「プロパガンダと芸術の境界線、戦争画で考えた」 藤井光さんインタビュー 「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」① 東京都現代美術館

「しばらく、戦争画にこだわって考えていこうと思っています」と語る藤井さん(東京都現代美術館で)

東京都現代美術館で「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA) 2020-2022  受賞記念展」が開催されています(6月19日まで)。TCAAは将来が期待されるアーティストに継続的な支援を通じて一層の飛躍を促すことを目的としています。TCAA2回目は、すでに内外でその才能が高く評されている藤井光、山城知佳子の2氏が受賞しました。この世界情勢下、図らずも2氏の作品には「戦争」が重要なモチーフとして登場します。二人からお話を伺いました。第1回は藤井光さんです。(聞き手:読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

「戦争画」は避けて通れないテーマ

Q 藤井さんは以前から戦争をテーマにした作品に取り組んできました。今回は太平洋戦争の終戦後、日本の戦争画を収集した占領軍による展覧会をテーマにしています。その狙いを聞かせてください。

巨大な戦争画のサイズを正確に再現し、廃材を組み合わせて作られた平面が展示されている展示会場(東京都現代美術館で)

A 1946年8月21日から9月2日の会期で、上野の東京都美術館で「日本の戦争美術展」という展覧会が開かれました。「アメリカ合衆国太平洋陸軍」が主導して、入場できるのは「占領軍関係者に限る」という変わった展覧会でした。藤田嗣治や小磯良平など、そうそうたる顔ぶれによる戦争画も展示されました。今、これら150点あまりの作品は東京国立近代美術館に収められ、常設展などで一部が紹介されることもありますが、まとめてみる機会はないでしょう。アメリカ国立公文書館の資料に基づき、この展覧会を再現したのが今回の展示です。

これまで戦争に関する作品を作るなかで、かなり前から戦争画はずっと気になるものでした。社会と芸術の関係という観点で、戦争画は社会に芸術が関わる「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」の最北というべきか、究極というべきか、そういう存在だからです。当然、自分の射程の中にはずっと入っていたのです。

「見ることができない絵画」が問いかけるもの

Q 展覧会の再現なのに、作品は見られないのが実にユニークでした。

A 確かにそこに再提示されたものというのは、本物の絵画ではありません。展覧会や美術品輸送で発生する資材や梱包材などの廃材を使って、実寸大の平面を再構築しただけです。だから、それらの絵画は実際には見ることができないのです。

この「見ることができない絵画」というのが重要なのです。実際、展示された戦争画は1946年当時の日本人に見せるべきものではない、ということで、展覧会が終わったあとも東京都美術館の中に置かれたまま、5年も展示室のカギが閉めっぱなしになったのです。「見ることができない」というのはある意味、「感じることが出来」なかったり、「考えることが出来」なかったりとか、いわば無感覚の体制というのが日本社会において、あるいは美術史において生まれた瞬間であったと思うのです。

もちろんその後、戦争画は美術業界内においては語られ、議論はされてきたと思うのですが、一般論としていえば、戦争画は我々から遠ざけられ、忘却されたものとして存在し続けたと思っています。その「忘却」というのは美術の問題だけではないと思うのです。

というのも戦争画は「作戦記録画」とも言われていて、主にアジアでの作戦を記録したものです。あれらの絵画のディテールを見ていくと、日本にはない植物、草木、花、そして現地の人々が小さく写っているわけです。戦士ら戦うもの、勇敢な日本兵が構図上はメインなんですけど、見方によっては戦場化したアジアの風景、そうしたものがある種、感じられない、見られない、触れることができない、遠ざけられた空間の中にずっと佇んでいたのではないか、ということが大きな問いとしてあります。戦争を題材にした作品は現在、時にそういう「見えないもの」になっていることが重要なのではないかと思っています。

