【図録開封の儀】「宝石 地球がうみだすキセキ」の図録をオススメする3つの理由

すばらしい美術作品を目の当たりにしたとき、人は感じたことを言葉で語ろうとします。視覚情報をもとに、知識や経験を総動員して、目の前の「美」の価値を測ろうと試みるのが、美術展ファンの習いではないでしょうか。
国立科学博物館で6月19日まで開催中の特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」(以下、「宝石展」)には、見るものに言葉の無力さを感じさせるほどの宝石が大集合しています。会場で味わった、あの宝石たちの輝きがもたらす感動に比べれば、図録の読後感は”小粒”になるのではないか。私もそう想像していましたが、開幕後しばらくしてから刊行された宝石展の図録を読み、この図録が存在することでむしろ展覧会の輝きが増したと確信しました。そう考える3つの理由を説明します。(ライター・佐藤拓夫)
理由1 宝石の世界へロジカルに誘う洗練された手引書
図録の第1章では、宝石の卵とも言うべき原石が誕生する場所を紹介しています。色も形も輝きも全く異なる宝石たちは、元をたどれば地球の壮大な営みから生まれる副産物であることが理解できるでしょう。

続く第2章では、宝石産出国の分布やカット技術などを紹介しています。
必見なのが、32ページから始まる「指輪が語る4000年の宝石史年表」です。この年表は、世界屈指の宝飾品コレクションである橋本コレクション(国立西洋美術館所蔵)の中から、約200点の指輪を選り抜き、年代別に配置した労作です。第5章と共に、本図録の白眉といっていいでしょう。

第3章は、宝石の多様な特性についてコンパクトにまとめています。宝石を宝石たらしめているのが、「輝き」「彩り」「煌めき」「耐久性」という4つの特性です。第3章を通読することで宝石の特性を深く理解できます。

第3章までは科学的な知見にもとづく淡々とした記述が続くため、「私はひたすら宝石の美しさを愛でたいだけなのに!」という人にとっては、読了にやや忍耐を要するかもしれません。
どんな美術品にも当てはまることですが、美しさは直感だけではありません。宝石は、科学と知性を伴う美であるからこそ、数千年もの長きに渡って人類を魅了してきたのではないかと思うのです。テキストと二次元画像を駆使して、宝石のなんたるかをロジカルに説く第1章から第3章は、宝石という概念を理解するのに欠かせないコンテンツだと言えます。
とはいえ、宝石展に訪れる人のほとんどは、「知識や理屈もいいけれど、最後はやっぱり宝石の美しさに浸りたい!」と考えていることでしょう。
安心してください。第4章以降では、ページをめくるたびに圧倒的なビジュアルが迫ってきて、ため息の連続です。
理由2 宝石の美を二次元上で表現する技術と執念の極地
第4章では、石の塊をジュエリーに変身させる技巧を、様々な角度から取り上げています。私たちが「宝石」と聞いてイメージする、洗練された美麗な造形が登場するのはこの章からです。

宝石の細部が明らかになるよう拡大した写真の数々は、影や光の映り込みを避けるべくライティングに細心の注意が払われており、背景や影を取り除くトリミングも完璧です。カメラマンや編集担当のみなさんは、さぞや苦労されたことでしょうね……。

画像をページ内に配置するセンスも絶妙です。詰まりすぎず、かといって余白を設けすぎることもなく、過不足のないバランスで散りばめられていてお見事というほかありません。私も30ページほどの第4章を、コーヒーを何杯もすすりながら数時間かけて行きつ戻りつ楽しみました。

そして、図録のトリを飾るのが、120ページ以上に渡って展開する第5章です。図録のほぼ半分を占める本章では、究極の芸術作品とも言うべき超希少なアンティークジュエリーの数々を、極めて精細な画像と興味深いエピソード解説でたっぷりと堪能できます。

最高級の宝石の存在感は特別です。たった一つ身につけるだけで、地位や権力を象徴してしまいます。第5章ではそんな、時の為政者や王侯貴族に寵愛された名品がずらり紹介されており圧倒されます。
なぜ人は、ここまで宝石の虜になるのか。そのわけを知りたければ、ぜひ本図録の第5章をひもといてください。
理由3 宝石展での体験が図録を読むことでブリリアントに
リアルな宝石は三次元ですが、図録上の宝石は二次元です。そのため、「図録を見なくても会場で充分では?」と思う人もいるでしょう。
ところが、これは会場で鑑賞してみればわかることですが、展示されている宝石の中には、サイズがかなり小さいものも多いのです。
しかもガラスケース越しに鑑賞するため、宝石ぎりぎりに近づくこともできません。
その点、図録では、平面上の描写という限界はあるものの、ディテールをくっきり明瞭に確認できます。

下の指輪の画像のように、実物よりも相当大きく拡大表示しているものもあります。ケース越しに眺めるだけではわからなかった細かな装飾も、図録ならはっきり確認できます。

「輝きや煌めきだけでなく、宝石の精緻なデザインをすみずみまで鑑賞したい」という人にとっては、図録の”鑑賞”は、会場での鑑賞と同等以上の体験になるわけです。
さらに付け加えるなら、今回の宝石展では第5章の展示だけが「撮影禁止」です。図録を手元に置いておけば、いつでも好きな時に、最高級のアンティークジュエリーを最高品質のビジュアルで楽しめます。
ここまで宝石展の図録のメリットをあげてきました。もっとも、会場で見て初めて真の姿が明らかになる展示物もあります。誰もが写真撮影に興じる、高さ約2.5メートルのアメシストドーム。その尋常ならざるサイズ感を図録の画像だけでイメージするのは難しいでしょう。
SNSで話題の「ネギの宝石」も、図録の画像ではいまいちリアリティに欠けます。会場で実物を見れば、想像を超える「ネギ感」に思わず笑みがこぼれること間違いなしです。紫外線に反応して怪しい光を放つ宝石にいたっては、図録では再現できません。
宝石を直接見る場合、近づいたり離れたり、顔の位置や視線の角度を変えたりすることで、宝石の放つ輝きや色彩の変化を楽しむことができます。「会場だけ」「図録だけ」で終わらせるのは本当にもったいないです。会場展示の三次元コンテンツと図録の二次元コンテンツを組み合わせてこそ、宝石展が放つメッセージを100%受け取れるのではないでしょうか。
会場内特設ショップか通信販売で購入できる本図録。価格は税込み3000円と決して安価ではありませんが、それに見合うだけの価値はあると、諸手を挙げておすすめします。
さとう・たくお=1972年生まれ、宇都宮市在住のライター。美術好きで図録コレクターだった亡父の影響で、“図録道”の沼にはまる。展覧会会場では必ず図録を購入し、これまでに2000冊以上を読破。購入した図録を眺めては悦に入る時間をこよなく愛する、自称「超図録おたく」。
特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」 |
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会場:国立科学博物館 地球館地下1階 特別展示室 |
会期:2022年2月19日(土)~ 6月19日(日) ※会期等は変更になる場合がある |
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日休館) |
開館時間:9時~17時(夜間開館時は20時まで)※入場は閉館時刻の30分前まで |
入場料:一般・大学生2,000円、小・中・高校生600円 ※日時指定予約が必要 |
展覧会の公式サイトはこちら |
名古屋市科学館 2022年7月9日(土)~9月19日(月・祝)(予定) |