【レビュー】“ライバル”を通して分かる「北斎とは何か」――「北斎とライバルたち」展 太田記念美術館

展示風景

「北斎とライバルたち」
会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
会期:2022年4月22日(金)~6月26日(日)
※前期(4月22日~5月22日)、後期(5月27日~6月22日)で全点展示替え
休館日:月曜日と5月24~26日
アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分
入館料:一般1,000円、高校生・大学生700円、中学生以下無料
※最新情報は、公式HP(http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/)で確認を。問い合わせはハローダイヤル(050-5541-8600)へ。
葛飾北斎《冨嶽三十六景 武州玉川》(左)と二代歌川豊国《名勝八景 玉川秋月》(前期展示)

上の画像を見て欲しい。この展覧会で並んで展示されている葛飾北斎の《冨嶽三十六景 武州玉川》と二代歌川豊国の《名勝八景 玉川秋月》である。同じような場所から描いた風景だけに、両者の画風の違いがよく分かるのではないだろうか。二代豊国の《玉川秋月》は中央に川の流れ、左手に富士、右手に民家と松を置いて風景画らしいバランスを取っている。それに対して北斎の《武州玉川》はどうだろう。中央上部にある富士山はともかくとして、川の上の船、岸辺の人物、遠近法的に考えると、ちょっとあり得ない大きさである。細部はリアルに描きながら、構成は大胆にデフォルメしてある。北斎の特徴がよく出ているといえるのではないだろうか。

歌川広重《冨士三十六景相模七里が浜》(前期展示)

“世界一有名な浮世絵師”といわれる北斎。それだけに、毎年この絵師とテーマにした展覧会は数多く開かれている。現に2022年4月の今も九州国立博物館、サントリー美術館で大規模展が開催中だ。とはいえ、同世代や後輩浮世絵師の作品と比較・展示する今回のような企画は、「これまであまりなかった」(日野原健司・太田記念館主席学芸員)そうだ。まあ、20人以上の「ライバル」の作品を並べ、それと比べることで北斎の特性を際立たせようというこの企画は、浮世絵専門の美術館ならでは、だろう。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 登戸浦》(前期展示)

実際に会場を展覧して、企画意図が明確に見て取れたのは、《冨嶽三十六景》《諸国瀧廻り》などの風景画のコーナーだ。歌川広重、渓斎栄泉ら名だたる絵師と同一の風景、近似のモチーフを描いている作品が並んでいるからだ。上にある広重の作品と北斎の作品。どちらも鳥居と富士をモチーフにしたものだが、そのモチーフの処理の仕方、空間の使い方など、これもまた見事に違っている。「見たままに描く」広重と大胆な構図を好む北斎。同じ風景画の名手でも、表現の仕方が大きく違うのがよく分かるだろう。

 

葛飾北斎《鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則》(前期展示)

武者絵の名手、歌川国芳との比較も面白い。泥の中をのたくっているような生命感、躍動感がある国芳に対し、北斎の絵はきちんと線が整理されていて、デザイン性の高い仕上がりである。「幾何学的」といわれる北斎の絵だが、確かにデフォルメはされているものの、一本一本の線が理性的、論理的に見える。エモーショナルな衝動が画面から飛び出してくるような国芳の武者絵とは、根本的に対象のとらえ方が違うように感じてしまう。

歌川国芳《通俗水滸伝百八人一個 出林龍鄒淵》(前期展示)

数え90歳まで生きた北斎が高い評判をえたのが40歳代の半ば。当時としては非常に遅咲きだったようだ。かなり先輩のように見える喜多川歌麿は7歳年上にしか過ぎないし、東洲斎写楽にいたっては、もしその正体が斎藤十郎兵衛であるならば3歳年下なのである。今回の展覧会では、それらの絵師の作品に加え、北斎が若い頃に所属していた「勝川派」の絵師たちの作品も展示されている。

東洲斎写楽《二代目瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木》

下の絵は、同世代だが北斎よりも早く役者絵の名手として人気が出た勝川春英のもの。歌舞伎十八番の『鳴神』がモチーフだが、背景の効果線の使い方に北斎と似た感覚を感じる。北斎が頭角を現したのは曲亭馬琴と組んだ読本『椿説弓張月』の挿絵だと言われているが、そこで印象的に残るのが効果線の斬新さだったりするので、春英のこの絵を見ていると、北斎はやはり「勝川派」なのだなあ、と改めて思ったりもする。同時に「じゃあ、どうして勝川門ではぱっとせず、中年になって急に開花したの」という素朴な疑問も沸いてくるのだが。歌麿の弟子の月麿、北斎の弟子の蹄斎北馬の美人画も並んで展示されており、師匠の違いがそれぞれの画風に反映されているように見える。同時代という「ヨコの関係」だけでなく、「師弟」「流派」という「タテの関係」も感じられるのだ。

勝川春英《四代目岩井半四郎のくものたへま 五代目市川團十郎のなるかみ上人》(前期展示)

落合芳幾の《小幡小平治》、月岡芳年による《椿説弓張月》のリメイクなど、北斎の作品を換骨奪胎したり、そこからインスピレーションを得たりした作品も並んでいる。やはり、北斎の後世に与えた影響は大きいのだな、と思う。いろいろな角度から「北斎とライバルたち」の関係を見せてくれるこの展覧会、大規模展とはまた違った「小味な面白さ」が楽しめる。

(事業局専門委員 田中聡)

落合芳幾《百もの語 小幡小平治 十》(前期展示)