今回はその実寸大のスケール、当時の気配の再現を行っています。ヒントも多くない展示になっていて、もっと説明的になってもいいかと思ったのですが、あとはメディアの皆さんに補ってもらって、そして観客の想像力に補ってもらって、戦争画をどうみていくか、それぞれ違うと思うのですが、その考えるきっかけになればいいかな、と思っています。

ただの板材なのに、見る側に「作品を見てみたい」と思わせる圧倒的な存在感

占領軍も「プロパガンダ」と断定できず

Q 今回の展示を拝見すると、こんな展覧会が実際にあったのか、という驚きを感じずにはいられませんでした。大変な迫力だったと思うのです。それをみた占領軍関係者はどう感じたのでしょうか。「すごい」とか「とんでもない」とか、そういう記録は残っていないのでしょうか。

A 米側の公文書には評価は記載されていないのです。個人として、当時のGHQの人がその展覧会について、新聞社(朝日新聞)の人に語った記事はあります。「これは歴史には残らない。どうしようもない。プロパガンダである」というような発言は残っています。ただそれは、対外向けの立場としての発言ではないのか、とも思うのです。というのも、プロパガンダであれば作品は当然「破棄」されるべきものですから。しかし実際には米軍内でもいろんな意見があった上で、プロパガンダとは断定できなかったのではないかと思うのです。プロパガンダではあるけど、芸術でもある、というところは認めざるを得なかったのではないかと思うのです。ただのプロパガンダと決めつけることができない宙づりの状況に私は関心があります。

Q インスタレーションに、この戦争画をめぐる米軍関係者のやりとりが再現されていますが、あれもアメリカの公文書に沿って台本を作ったのですか。

A そうです。シナリオを作るにあたって、戦争画研究のスペシャリストであり、美術史家の河田明久氏に頼みました。また占領史の専門家にもファクトチェックをしてもらって、公文書から厳密に再現しています。

アメリカの国立公文書館に保存されていた日本の戦争画に関する資料を元にインスタレーションを制作《日本の戦争美術》

画家の目には戦争画も「芸術」と写ったのか

Q あの米軍関係者間のやりとりの再現を聞いていて、「そもそも米軍はなんで日本側の戦争画を集めたのだろう」という素朴な疑問を持ちました。ずいぶん曖昧な印象です。戦争画の評価について、思考中断に陥っている印象を受けたのですが、米軍はどういう意図で戦争画を収集したのでしょうか。

A 集めたのは、米陸軍の中の「戦闘美術家部隊」という組織です。その部隊は主にアーティストで構成されていて、いわば「アメリカの従軍画家」たちが属していたようです。だから彼らは率先してフジタ(藤田嗣治)とも接点を持った。アーティストたちがみれば分かるのですよ。絵は絵なのです。つまり芸術なんです。でも、そうは対外的には言えない。あの中で、フジタが「米軍に作品が収集されて得意になっていた」というような一節がありましたよね。あれはアーティストのどうしようもない部分が見え隠れしている部分で、ひと筆ひと筆、ある意味クリエイションの喜びをもって描いているのです。これは果たして「黒い欲望」なのか「悪の欲望」なのか、それは時代が決めることであって。当時、画家たちは戦争への肯定によって、作品が社会から認められるわけです。その喜びは、画壇だけではおさまらない現象です。芸術が社会性と公共性を獲得して、戦中の戦争美術展にも多くの人が押し寄せて、脚光を浴びるわけです。

作品のキャプションから、どんな作品なのか、と想像してしまう

その前段に注意しなければいけない事もあります。日中戦争が始まると、シュールリアリストや共産系の芸術家の弾圧がありました。そして沈黙が続きました。その中で、左派側も「民衆のため」「解放のため」という論理に巻き込まれていくのです。転向というより、そもそも京都学派もふくめて「アジア解放」という論理へ進むわけですから、現在から過去を振り返って単純に戦争画を「戦争賛美だ」と批判できる状況でもないのです。米側からは「メトロポリタン美術館に展示しようか」というような話も出ていたようです。そうした中で、米軍内のキュレーターチームが「一体、どういうつもりで日本の戦争画を収集しているのか?」という疑問を持ち、画家らのチームに聞き取りをした記録があのインスタレーションの元になっています。

