少女と黒猫》1963年 顔料、紙 個人蔵