戦時下における「社会と芸術」の関係

Q 戦時下における社会と芸術の問題は、いまこそリアルですね。ウクライナのアーティストは今、死ぬか生きるかでしょうし、ロシアのアーティストはある意味、社会から「踏み絵」を要請されるなどしています。プロパガンダに関わるアーティストもいるでしょう。そういう現実と符合する展示にたまたまなったことについて、どういう感慨をお持ちですか。

A 今、ある種のハイブリッド戦争がウクライナとロシアの間で繰り広げられています。特に21世紀型の情報戦が注目されるなかで、太平洋戦争当時の情報戦にくみした戦争画を取り上げるというのは、どう自分自身が考えるべきなのか、分からない部分がありました。だんだん整理はできてきたのですが、まず、戦争画をめぐる解釈で、戦後直後だと戦争責任論が強かったです。画家が冷遇されるなど、いろいろとありました。

それがだんだん時間の経過とともに、対象を別の視点からみられる距離が出てきて、どう評価していいのか、時代ごとに変わってきていると思うのです。そこでウクライナの戦争が起きている状況下で、かつての戦争画をどう見るべきなのか。米軍はあれがプロパガンダかどうか分からない、と判断したわけですよね。廃棄しなかったのですから。

ハイブリッド戦争が起きるなか、私たち日本も欧米を中心としたウクライナ側に立って、ロシアを相手に経済戦争をしている当事者です。その敵国になっているロシアのプロパガンダを見抜くのはある意味、簡単です。「敵だから全部、プロパガンダだ」と一蹴してしまえばいいわけです。ただ、ここで歴史から学ぶとすれば、かつてアメリカは「これはプロパガンダだ」と一蹴しなかったわけです。もうちょっと踏み込んでみようとしたわけです。

「見えない」からこそ見えてくるものがある展示会場

「物語」として向き合う

Q 今、戦争画を考えることはホットなテーマなのですね。

A 僕自身にとっても、ロシア側の様々なプロパガンダをエビデンスによって切り崩し、脱構築していくのは大切だと思うのですが、ただしここ最近は、「ポストトゥルース」の時代にあって、エビデンスが敗北してきました。ジャーナリズムの敗北といってもいいです。むしろ物語が人を生かすか殺すか、というように社会を左右している時代が今でもあります。だから「プロパガンダ」と一蹴せずに、物語として向き合う必要もあるといえばよいのでしょうか。

今、多くのロシアの人々が信じている物語について、その物語を必要としているのはプーチンとその一味だけなのかもしれませんが、私はそれを信じる訳ではないですが、批評的な距離を取りながらも、もう少し違う見方をしたいと考えています。そちら側の論理というべきか、その物語を内側からずらしていく停戦合意に向けた別の物語に関心があります。つまり、日本で生活していると、どうしてもウクライナ側にたって、「ロシアをつぶせ」となりますね。そこを煽るのは私のすることではありません。なぜかというと、「プロパガンダ」と言われた絵画やその関連資料をずっと、米公文書のマイクロフィルムで凝視し続けていたからです。

「宙ぶらりん」への共感、アートの役割

Q 当時のGHQのように、日本の戦争画をプロパガンダともいえない、芸術ともいえない、その宙ぶらりんの姿勢に共感するところがある、というイメージでしょうか。

A 宙ぶらりんがよいという事ではないのですが、現実問題として和平交渉は、一方の主張が勝利するのではなく、幾重の留意のなかで進むでしょう。そういう曖昧で複層的な世界。リアルポリティクスです。

Q 展示はそういうことを連想させますね。

A アーティストにとっては第二次大戦後、「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と言ったアドルノの問いかけに応答して、それでもなお芸術は続いたわけです。戦争について美術、映画、音楽などありとあらゆる芸術が考察してきて、作品を作った歴史があります。今回、戦争が起きてしまったということは、芸術はまた敗北してしまったわけですが、一方で人類の歴史を考えると、常に戦争は起こっていて、ここで起きていなくてもあちらで起きている、という状況でした。深い敗北感はあるのですが、ハイブリッド戦争が起きている今、こちらは経済戦争に参加している当事者性みたいなものへの想像力は重要です。これは働かせるのはやはり芸術ではないかと。敗北した芸術の残骸がたくさんありますが、そこに残されたものは想像力だと思います。私だけでなく、芸術家は沈黙をやぶって、常にウクライナの問題を語り続けるのだと思います。

それは第三者的にトピックスとして扱うようなものではなく、ここで戦争が起きていなくても、あちらで戦争が起きている、というのは今の政治経済体制として私たちも一続きのネットワークとして深く繋がっているわけです。われわれがこれほどまでに繋がっている、というのはコロナでもとても明確になりましたけど。これほどまでに繋がっているのか、と。だからNATOをめぐるせめぎ合いなども、在日米軍基地を沖縄に押し付けている私たちの生活と無関係ではないのです。そういった当事者性や、今、戦時中なのだ、という想像力は多くのアーティストに働くのではないでしょうか。

Q 芸術はそうした役割を果たしているのですね。

A 日常の中で今が戦時中とは誰だって思いたくないし、そんなことを考えていたら生活もできないのですが、アーティストはそういうところを繋げてしまうところがある。アートの妄想かもしれないですが、そういうこともあっていいと思います。

「境界線の上」に立つアーティスト

Q 藤井さんの作品といえば昨年、水戸芸術館で開催された「3.11とアーティスト:10年目の想像」展の《あかい線に分けられたクラス》が印象的でした。水戸の小学生たちが出演し、ある境界の内側に住んでいるかどうかで「いい子」と「悪い子」に分け、次の日はその「いい」と「悪い」は逆になるというストーリーで、福島原発事故をめぐる分断や差別がいかに理不尽なのものかを体感しました。今回の戦争画の展示と関係はありますか。

藤井光《あかい線に分けられたクラス》2021

A あらゆる面で地続きだと思います。今回もロシア軍がウクライナで廃炉を占領したのが象徴的でしたが、近代戦争や社会の近代化と安全保障、エネルギー、搾取などの問題が「核」には詰まっているという印象です。あの作品では福島差別にスポットをあてました。例えば原発から20㌔圏内というコンパスで線をひいて、その境界の内と外で分断や差別がおきました。一方、戦争はまさに境界線をめぐる戦いですよね。私の場合、自分自身の立ち位置がその境界線なのです。対立が起きている境界線の上に立つことによって、仕事をしているのです。今回は戦争がテーマに変わりました。差別や分断とも一線上に繋がっている問題です。アートにはそういうボーダー(境界線)の上に立ち、その価値体系がせめぎ合うところで、その価値体系をカッコに入れて問い直す、ということができます。あるいは境界線そのものを書き換えるとか、ずらすとか、それがアートの役割なのではないかと思っています。

藤井光(ふじい・ひかる)1976年、東京生まれ。紛争や事故などの厄災に起因する、あるいはそれにより顕在化した社会構造の不条理を主題に映像インスタレーションを制作する。藤井が設定した、史実にもとづいた出来事の再演や実際的な議論の場をとおして、その主題が我々の日常に潜む諸問題と地続きであることを示す。

【開催概要】

展覧会名:「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022  受賞記念展」

会期:2022年3月19日(土)~6月19日(日)

会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好) 企画展示室3F

休館日:月曜日

開館時間:10時~18時

入場料:無料

主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 トーキョーアーツアンドスペース・東京都現代美術館

Tokyo Contemporary Art Awardのホームページ(https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/exhibition/exhibition_2020_2022.html

東京都現代美術館のホームページ(https://www.mot-art-museum.jp/

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